「・・・はい、降りてー」
あの後、夜須斗が最低限の荷物をまとめる時間以外
ほとんど猶予も与えられず強制的に車に押し込まれた2人は、
沈黙の漂う車内で気まずすぎる時間を過ごし、
そして車はあっという間に風丘の家に到着してしまった。
足取り重く2人が降りると、風丘は仁絵に指示を出す。
「先にリビング入って待ってて。」
「・・・ん。」
仁絵は顔を引きつらせながら返事をすると、ポケットから鍵を取り出して中に入る。
「・・・やっぱ風丘の家・・・でかいね・・・」
「前も今もこんな状況じゃなかったらいろいろ案内したんだけどな・・・」
どんよりした空気で2人は玄関を通り、リビングに入る。
荷物を床に置いて、立ち尽くしていると、すぐに風丘が入ってきた。
「お待たせ。・・・さてと。
今日はもう遅いし、こっからいろいろやってたら遅くなっちゃうから先に寝なさい。
仁絵君、部屋のクローゼットに布団もう一組入ってるの知ってる?」
「あぁ・・・」
「あれ敷いてあげて。吉野のね。
吉野、着替えとパジャマは持ってきたでしょ? すぐに着替えてね。
服は着替えたらすぐ洗濯。そんなお酒臭い服明日また着られないから。
洗濯も・・・仁絵君、やってあげて。」
「分かった。」
「その間にお湯張ってあげるから、仁絵君はそれ終わったらそのままお風呂ね。
吉野は念のために今日はダメ。明日の朝にしなさい。
気にしなくても、布団のシーツも明日すぐに洗濯するから。
それから、明日は朝7時にここで正座して待ってること。いい?」
「しっ・・・」
「んー?(ニッコリ)」
明日も休日なのに想定外の起床時間の早さに口を開きかけた仁絵に、
風丘の満面の(ブラック)スマイルが向けられ、強制的に黙らされる。
「お返事は?」
「「はい・・・」」
「遅れたら1分につき1回ずつペンペン増えるから。
起こしてあげないから自力で起きなさいねー」
「「はい・・・」」
「はい、指示は以上。ってことではい、動いて動いて!!」
急かされるようにリビングを追い出された2人は、階段を上って二階にある部屋に入った。
「ここ。俺の部屋。」
「・・・何この部屋。ベッドしかないじゃん。」
入って目に映ったのは、奥にドーンとあるベッドだけ。
「あー・・・この部屋俺の『寝室』だから・・・」
フツーの部屋は2つ隣・・・という仁絵に、夜須斗は目を丸くする。
「はぁ!? 何、その金持ちみたいな部屋の使い方・・・」
「俺も思ったっての・・・俺前の家だって部屋一つだったのに・・・
でも風丘が、余らしてるから使ってくれた方が部屋が鄙びない、
とか何とか言ってさ。」
そう言いながら、
仁絵は入ってすぐ左手の壁面にあるクローゼットを開け、中から布団一組を取り出す。
「こっちで敷くから、着替えてろよ。」
「いーよ、それくらい自分で・・・」
「どーせお前が着替えてくんねーと洗濯できねーから。いいから早く着替えろ。」
何もかもやらせちゃ悪いと夜須斗が手を出そうとするが、
仁絵はそれを制して布団を敷き出す。
「・・・悪い。」
「いーって。ガラにもなくへこんでるみたいだし?」
「っ・・・余計なお世話!」
茶化されて、夜須斗は少しいつもの調子に戻ると、布団は仁絵に任せて着替えを終えた。
ちょうど同じぐらいのタイミングで仁絵も布団のセットを終えていた。
「・・・これでよし、と。じゃー、俺洗濯してそのまま風呂行ってくる。
結構かかるから先寝てろよ。」
「あぁ・・・。」
夜須斗から脱いだ服を受け取ると、仁絵はさっさと風呂へと向かった。
明日は早い。
別に寝起きは悪くないが、今日はいろいろあって疲れてるし、
万が一寝坊でもすれば洒落にならない。
とっとと終わらせて俺も早く寝よう・・・
そんなことを思いながら、仁絵は風呂場へ急いだ。
仁絵が出て行って一時間ほど。
日付が変わり、風呂からあがった仁絵が再び戻ってきたが・・・
「・・・んだよ。先寝てろっつったろ。」
「・・・うるさい。」
布団に寝ころんではいるものの、寝ずに携帯をいじっている夜須斗がいた。
「早く寝ろって。お前のが酒も飲んでるし、寝坊する可能性高いんだからな。」
「平気だよ。酔ってもないんだから。」
言い放つ夜須斗に、ハァ・・・と仁絵はため息をつくと、
ガシガシと濡れた長い金髪をタオルでふきながら、ベッドに腰掛ける。
「どっちにしろ寝ろよ。寝坊して余分に叱られるなんて俺はまっぴらだからな。」
「・・・そんなの俺だって嫌に決まってるじゃん。」
「だったら寝ろ。」
何なんだ、と仁絵が若干呆れ気味に言うと・・・
「・・・ずっと寝ようとしてんのに寝れないから困ってるんだろ。」
「・・・はぁ??」
ボソッと言われた夜須斗の告白に、仁絵は一瞬目を丸くする。
いつもクールな夜須斗からの言葉にしては予想外すぎる。
「・・・何。そこまでビビってんの?」
「ほっといてよ。自分でも意味わかんないんだから。笑いたきゃ笑えば。」
携帯を放り出して、布団にくるまって背を向けてしまった夜須斗に、
仁絵はため息をつく。
「笑わねーよ。つーか笑えねー・・・正直今回やばそーだし・・・
でもまぁ・・・・・・、死にはしねーだろ。」
夜須斗が酒で一度叱られたことがあるというのは夜須斗自身から聞いている。
自分のケンカの時もそうだが、
風丘は特に再犯のお仕置きには容赦がないことを、身を以て知っているし、
自分だって全くの部外者ではないから、笑える話では決してない。
だが見たことないくらい落ち込んでいる夜須斗を見て、
しかしかけるいい言葉が思い浮かばなくて、
苦し紛れに出した一言は、夜須斗に一蹴された。
「慰めてるつもり? フォローになってないんだけど。」
「うっせーよ・・・」
お仕置きされると宣言されてから、一晩も持ち越された経験なんてない。
結局暗い雰囲気は脱せず、
どんよりとした雰囲気のままなかなか寝付けない夜は更けていった・・・。
♪♪~~♪♪♪~~
「んー・・・やっべ、夜須斗!! あと5分!!」
「んー・・・あぁ・・・」
いくら寝付けなくても、寝てしまったら関係ないわけで。
逆に寝たのが遅かったせいで、
6時30分にセットした一度目のアラームでは起きれなくて、
五度目のスヌーズでようやく仁絵が気付き飛び起きた。
セットする時はさすがにこんなにいるか・・・?と思っていたスヌーズだったが、
今となっては昨日の自分をそこだけは褒めたい。
まだ寝ていた夜須斗を揺り動かすと、夜須斗も寝起きは悪くなく、一度で普通に起きた。
行きたくないが、行くしかない。
特に服や布団について指示はされなかったからとりあえずそのままで、
2人は一階へ下り、
途中洗面所で顔を洗って軽くついた寝癖だけぱぱっと直すと、
リビングへ行って正座した。
時刻は6時58分だった。
7時きっかりに風丘は現れた。
パジャマのままの2人と違って、もうばっちり着替えて身支度は整っている。
「おー、さすが。おはよー」
「おはよ・・・」
「おはよう・・・」
「さてと。じゃ、吉野は先お風呂ね。
もうお湯張って、昨日の服も乾いてたから畳んで置いてあるから入っておいで。
せっかくお湯張ったんだからちゃんと浸かってね。
ドライヤーも使って良いから、風邪引かないようにちゃんと髪も乾かすんだよー」
「え・・・あ・・・はい・・・」
先ほど洗面所に行ったが、そこまで準備されていたのに慌てていて気付かなかった。
夜須斗は指示されて立ち上がり、足早にリビングを後にした。
そして残された仁絵に、風丘は声を掛ける。
「はい、これで文句ないでしょ。やるよー、仁絵君。」
「・・・やっぱそーかよ・・・」
夜須斗に暗に「ゆっくりしてこい」と言っているようなお風呂の指示は、
やはり仁絵のお仕置き時間を確保するためのものだった。
「何それ。『気を遣っていただいてありがとうございます』でしょ?」
「う・・・」
そんなの分かっている。
まだ他人の前で素直にお仕置きを受けられない仁絵のために、
風丘がこうしてくれたことくらい、
昨日自分だけ風呂に入らされた段階で薄々勘づいていた。
それでも、それがお仕置きに関することだと素直にそんなこと到底言えないわけで。
渋っている仁絵に、風丘はムッとして言い放った。
「ふーんそう。
じゃあ、夜須斗君の前で、10発全部定規で厳しくお仕置きされてごめんなさいできるんだね?
だったらいいよ。そのまま夜須斗君があがってくるまで正座してな。」
「やっ・・・ちょっ・・・」
そんなの無理に決まってる。
仁絵は拳を握りしめると、俯いたまま言った。
「気を遣っていただいて・・・ありがとう・・・ございます・・・」
それを聞いて、風丘はふぅっとため息をつくと、
リビングと続いているダイニングから
ダイニングテーブルに備え付けのイスを引っ張ってきて、
正座したままの仁絵の腕を掴んで、
自分がそこに足を組んで腰掛けてその膝の上に仁絵をのせた。
「うぁっ・・・ちょっ・・・」
「暴れないでねー 落としやすいんだから、これ。」
そう言いつつ、
風丘は仁絵のパジャマ代わりのスウェットのズボンを下着と一緒に一気にずり下ろす。
「ちょっ・・・これ・・・やだっ・・・・」
「言ったでしょー 『ものすごーーーーくいたーーーーいお尻ペンペン』って。」
ただでさえ、ソファーではなくただのイスのため、
仁絵の上半身を支えるものは何もなくて、自然と頭が下がる。
そこへ更に風丘が足を組んでいるため、更にお尻を高々と上げる体勢になって、
なんだかお尻の皮膚が引っ張られて突っ張ってる感じまでして
恥ずかしいやら不安定で怖いやら嫌な予感がするやらで
仁絵は顔をしかめて足をばたつかせた。
「こら、暴れないの。」
ペシペシとお尻と太腿の境目をはたかれて、仁絵は呻く。
「うっ・・・だって・・・」
「はい、じゃあ行くよ。あんまり騒いで舌噛まないでよ?」
「
えっ・・・そっ・・・」
そんなに!?という仁絵の疑問は、口に出来ることはなかった。
バッチィィィンッ
「いっ・・・たぁぁぁぁっ!?」
「こーら、暴れない、何回言わせるの。」
痛い。
痛いといっても平手で10回、と内心甘く見ていた気持ちを見透かされ、
それをあっさり砕かれた気分の強烈な一発だった。
仁絵からは見えないが、白いお尻にはキレイに手形がついている。
バッチィィンッ
「あぁぁっ! ちょっ・・・ちょっと・・・」
バッチィィンッ
「いたぁぁぃっ 待って、待って風丘っっ」
あまりの痛みにパニクる頭を落ち着かせたくて、仁絵が必死に叫ぶが、風丘は聞く耳持たず。
「待たない。一晩待ってあげたでしょ?」
「そーいう意味じゃねーよ!! つーかそれはお前が言い出した・・・」
バッチィィィンッ
「うわぁぁっ!! いってぇ・・・」
もうこうなったら完全に風丘のペースだ。
「なーに。その口のきき方は。反省する気ないの?」
バチィィィンッ
「ううっ・・・ある・・・ありますっ・・・」
風丘に許して貰うために必死になるしか道は残されていない。
「じゃあ何でお仕置きされてるの?」
バッチィィィンッ
「いぁぁっ がっ・・・外泊の時うそっ・・・」
「そー。あとはー?」
バッチィィィンッ
「うぁぁぁっ!! っく・・・あとっ・・・!? えっ・・・何・・・?」
それ以外の罪状が頭になかった仁絵は、更に聞かれてまたパニクる。
素で聞き返してしまい、風丘にため息をつかれた。
「ハァ・・・おバカさん。
何でこんなにいたーーーいお尻ペンペンになっちゃったか忘れたの?」
「えっ・・・あっ・・・!」
そこまで言われてようやく思い出した。
「夜須斗が・・・酒飲んだのごまかすの手伝った・・・」
「そう。それ!」
バッチィィィィィンッ
「ぎゃぁぁぁっ! ううっ・・・てぇぇ・・・」
いつもより叩かれてる数はずっと少ないし、苦手な連打もないのに、とにかく痛い。
お尻ももう赤く腫れてる気がする。
10発程度で泣くはずがないと思っていたのに、
視界がぼやけてきたのは気のせいではなかった。
「っていうかそもそもそれ以前に飲むのを止めなさいよね。
自分は飲んでないからいい、なんてそんな甘い考え許しません。」
バチィィィンッ
「いぅっ・・・うぅ・・・ごめっ・・・」
「うん。ちゃんと言って。」
「・・・うぅ・・・」
言いかけてはいたが、改めて言わされるのはハードルが高いことを分かって欲しい。
せっかく出かかっていた言葉を飲み込んでしまった仁絵に
風丘はちょっと呆れたようにして言った。
「なーんだ。せっかく珍しく素直にごめんなさいできそうだったから、
最後の一発は優しいのにしてあげようと思ったのに。残念。やーめた。」
「ふぇっ・・・ちょっ・・・」
言うが早いか、風丘は今日一番の高さまで平手を振りかぶると・・・
バッチィィィィィィンッ
「いっ・・・たぁぁぁぁぁぃっ!!!」
今日一番の強さで仁絵のお尻に落としたのだった。
「はい。それで?」
「ごめん・・・なさい・・・」
「はーい。よくできましたー♪」
結局、今回もここまでされないと言えない仁絵なのだった。
「ふぇっ・・・っく・・・ばかっ・・・痛すぎっ・・・ふぇっ・・・」
いつもほどの大泣きではないものの、相当の痛みだったこともあって、
仁絵は膝から下りはしたがそのまま床に座り込んで、
イスに座ったままの風丘の膝にすがってぐずっていた。
「もー。10発しか叩いてないでしょ?」
「10発しかって痛さじゃねーもん・・・つぅ・・・」
風丘もしばらくは頭を撫でたりしてあやしていたが、
今日は仁絵の自力復活まで付き合ってあげられない。
風丘は「さぁ」と仁絵の肩をポンと叩いて言った。
「ほら、早くお尻しまわないと夜須斗君に見られちゃうよ?
それから、着替えたら
俺が夜須斗君の相手してる間に3人分のご飯作っておいてよ。朝ご飯。」
「うぅ・・・分かったよ・・・」
渋々仁絵は立ち上がると、服を整える。
「・・・リクエストは?」
「んー。わりとガッツリ食べたいかな。誰かさんのおかげでもう疲れちゃったのに、
これから更に疲れるから。」
「ハハハ・・・」
ニッコリ怖いことを言ってくれる風丘に、仁絵の乾いた笑いが向けられる。
「じゃー、よろしくねー」
「ん。あ、風丘・・・あの・・・」
リビングを出ようとして、仁絵は一旦足を止めた。
「あの・・・あんまり・・・」
「仁絵君。」
「っ・・・」
みなまで言うなとばかりに風丘に遮られる。
「それは約束できない。」
「・・・悪ぃ・・・あの・・・よけーなこと言った。」
「ん。」
昨日の夜須斗を見ていたら、何か、庇うじゃないけど、
何か言わずにいられなくて口を開いた仁絵だったが、
振り返って目に飛び込んできた風丘の表情が、
いつの間にかお仕置き後に自分を甘やかしたり茶化してきたりしたそれとは全く違っていて。
しかも言う前にそこまではっきり言われてしまったからもう何も言い返せなくて。
(そりゃー夜須斗もビビるわ・・・あ・・・)
リビングを後にして、着替えるために部屋に行こうと階段を上ると、
お風呂から出てきた夜須斗がリビングに向かう後ろ姿が見えた。
(頑張れ・・・)
何の意味もないと分かっていながらも、
その暗い背中に内心エールを送ることしかできない仁絵なのだった。