「・・・お兄ちゃん・・・っ・・・」
どうしてあんな行為に出てしまったのか。
どうして逃げて部屋に閉じこもってしまったのか。
さっきから内心自分を責め続けるも、それで何か進む話でもない。
こんなケンカをするために、日中からずっと頑張ってたわけじゃないのに・・・
そう思うとよけいに悲しくなって・・・
謝りに行きたいとも思う。早く仲直りしたいとも。でも・・・
「恥ずかしくて・・・いけないよ・・・」
必死で兄の顔も見ずにチョコを投げ、逃げてしまった。
今兄に会いに行くなんてこと、怖くて、そしてそれ以上に恥ずかしくてとてもできない。
呆れられているに違いない。
「ふぇっ・・・えぇぇっ・・・」
頭の中を後悔やら不安やらがぐるぐるする。
途方に暮れた花月は、いつの間にか泣いていた。
「ふぇっ・・・えくっ・・・」
それからまたどれくらい時間が経ったか。
未だ泣き続ける花月の耳に、不意にドアをノックする音が聞こえた。
コンコンッ
「花月ちゃん? 鍵閉めてるんでしょ? 開けて。」
「!!(お兄ちゃん・・・っ!!)・・・っ!」
兄の声に慌てて立ち上がってドアまで駆け寄るも、花月はそこで思いとどまってしまう。
そして、ドア越しに呟くように言った。
「い・・・いや・・・」
その返答の瞬間、ドアの向こうからため息が聞こえる。
「・・・かーづーきーちゃん? この期に及んでまだそんなこと言う?」
「っ・・・」
葉月の声のトーンが下がった。しかし花月も怯みながらも譲らない。
「いや・・・会いたくない・・・お兄ちゃんの顔見たくない・・・」
「えー、何それさっきから立て続けにショックだな・・・」
「えっ!? ち、違うそういう意味じゃなくて!」
言葉足らずで自分が意図したのとは違う意味に取られて慌てて訂正するも、
葉月は畳みかけてくる。
「でもさっきも『バカ』って言われたし。」
「ちがっ・・・それも勢いでっ・・・」
「勢いで人に『バカ』なんて言っちゃっていいのかなー?」
「それはっ・・・だって・・・」
「『だってお兄ちゃんが悪い』?」
「っ・・・それはっ・・・」
分かっている。今回最初から葉月に非は一つもない。
チョコをくれた人に対する対応は当たり前のものだし、
葉月は別に「くれ」なんて言っているわけもない。
一方的に嫉妬して、一方的にキレたのは自分だ。
分かっている。分かっているからこそ・・・
「違う・・・私が悪いの・・・だけどっ・・・」
「だけど?」
「恥ずかしくて・・・お兄ちゃんと顔合わせられない・・・」
嫉妬。逆ギレ。あまりにも子供っぽすぎて・・・俯く花月に、葉月が声を掛ける。
「どうして? 何も恥ずかしいことはしてないじゃない。」
しれっと言う葉月に、花月は少し声が大きくなる。
「し、したよっ・・・分かってるでしょ、
お兄ちゃんにチョコあげた人に嫉妬して、お兄ちゃんに逆ギレしてチョコ投げて・・・」
改めて言うとなんて恥ずかしい・・・と語尾が小さく消えていく花月だが、
葉月はそれに花月が思ってもいない返しをした。
「うん。とっても可愛かったよ。」
「え゛っ!? な、何言ってっ・・・」
「だって花月ちゃんがあんなヤキモチ妬いてるとこなかなか見れないし。
いつも俺ばっかり妹大好きアピールしてるみたいだから、
バレンタインは花月ちゃんのそういうとこ見れて毎年可愛いなぁって思ってるよ。」
「な・・・なっ・・・」
あまりにもストレートに言ってくるものだから、言われた花月の方が赤面してしまう。
ドア越しで良かった・・・なんて一瞬思ってしまう。
葉月は続ける。
「だから花月ちゃんが、自分が嫉妬したこととか逆ギレしたこととかそれ自体で
俺が呆れて怒ってるんだと思ってるならそれは的外れ。残念でした。
俺が怒ってるのは別の理由。
それを花月ちゃんが気付いてないことに怒ってるんだよ。」
「えっ・・・」
「今出てきてくれたらお兄ちゃんがお膝の上でちゃんと教えてあげる。
今出てこないんなら花月ちゃんが自分で答え見つけられるまで・・・
そうだなぁ・・・壁に手ついて物差しで、とかにしようか。」
「ええっ・・・!」
てっきり怒られるのは(「嫉妬」は違うかもしれないとちょっと思ったが)
その二つのことだと思っていた花月は、二つとも違うと告げられ困惑する。
それ以外のことを全く頭に浮かべていなかったから、
自分で分かるまで、なんてそんなの無理に決まっている。
・・・というかこの選択肢、葉月がどちらを選ばせようとしてるかは明らかである。
「・・・お兄ちゃん、可愛い妹に物差し使いたくないんだけど?」
「う、うぅ・・・」
「もー、いくら気の長いお兄ちゃんだっていつまでも待ってられないよ?
あと10数えるまでね。いーち。にーい・・・」
カウントダウンをされたら従ってしまうのは、もはや条件反射だった。
「0」になったらろくなことが起きないのは、容易に想像できるから。
ガチャッ
「お兄ちゃん・・・」
「はい、よく出てきました。そしたらお膝の上コースだねっ」
頭を撫でられニコッとそう告げられ、
再び兄の笑顔が見られた嬉しさ半分、
これからの数十分のことを思って悲しさ半分の花月だった。
バシィンッ
「いっ・・・」
所変わってリビング。
宣言通り「お膝の上コース」というわけで、
花月は葉月の膝の上で、スカートを捲られ、下着も下ろされたお尻を叩かれている。
バシィンッ バシィンッ
「いたぁっ・・・おにっ・・・ちゃんっ・・・」
「んー?」
バシィィンッ
「ああんっ! ごめんなさいぃっ」
必死で紡ぐ謝罪の言葉に、葉月は穏やかな声で応える。
「うん。花月ちゃんはやっぱり素直に『ごめんなさい』できる子だよね。
・・・じゃあ、それは何に対しての『ごめんなさい』?」
バシィンッ
「んんっ・・・そ・・・れは・・・」
「それは?」
バチィンッ バチィンッ バチィンッ
「いたぁぃっ・・・チョコ、お兄ちゃんにっ・・・投げたぁっ」
「うん、まぁモノを人に投げることはよくないね。それと?」
バチィィンッ
「うぅっ・・・お兄ちゃんに『バカ』って言ったぁっ・・・」
バシィンッ
「ふぇっ・・・」
「うーん、まぁ、それは可愛かったから実はそんなに怒ってないけど、まぁそうだね。それと?」
バチィィンッ
「ふぁんっ・・・分かんないっ・・・」
「えー、ほんとにー?」
バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ
「ああんっ・・・おにっ・・・ちゃっ・・・教えてくれるって言ったぁ・・・」
「んー・・・でもねぇ・・・ほんとに分かんない?」
バチィィンッ
「ふぇぇっ・・・意地悪しないでぇ・・・分かんないのぉ・・・っ」
既に陥落している花月に、葉月は溜息をついて苦笑いした。
「全くしょうがないね・・・前にも似たようなこと言った気がするんだけどなぁ・・・」
「ふぇ・・・」
「花月ちゃん、俺にチョコ投げつける前に何て言った?」
「えっ・・・と・・・」
そんなこと言われても、あの時は無我夢中だったから覚えていない。
膝の上で固まっている妹に、葉月は苦笑して止まっていた平手を再度振り落とす。
バッチィィィンッ
「きゃぁぁっ!?」
「覚えてない? 『私なんかが作ったチョコなんてどうでもいい』って言ったんだよ。」
「あ・・・」
バシィィィンッ
「ああんっ! いたい・・・」
ここへ来て強くなった平手に、花月はポロポロと涙をこぼす。
「そんなこと言われて怒らないわけないでしょ。」
「っ・・・?」
「それから」
バッチィィィンッ
「いったぁぁぃっ」
「俺に対してチョコを投げたことはそんなに怒ってないけど、
花月ちゃんが自分の作ったチョコを捨てたり投げたりしたことについてはすごい怒ってる。」
「ふぇ・・・?」
「んー、分かりづらいかな?」
バチィィンッ
「ああんっ! わかっ・・・んない・・・・・・ん」
しょげる花月。そんな花月の頭を撫でて、葉月は少し息をついて言った。
「・・・しょうがないな。じゃあ教えてあげる。
・・・俺が今この世で一番嫌いなことはね、一番大切な妹を傷つけられることなんだよ。」
「う、うん・・・」
突然そんなことを言われ恥ずかしがる花月だが、葉月はそんな花月に少し厳しい声で言った。
「だからそれをする奴がいたら絶対に許さないし、
それに・・・もしそれを花月自身がしたら、いくら大切な妹だとしてもすっごく怒る。」
「え・・・」
「あのブラウニー、花月が一生懸命手作りで作ってくれたんでしょ?
手作りってことはそこに花月の想いも込められてる。
それを捨てる、投げつけるなんて、花月の想いを傷つけるのと同じだよ。」
「それ・・・は・・・」
「『私なんか』って言葉もそう。自分を貶めるような言葉、絶対に使って欲しくない。
自分を卑下する言葉は、自分の心を傷つけるんだよ。」
「っ・・・はい・・・」
兄の言葉がスッと頭に入ってくるのを感じる。
そうだった。
兄が怒るのは、体調が悪いのに無理した時、自分に必要以上に負担を強いた時・・・
自分を傷つける行為をした時だった。
「・・・というわけで。俺がなんで怒ってるか分かった?」
「はい・・・」
素直に頷く花月だが、お怒りの葉月は容赦なかった。
「ちゃんと言ってもらおうかな。はい。」
バッシィィィンッ
「きゃぁぁっ・・・ふぇっ・・・自分のことっ・・・大切にしなくてごめんなさいっ」
バッシィィィンッ
「あぁぁんっ!!」
「はい、よくできましたー。」
一度平手を止め、ポンポンッと背中を優しく叩いてくれるが、
その平手はまたすぐに離れていってしまう。
「・・・じゃあ、後は二度としないようにしっかり懲りようね。」
「ふぇっ・・・お兄ちゃん・・・」
薄々分かってはいたが、もう既にお尻はこの上なく痛い。
一縷の望みをかけて振り返って葉月に訴えかけると・・・
「ダーメ。言ったでしょう? お兄ちゃん怒ってるんだよ。」
先ほどの優しい声音はどこへやら。
厳しい声を発する、厳しい顔の兄の顔が目に入った。
「っ・・・」
バッチィィィンッ
「きゃぁぁぁっ!!」
・・・結局そこから50発は振り下ろされて、ようやく葉月の平手は止まった。
「ふぇぇぇっ・・・いたいぃぃっ・・・」
「これに懲りたら、花月はいい加減に自分にもっと自信持つことだね。
あと、どれだけ俺が花月のこと大切にしてるかも。」
「はい・・・うぅ・・・もうバレンタインやだぁ・・・」
元々好きではなかったが、今までの中で最悪だ・・・と、
いつも以上に厳しいお仕置きの後だからか、
珍しく子供返りしている花月に葉月は笑って、頭を優しく撫でる。
「クスクスッ 可愛いけど、もうそんなにむくれないの。
それに、ブラウニーもおいしかったよ?」
「うーっ・・・え゛っ!?」
さらっと言われた言葉に、花月は目を見開く
「そんなっ・・・一度ゴミ箱に捨てちゃったのに!!
そ、それに投げちゃったし・・・ぐちゃぐちゃの・・・」
あわあわする花月に対し、葉月はこともなげに言う。
「んー? そうでもなかったよ?
ラッピングごと捨てられてたから中身無事だったし、そんなに崩れてなかったし。
それに・・・」
「で、でもっ・・・」
「可愛いメッセージも見れたしね。」
「っ~~~~!!///」
ニコッとそう言われて、花月は今度は顔から火が出るくらい赤面しているのを感じて、
ソファのクッションに顔を埋めてしまう。
そんな花月の様子に、葉月は微笑みながら優しく言った。
「今までバレンタインに貰ったプレゼントで一番嬉しかったよ。ありがとね。花月。」
「・・・・・・ど、どういたしまして・・・」
・・・キッチンの机の上には、ブラウニーと一緒にメッセージカードがあった。
『大好きなお兄ちゃんへ
初めて自分で作りました。よかったら食べてね。いつもありがとう。
花月』