翌朝。所変わって・・・
「なぁ、惣一~ お前帰んなくていいのかよ。」
「・・・ずっといる」
「ずっとってお前・・・ 連休終わるんだから今日中に帰れよ?
っていうか休み終わっても泊めてたらいい加減お袋怪しむって・・・」
「んだよ~ お前東京離れて薄情になったな! 仁史!」
惣一が今居るのは・・・
そう、父親の転勤で転校になった仁史の家だった。
つまり博多。
(風丘の予想は的中で、既に仁史の母親に連絡まで取られているのだが、
当然惣一はそんなの知る由も無い。)
惣一が家を出たのは、金曜の夜中というより土曜の早朝だった。
だから補導もされなかった。
そしてそのまま始発の新幹線に乗り、
博多に到着し、仁史の家に転がり込んだのだった。
行く前に仁史にはメールで事情を話し、
仁史の母親には仁史から「東京から惣一が遊びに来る」ということにしてもらった。
「いや、それフツー逆だろ?
っていうかお前昔からお袋さんとケンカしてよく家出するヤツだったけど、
さすがに博多まで来るかぁ?」
呆れた様子の仁史に惣一が噛みつく。
「今回は、マジでほんとありえねぇの!
あのババア俺のお年玉勝手に持ち出しやがって・・・」
「でもそれでお前はお袋さんのタンス預金使ってここまで来たんだろ?
やってること同じじゃんか」
「っ・・・そこはおあいこって言えよ!」
「ハハハ・・・(苦笑)」
頑なな惣一に苦笑する仁史だった。
そして、その話はそこで打ち切って2人で寝転がってマンガを読んでいた時だった。
ピンポーン・・・ピンポーン
「あれ? あー、お袋買い物だ・・・」
仁史がだるそうに立ち上がって、部屋を出て行くのを惣一は横目で見送る。
仁史の部屋は二階にあるので、階段を下りていく足音が聞こえる。
・・・が次の瞬間。
「っなん・・・っ!? 惣一!! おい、惣一、惣一ってば!!!」
ものすごい大声で自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「何だよ・・・」
惣一も読んでいた漫画を置くと、かったるそうに立ち上がり、部屋を出る。
そして階段を下りて目に飛び込んできた光景に・・・
「なっ・・・」
固まった。
「やーっと会えた。全く。こんなに手間かけさせてくれちゃって。」
「かっ・・・なっ・・・」
風丘はそれだけ言うと、
口をぱくぱくさせている惣一は置いて仁史ににこやかに話しかける。
「仁史君、久しぶりー。こっちでも元気でやってる?」
「あ、あぁ、そこそこ・・・」
仁史も驚きが隠せない様子だ。
「そっか、よかったよかった(ニコッ)」
「あ、あの・・・何で博多に・・・って・・・あれデスヨネ・・・」
未だに現実逃避して意識が別世界を彷徨っているであろう惣一を指さして
仁史が苦笑いする。
「そー。ほんとはこんな形じゃなければゆっくり出来たんだけど・・・」
「でもマジでおっそろしいな風丘・・・
いずれ風丘に連絡行くとは思ってたけど、
まさかここまで押しかけてくるなんて・・・」
「新堂の考えつくことなんて大体予想できるよ。」
「っ・・・」
しっかり名字呼びにしてくれてる風丘に、惣一はビクッと反応する。
「あー、マジでビビった・・・ つーか俺も・・・」
「んー? 久々にお仕置きされたいの?」
「バッカ、冗談キツイって! 勘弁してよ、やっと解放されたのに・・・」
「クスクスッ そんなに焦らなくても、冗談だよ、冗談。
仁史君は完全に巻き込まれだしね。」
本気で焦る仁史に風丘は笑う。
どうやら本当に冗談のようで、仁史は胸をなで下ろした。
「今お袋買い物行ってんだ。上がって・・・」
「あー、いいよ、お構いなく。
はい、新堂。10分以内に荷造りしておいでー」
風丘は上がるよう勧める仁史を手で制し、
階段下で固まっている惣一に声をかける。
その声で我に返った惣一だが、風丘の指示には当然抵抗する。
「っ・・・ヤダよっ帰んねー ってか帰る金ねーし・・・」
「お母様から預かってきました。」
「なっ・・・あのババアが出した金でなんかぜってぇ帰ら・・・」
「いい加減にしなさい。ここでお仕置きされたいの?」
「っ・・・」
しびれを切らした風丘の言葉、
だがそれでも動こうとしない惣一に、
風丘はため息をつくと、「お邪魔します」と言って靴を脱いで玄関に上がる。
「なっ・・・やめ・・・」
そして、ぐいっと惣一の手を取ると小脇に抱え、服の上から一発手を振り下ろした。
バシィィンッ
「いっ・・・」
「おいおい・・・」
「ほら、次はズボン下ろすよ? 荷造りする?」
「っ・・・」
それでも渋る惣一を見て、
風丘は有言実行、惣一のベルトのバックルに手をかけ、カチャカチャと外し始める。
仁史に見られてる上、玄関先は誰が来るか分からない。
というか、仁史の母親が買い物からそろそろ帰ってくるかもしれない。
いよいよ焦った惣一は、悲鳴を上げた。
「やっ・・・やめっ! する! 帰る準備するからっ」
それを聞いて、風丘はふぅと息をついて惣一を下ろす。
下ろされた惣一は、慌ててバックルを戻し、
転びそうな勢いで二階に駆け上がっていった。
その後ろ姿を見送りながら、風丘と仁史は顔を見合わせて苦笑するのだった。
惣一が準備をしている間に仁史の母親が買い物から戻り、
玄関先で挨拶やら談笑やらしている内に惣一が降りてきた。
そして風丘に仁史の母親に挨拶するよう促され、
お世話になったのは本当なのでここは素直にお礼を言い、二人は仁史の家を後にした。
仁史はと言えば、事情を知らない母親の手前お仕置きのことは触れられず、
「後でメールするな」と励ますのみだった。
「・・・」
「・・・」
そして新幹線の中は終始無言。気まずすぎる。
耐えかねて寝たふりをしようかと窓側の惣一が窓に体を預けた時だった。
「帰ったら、まずお母様に『ごめんなさい』するんだよ?」
おもむろに風丘から発された言葉に、惣一は飛び上がる勢いで否定する。
「っ、ヤダよ!!」
「忠告しておくけど。・・・出来ないならお母様の前でお仕置きだから。」
「なぁっ!?」
風丘はそれだけ言うと携帯を取り出し、メールを打ち出してしまった。
惣一はというと、風丘の発言を受けて、
さっきの様子からするとそれも本当に有言実行するつもりだろうが、
だからといって謝るのはもっと嫌・・・と、八方塞がりに悶々とするのだった。
しばらくそんな無言の時間を過ごしていると、不意に惣一の携帯にメールが入った。
「夜須斗・・・?」
メールを開くと、そこに書かれた文面に惣一はゲッと顔をしかめた。
【今連れて帰ってるって風丘からメール貰った。
帰ってからいろいろあるから会うのは明日学校まで待ってくれって言われたからそうする。
俺もつばめも良い迷惑だったんだから自業自得。今日は泣かされるんだね。】
どうやら先ほど風丘が打っていたメールの相手の一人は夜須斗だったようだ。
確かに、夜須斗やつばめからのメールも何通か無視したし、電話もとらなかった。
文面から夜須斗のお怒りの様子がひしひしと伝わってくる。
見なきゃ良かった・・・と惣一は更にテンションを下げるのだった。
ピンポーン
駅に着き、そこから歩いて惣一の家に着いた。
惣一は入りたがらないので、
チャイムを風丘が慣らし、ドアが開けられた瞬間惣一の腕を掴んで引っ張り
無理矢理中に入れる。
「っ・・・」
中に入ると、鍵を開けた鞠菜がいた。
父親が出張から帰るのは明日の朝で、
姉は昨日の夜合宿から帰ったらしいが友人と遊ぶと言って夜まで帰ってこないと、
新幹線中鞠菜とも連絡を取っていたらしい風丘から、駅から家までの道中聞かされた。
「新堂。言うことは?」
風丘に促される。
求められている言葉は分かりきっている。
言わなければ最悪の展開が待っている。
しかし分かっているのに口から出る言葉は裏腹だった。
「ねぇよ! こんなクソババアに言うことなんて・・・」
「ふーん・・・」
「っ・・・」
風丘の周りの温度が二度下がった気がした。
背筋に冷たいものが流れる。
が、先に口を開いたのは風丘では無かった。
「何それ・・・」
聞こえてきたのは、少し震える鞠菜の声。
「・・・」
「あんたは・・・人がどれだけっ・・・どれだけっ」
「なっ・・・」
顔を上げれば、鞠菜が平手を振り上げてるのが見える。
予想外の展開に惣一はたじろぎ、立ちすくんでしまう。
「ぶたれる」、そう思ったが、
だがしかし、その平手は惣一の頬に当たることはなかった。
ガシッ
当たる瞬間、風丘が鞠菜の腕を掴んだのだ。
「あ・・・先生・・・」
「新堂さん。落ち着いてください。
怒りにまかせて顔ぶったりしたら、後で新堂さんが後悔してしまう気がします。」
優しく諭す声に、鞠菜も少しずつ落ち着きを取り戻す。
「・・・すみません・・・私・・・」
「でもまぁ、新堂さんの気持ちもすごく分かります。こんな態度じゃねぇ・・・」
そう言って、風丘は鞠菜への態度とは正反対の、冷たい視線を惣一に投げる。
「っ!!」
「新堂。さっき忠告してやったんだからね。無視したのはお前。」
「っ・・・わっ・・・は、離せっ!! 離せよっ!!」
またもや素早く腕をつかまれ、あっという間に惣一は風丘の小脇に抱えられる。
そのまま風丘は靴を脱いで上がると、暴れる惣一の靴も器用に脱がせる。
「せ、先生・・・?」
「新堂さん。リビングお借りしてもいいですか?」
「は、はい・・・」
「離せっ 離せよ風丘っ」
このままでは・・・と焦りから必死に盛大に暴れる惣一を物ともせず、
風丘は続けて鞠菜に話しかける。
「あ、新堂さんも一緒にリビングにいてくださいますか?
新堂さんにも見ていただきたいので。」
「え?」
「息子さんの反省を(ニッコリ)。」
「離せぇぇぇぇっ」
惣一が今まで受けてきたお仕置きとは比べられない
「最悪の」お仕置きが始まろうとしていた。