「仁絵ー お前、このバンド知らない?」


年の瀬も迫った12月上旬のある日の昼休み。
夜須斗が仁絵にチケットを見せた。


「Star Killers? 知ってるし曲も結構聴くけど・・・ 

どーしたんだよ、このチケット。」


それは、メジャーデビューこそしていないものの、

インディーズではそこそこ名の売れているバンド。
音楽全般に割と興味のある仁絵も、もちろん知っていた。


「母さんが知り合いの伝手で余ったからくれたんだけど。俺わりと好きでさ。

惣一とかも知ってると思うんだけど、

あいつ連れてくとお守りしなきゃなんなくなるから・・・。
今度の土曜の夜。空いてたらいかない?」



仁絵は、ライブハウスにはしゃぐ惣一と

それに振り回される夜須斗が容易に想像できて苦笑した。


「土曜? あー、空いてるかも。いいぜー。風丘にも言っとく。」


仁絵が快諾すると、夜須斗は早速話を進める。


「じゃー、駅前の噴水前に18時で。

あ、それと・・・その日じーちゃん昔の同僚と旅行、父さん出張、母さん夜勤で

家誰もいないからさ。」


夜須斗がニヤリと笑って言う。
それは久しく成りを潜めていたいたずらっ子の夜須斗の顔。


「ついでに外泊の許可ももらっといてよ。」


夜須斗がサラリと言ってのけた提案に、仁絵が眉をひそめる。


「はぁ? 軽く言うけど、風丘がそんな簡単にいいって言うか・・・」


「そんなの、保護者居ないこと伏せれば許可もらえるよ、きっと。

あいつ他の教師ほど石頭じゃないし、門限だって緩いんでしょ?」


「そりゃそうだけどお前な・・・それ、俺だけリスク背負うやつじゃねーか。」


「いいじゃん。久々2人で遊ぶんだし。」


予想外に押しの強い夜須斗。

仁絵も仁絵で、せっかく遊ぶんだからオールで盛り上がりたい気持ちもある。


「はぁ・・・聞いてみるけど・・・期待すんなよ?」


悩んだ末、折れたのは仁絵だった。





その夜。仁絵の作った夕食を食べながら、仁絵は今日の話題を切り出した。


「風丘ー 今度の土曜なんだけど。」


「うん。どーしたの?」


「夜須斗にインディーズのバンドのライブ誘われて行くんだけど・・・」


「うん。」


「その後、夜須斗んちに泊まらないかって言われてて。

外泊・・・してもいい?」


風丘との決まり事の一つ、無断外泊は禁止。

だからこうやって聞くのは自然なはずだ。
仁絵はなるべくサラッと言うように心がけて切り出した。

仁絵の言葉を聞いて、風丘も特に疑った様子もなく自然に聞き返してくる。


「ふーん。夜須斗君ちの家の人、いらっしゃるの? 
お祖父様とか、厳しいんじゃなかったっけ。

俺はまだちゃんとお話ししたことないけど・・・」


「あー、おじいさん、その日旅行でいないらしい。

で・・・おばさんはいるって。」


本当のことに、嘘を混ぜて出来るだけ自然に・・

ここまでシミュレーション通りに言ったが、果たして・・・
仁絵が内心少しドキドキしながら風丘の様子を窺うと・・・


「そっか。いーよ。ご迷惑かけないようにねー。

次の日午前中には帰ってくること。」


「・・・マジで?」


あまりにもあっさりすぎて、仁絵が思わず聞き返してしまう。
そのリアクションに風丘が可笑しそうに笑って言う。


「クスッ。なーに? 反対されるとでも思ってたの?」


「え、あ、いや、もうちょい・・・渋い顔されるかと・・・

無断外泊禁止だし・・・」


「それは『無断』のところが問題なんでしょ?
それにまぁ、普段の日だったらさみしーなーとか思うけど。
ちょうどその土日明けが成績関係書類の提出締め切りで、

さすがに休日出勤夜遅くまでしなきゃならなそうだから、
どうせ仁絵君一人にしちゃうしね。」


「へぇ・・・まぁ・・・じゃあ・・・行く。ありがと。」


「はーい。・・・っていうか、何のバンドのライブなの?」


「んー? Star Killersっていう・・・」・・・


こうして風丘からの許可は

仁絵が予想していたよりも遙かにあっさりとれたのだった。





そしてついにライブ当日。


ライブ自体非常に盛り上がるものだった。
スタンディングは超満員で、

さすがに2人は盛り上がりのまっただ中で跳んだり跳ねたりなんてことはしなかったが、
それでもライブハウス独特の盛り上がりを多いに楽しんだ。




そして、その熱も冷めやらぬままに夜須斗の家。


「おじゃましまーす」

「どーぞ」


夜須斗の言っていたとおり、家には誰もいない。

無人のリビングの電気をつけ、夜須斗は空いてるソファに荷物を投げ出す。


「てきとーに座ってて。飯、広げてていいから。」

「おー。」


仁絵もソファーの空いてる所に座ると、

帰りがけ買ってきたコンビニのお弁当を広げる。
材料買って作ってもいいけど、とも言ったが、

結局今日くらい楽していいだろうとコンビニ飯になったのだった。

仁絵がそんなことをしている間に、

夜須斗がキッチンからいろいろ抱えて戻ってきた・・・が、それが問題で・・・


「飲み物何にする? ビール? チューハイ? 

カクテル作るならカシスとカルーアとピーチならあるけど。」


さも当然のように酒の名前を並べ立てられ、仁絵は呆れた顔をする。


「おいおい、お前な・・・選択肢酒しかねーのかよ。」


「はぁ? まさか飲まないとか・・・」


「飲まねーよ。俺は明日朝風丘のいる家に帰るんだぞ?」


仁絵の言い分を聞いた夜須斗だが、それこそ何言ってるんだと言い返す。


「別にいいじゃん。明日の朝シャワー浴びて帰れば残んないよ。
だいたい、仁絵バカみたいに酒強いくせに。」


「うるせー。そりゃこっち来る前はけっこー飲んでたけど・・・」


天凰時代、どっぷり不良の世界に浸かっていた仁絵にとって、

酒なんて物珍しいものでもなく、それこそ日常的に目にするものだった。
中学あがったばかりの仁絵にチューハイではあったものの対決をふっかけてくる高校生、

なんていう訳の分からない図も何回か経験した。
しかもそういった勝負にも一度も負けたことがなかった。

生まれつきの体質でかなり酒には強かった上に、
そんなバカみたいなことを何回もしたから耐性がついてしまって、

最終的には『酔う』という感覚が分からなくなるほどになってしまった。
・・・が、それも今となっては久しい話。


「最近飲んでねーし。どーなるか分かんないだろ?」


仁絵がコンビニ弁当を食べつつごねる間に、

夜須斗はすでに缶ビール一本を半分くらい空けている。

こちらも相変わらずの酒豪だ。

風丘にお仕置きされてから、

さすがに学校に持ち込んでまで飲むことはなくなったものの、
夜須斗は家では未だに日常的に、

両親や祖父の目を盗んだり、いない日を狙ったりしては飲んでいたのだった。


「そんなちょっとの間空けたくらいで急激に弱くなったりしないでしょ。

だいたい俺に最初に酒飲ませたのさぁ・・・」


「あー、俺が飲ませたよ。

つーかお前がここまでハマって酒飲みになるとか思わなかったし。」


そう、何を隠そう夜須斗に酒の味を教えてしまったのは仁絵である。

従兄弟で同じ学校になる前から年に数回は会うことのあった2人。
小6の夏休み、仁絵がおもしろ半分に夜須斗の前で酒を飲み、

思いの外食いついた夜須斗に慣らし方を教えて、

夜須斗がその場でそれを実践し出したのが全てのはじまり。


「ほんとだよ。人引き込んでおきながら・・・

今度俺が誘ったときには飲まないってどーいうこと?」


「お前は家で飲む分にはいいけどな。俺は何の拍子で風丘にばれるかわかんねーんだぞ?
だいたい夜須斗だってあんだろ、一度風丘に酒で叱られたこと。

だから学校では飲むの止めたって前に言ってたじゃねーか。」


「そりゃそうなんだけどね。ばれないと思うけどなぁ。風丘警戒しすぎじゃない?」


「あいつは警戒し過ぎくらいがちょうどいいんだよ。

一緒に暮らせば分かるって。たまにキモイから。勘良すぎて。」


「そのわりに今回の外泊の嘘ばれてないじゃん。」


「それはそーだけど・・・そーなんだよな・・・」


それは事実だから言い返せない。


「考えすぎな気がするけどー?」


「うーん・・・っていうか、ピッチ早くね?(汗)」


実りのない話をしているうちに、

夜須斗はさっき飲んでいた缶ビールを飲み干し、今度はチューハイを空けていた。


「フフッ 昔の仁絵に酒ならいたての俺とは違うって。
最近じーちゃんの目盗めなくて、あんまり飲んでなかったし。

今日はわりとたくさん飲みたい気分。」


「ってかお前のじーちゃん相変わらずあんな?」


仁絵は、2,3回見かけたことのある

いつも気難しそうな顔をして夜須斗に小言を言う老人の顔を思い浮かべる。


「そうそう。っていうか最近拍車がかかってさ・・・」


ようやく飲め、飲まない、の押し問答から話題が逸れ、

2人は食事をしながら(夜須斗は酒も飲みながら)しばし話に夢中になっていった。




・・・ひとしきり話して、2人とも食事は全て食べ終えた頃。
(といってもぺちゃくちゃ話しながらだったので食べ出してから一時間近く経ってしまったが。)


「ごちそーさま。で、仁絵ー やっぱ一杯くらい飲もうよ。」


夜須斗が懲りずに誘ってくる。


「んだよ、しつけーな。っていうかお前こそもう止めとけよ。

缶ビール2本にチューハイ2本・・・って今からカルーアとか止めとけ!」


仁絵の話に耳も貸さず、夜須斗はコップにカルーアミルクを作ってしまう。

しかも相当濃い。


「えー、もう作っちゃった。じゃあ、捨てるのももったいないからこれは仁絵が飲んでよ。

俺は度数低い『ほろ酔い』で我慢するから。」


ニヤリと笑って夜須斗がコップを差し出してくる。


「夜須斗・・・」





どうしても飲ませたいんだな、と仁絵はため息をつき、

まぁ一杯くらいなら平気だろうという思いと、
いい加減夜須斗が飲むのを止めさせるには自分が飲めば納得するだろうという思いとで、

仁絵が夜須斗からコップを受け取ろうとした時だった。


プルルルルルル プルルルルル


2人のいるリビングにある電話が鳴った。


「誰だろ。母さんかな・・・」


携帯にすりゃいいのに・・・、じーちゃんだったらやだな・・・めんどい・・・

などとぶつぶつ言いながら夜須斗はコップを持ったまま電話に向かった。