「か、風丘! ちょっ・・・」
手首をつかまれ、引きずり込まれるように部屋に入れられた仁絵は、焦っていた。
「怖い」。純粋に目の前の風丘が怖い。
ここまで、自分が「怖い」と感じるほどに風丘が怒っているのはかなり久しぶり・・・
いや、初めてではないだろうか。
お仕置き自体が厳しいことはまぁ毎度のことだが、
こうまで全面的に「怒っている」という雰囲気を押し出されたのは
あの伝説(に不本意だがなってしまった)の転校初日以来無いし、
あの時は無茶しまくって、しかもいろいろあったから実はあまりよく覚えていない。
怖い。どうしてこんなに怖いのか。どうすればいいか分からない。
仁絵は半分パニック状態になっていた。
が、そんな仁絵の脳内の葛藤は考慮されるはずもなく、
風丘はなおも淡々と続ける。
「さっきまで膝に乗せるって言ったけど、
そんな風に甘やかすのもやっぱりやめる。
今日は壁でやる。お尻出して、そこに手をついて。」
「か、風丘・・・それっ・・・」
風丘が白い壁を指し示す手に持っていたのは・・・靴べら。
仁絵が悶々としている間に、いつの間にか手に取っていたのだろうが、
問題はそこではない。
最初から?靴べらで?
仁絵は更に焦った。
「そ、そんなの・・・いきなり・・・」
「聞こえなかった? お尻を出して、壁に手をつけって言ってるんだけど。」
「っ・・・」
「早くしろ。」
「っ!!」
厳しく言われて、仁絵は慌てて壁際に向かった。
真っ白い壁が眼前に一面に広がる。
またそこで固まってしまう仁絵に、風丘から再び厳しい声がとぶ。
「お尻出せって言っただろ。指示通りできないなら靴べら100に増やすけど。」
「待っ・・・やる! やるよっ」
いつもの風丘になら絶対あっさりは従えない命令だが、今日は従わないと本当にやばい。
本能が警鐘を鳴らし、
仁絵は慌てて制服のズボンに通したベルトのバックルに手をかける。
カチャカチャとベルトを外すと、そのままストンとズボンが足下に落ちた。
下着にも手を掛け、若干震える手でそれを膝あたりまでおろす。
そして、壁に手をついた。
その様子を確認すると、風丘が静かに言った。
「とりあえず靴べらで50。体勢崩したら最初から。その間に反省すること考えておくこと。」
「えっ・・・ちょっ・・・」
「1。」
ビシィィィンッ
「うぁぁっ・・・」
問答無用の一発に、仁絵はうずくまった。
ウォーミングアップも何も無しにこの一発はキツイ。
仁絵の白いお尻に赤い線が走った。
「やり直し。ほら、戻る。」
「っ・・・」
仁絵は唇を噛みしめて立ち上がった。
お尻に走った赤い線を少しずらすように再度打ち込まれる。
「1。」
ビシィィィンッ
「あぁっ」
「2。」
ビシィィィンッ
「いたぁぁっ・・・」
「3。」
ビシィィィンッ
「ううっ・・・」
あっという間にお尻全体がほんのり赤く染まった。
白い部分を埋めるように打たれ、
最後に足の付け根付近を打たれたとき、また耐えられずにしゃがみ込む。
「やり直し。」
「ふぇっ・・・」
淡々とカウントと「やり直し」しか言わない風丘。
しかも、いつもならどこかに手をつくスタイルだとしても、
腰に手を置かれたり、支えられたりするのに、今日はそんなこともない。
自分の気力だけで耐えなければならないということも辛いが、
道具を使われていることもあって、全く触れてくれることがないのも精神的に辛かった。
どうしてこんなに怒らせた? どうしてこんなに・・・
仁絵は必死で考えた。
しかし、風丘は待ってくれない。
立ち上がると、またすぐに再開される。
「1。」
ビシィィンッ
「ふぁぁっ・・・」
「2。」
ビシィィィンッ
「いたいぃぃっ・・・」
「3。」
ビシィィィンッ
・・・そして早くも限界は訪れた。
「ふぇっ・・・ふぁっ・・・もっ・・・無理ぃ・・・」
ズズッと滑り落ちるようにして、完全に座り込んでしまう。
しかし、なおも風丘は変わらない。
「・・・やり直し。」
しかし、仁絵はもう戻ることもできず、かぶりを振った。
「やだっ・・・やだ・・・もう無理ぃっ・・・」
ハァ・・・と呆れたような冷たい風丘のため息が聞こえる。
怖くて風丘の顔を見れない。顔を上げられない。
俯いたまま仁絵は必死で言葉を紡いだ。
「もう無理っ・・・立てないっ・・・ごめん・・・ごめんなさいっ・・・
ふぇぇ・・・風丘っ・・・怖いっ・・・ごめんなさいっ・・・」
「・・・」
「ケンカしたの謝るからっ・・・警察沙汰起こしたの反省するからっ・・・」
仁絵がここまで自分から言うのは初めてだった。
とにかく必死だった。
自分でもどうしてこんなに今の風丘が怖いのか、
自分がどうしてこんな必死になっているのか。
流れる涙は止まらないし、もう何が何だかよく分からない。
「もう立てないっ・・・許してぇ・・・ごめんなさい・・・
膝の上なら我慢するからぁっ・・・だからぁっ・・・」
「・・・はぁ。」
「っ・・・?」
泣きじゃくってそう言う仁絵の耳に、再び風丘のため息が聞こえた。
ただ、それが先ほどと違って暖かみを帯びているように聞こえたのは気のせいか。
「参っちゃうなぁ・・・今回は最後まで厳しくしようって毎回心に決めるのに・・・」
「ふぇっ」
「まぁ、結構反省してるみたいだし・・・ちょっとは懲りてくれたよね。」
風丘の声が暖かい。そして風丘が歩み寄ってきて・・・仁絵の頭を撫でた。
その瞬間。仁絵の瞳から堰を切ったように涙が更にあふれ出た。
「か・・・ざおか・・・ふぇっ・・・ふぇぇぇぇぇんっ」
「あー、こらこら。まだお仕置き終わりじゃないよ。
お膝の上でならイイコでお仕置き受けられるんでしょう?」
まるでお仕置き終わりの時のように泣く仁絵に、風丘が苦笑して問い掛ける。
泣きながらコクンと頷く仁絵。
「よし。じゃあおいで。」
一度ズボンと下着を軽くあげると、風丘はそのまま仁絵を抱き上げた。
そして軽々とソファまで連れて行き、自分は腰掛けてその膝の上に仁絵を横たえる。
再び出されたお尻は、そこまで回数は打たれていないにも関わらずかなり赤く腫れていた。
「クスッ 膝の上じゃ靴べらは使えないねー。まぁ、もう平手で十分かな。」
そう言いながら、風丘は仁絵のお尻に手を置いて、ポンポンと軽くはたく。
「さて。じゃあもう一回聞こうかな。柳宮寺の今回しちゃった悪いことは?」
「・・・またケンカして・・・警察沙汰になった・・・」
バシィィンッ
「うぁっ!!」
バシィンッ バチィィンッ バシィンッ バチィィンッ
「ああっ・・・いったっ・・・うぅっ・・・くぁぁっ」
「そう。何回も言ってるけどケンカはダメ。
だいたい、キレた理由があったにせよ
骨折させるわ脱臼させるわで全員病院送りとか何バカなことしてんの。」
バッチィィィンッ
「いったぁぁぁぁっ!! ふぇっ・・・だっ・・・だってっ」
「『だって』?」
「あっ・・・ちが・・・」
バチィィィンッ バチィィィンッ バチィィンッ
「うぁぁっ・・・いったぁぁ・・・ああんっ・・・ひぅっ・・・」
「柳宮寺のケンカの強さなら、
相手をそこまでボコボコにしてられる時間・余裕があったなら
洲矢君連れて逃げられたはずだよ。
それをしなかったのはどう考えても
相手を『ボコボコにしてやる』って思って意図的にそう動いたから。違う?」
風丘の指摘は、図星過ぎて何も反論できない。
「そ・・・れは・・・」
「前から言ってるけど。
怒りにまかせて取り返しがつかなくなるようなことするのは止めなさい。
感情のコントロールを覚えること。
すぐには出来なくても、それを暴力とは違う形で発散すること。いい?」
「・・・う・・・」
「今回、相手は誘拐なんて、犯罪レベルの人として最低なことをした。
友達の洲矢君を傷つけられて、柳宮寺が怒るのは全然間違ったことじゃない。
でも、だからといってそれが
『逆襲として相手を再起不能になるまで痛めつけて叩きのめしていい』なんて理由にはならない。
そんなことしても、洲矢君は喜ばなかったでしょ?」
「・・・」
仁絵の脳裏には、必死に自分を止めた洲矢の姿が目に浮かんだ。
「分かったかな?」
「・・・は・・・い・・・」
小さく返事した仁絵に、風丘は微笑む。
そして、少しの間を空けて「それじゃ」と続ける。
「よし。それじゃああと一つ。
俺があそこまで怒った理由もう一つあるから、それをちゃんと考えよっか。
ヒントは『しなきゃいけないことをしなかった』。」
「ふぇっ!? えっ・・・えっ・・・」
「10秒以内に分からなかったら5発ね。はい、いーち。にーい。」
突然の無茶ぶりに仁絵の頭は追っつかない。
てっきりケンカのことだけだと思いこんでいたこともあってフリーズ状態。
「はーち。きゅーう。じゅう。こら。考える気ないでしょ。」
お尻をペチンとやられ、仁絵はいつ5発降ってくるかとびくびくしながら答える。
「だっ・・・だって分かんないっ・・・ケンカだけだって思ってたしっ・・・」
「んー、まぁそりゃ、いつもケンカで怒るけど・・・前も似たようなこと言ったんだけど?」
「えっ・・・えっ・・・ふぇぇ・・・」
今回は本当に分からない。
また泣き出す仁絵に、風丘は困ったように笑ってヒントを出した。
「じゃあなんで、俺はケンカしたら怒るの?」
「怪我したりするかも・・・あ、危ないし・・・し、心配する・・・?」
「そう。でも、今回俺は『心配した』って怒ってないよ。何でだろうね?」
「!」
そこまで言われてようやく分かった。そうだ。風丘を心配させるも何も・・・。
「全部・・・風丘に黙ってた・・・」
「そう。その通り!」
バッチィィィンッ
「ひゃぁぁっ!!」
再開された強い平手に背がのけぞる。
「誘拐とか何それ。ケンカもそうだけど。
今日突然勝輝が来て『え? 何も知らないのかよ』って言われた俺の気持ち
どんなだったと思う?」
バチィィンッ バチィンッ バチィンッ バチィィンッ
「ふぁぁっ! うぁっ・・・ふぇっ・・・ごめっ・・・」
「そうやって黙って全部一人で片付けようとして。
今回はたまたま洲矢君も柳宮寺も無傷で済んだけど、
それこそ取り返しがつかないことになったらどうするの。誰も気付いてあげられない。」
バチィィィンッ
「うぁぁっ」
「いつも言ってるでしょう。こんなに一緒に居るんだから、少しは信用して欲しいんだけどな。」
優しい、でもちょっと淋しそうな声色。
仁絵の口からは自然に謝罪の言葉が出ていた。
「ごめっ・・・ごめんなさいっ・・・」
「はーい。イイコ。そしたらいたーいの、最後3発ね。」
それを聞いて風丘は仁絵の頭を優しく撫でると、
その優しさとは裏腹に、膝の上に乗せてから今まで一番高く手を振り上げた。
バチィィィンッ バチィィィンッ バッチィィィンッ
「いったぁぁぁぁぁっ!!」
「はい、おしまいっ」
風丘は痛みに泣きじゃくる仁絵を抱き起こした。
「よく頑張りました☆」
「いたいぃっ・・・! ふぇっ・・・かざおかぁぁっ」
「はいはい、痛かったね~ 仁絵君が悪いコだったからでしょう??」
泣きつく仁絵をあしらって、タオルを取りに行こうと風丘が立ち上がろうとする。
しかし、仁絵に腕を捕まれて阻まれた。
「ん?」
「・・・抱っこ。」
もう恒例となってきたので、風丘は軽くあしらおうと、頭を撫でて言った。
「んー、ちょっと待ってね。タオル取ってきて、冷やしてから・・・」
しかし、今日の仁絵はそれでも折れず、むしろそれを聞いて再び目を新しい涙で潤ませる。
「・・・やだ」
「んん? どうしたの。久々に赤ちゃん返りがひどいね。」
こう言われては仕方なく、風丘はソファに座り直し、膝の上に仁絵を抱き上げる。
「んっ・・・」
「あー、ほら、冷やさなきゃ。もう、しょうがないなぁ・・・」
「わっ」
お尻が風丘の膝に擦れて痛みに顔をしかめる仁絵を見て、
風丘は苦笑しつつ、仁絵を片腕で支えて立ち上がる。
冷蔵庫を開けて、タオルを取り出し、またソファに戻ると仁絵のお尻にあてがった。
「全く・・・大きい赤ちゃんだね(笑)」
笑いながら頭を撫でられる。
仁絵は安心したように頭を風丘の肩にのせ、呟くように言った。
「風丘・・・」
「ん?」
「俺のこと・・・嫌いにならない?」
予想外の質問に、風丘は一瞬目を丸くしながらも、笑って答える。
「何言ってるの。嫌いだったらこんな赤ちゃんのお守りできないでしょ(笑)」
なおも、仁絵は続ける。
「靴べらの時・・・怖かった・・・」
「んー?」
「道具だし、風丘全然俺のこと触らないし・・・
冷たくて・・・すっごい怒ってるって分かって・・・」
仁絵は風丘の肩に顔を埋めて言った。
「すっごく怖かった・・・」
「仁絵君・・・」
「嫌われたかもって思ったんだ・・・きっと・・・だからすっごく・・・怖かった・・・」
「そっかぁ・・・」
風丘は仁絵の頭を撫でながら優しく言った。
「(怖い思いさせすぎちゃったかな・・・)
ごめんね。厳しく、でも感情的にならないようにって意識してたから、
冷たくなりすぎちゃったみたいだね・・・」
「・・・」
「まさか仁絵君から『膝の上なら我慢するから』なんて
言われる日が来るとは思ってなかったよ(笑)」
「っ・・・!! 言うなぁぁっ!」
思い出して顔を赤くする仁絵に、風丘は笑いをこらえながら続ける。
「クスクスッ ごめんごめん。
でも、そこまで怖がらせちゃったって反省もしたよ。」
風丘の言葉に、仁絵は拗ねたように言う。
「・・・怖かったもん。」
「うん。
・・・でもね。毎回お膝の上がいい~なんてワガママも聞いてあげるとは限らないからね。
特にケンカ。次はないよ?」
「・・・分かってる。」
少し怖い声で脅されて、仁絵はばつが悪そうに返事をするのだった。
しばらく時間が経って。
ようやく仁絵が落ち着いてきた頃、風丘は思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。洲矢君の件だけど・・・」
「あー・・・」
仁絵も思い出したのか、またばつが悪そうな顔をして風丘の膝の上から下りようとする・・・
が、それはかなわなかった。
腕をがしっとつかまれると、今まで向かい合わせで抱っこされていた体を反転され、
仁絵の背中側から、仁絵の肩にかけるように風丘の腕が伸びてくる。
そのまま風丘に抱きすくめられる形になった。
「こーら。逃げないの。『もう話さない』とか『近づくな』とか言ったんだって?」
「だっ、だってあいつが誘拐されたのは俺のせいっ・・・」
「そうかもしれないけどさ。」
仁絵の言葉に、風丘はあっさり肯定を示した。
あまりのあっさりさに一瞬怯む。
が、その後の風丘の言葉はその肯定とは結びつかないと思われるものだった。
「っ・・・だろ・・・?」
「でも、だからって友達関係解消してもいい方には進まないと思うけど?」
「っはぁっ!? テメー何聞いてた、
洲矢が危ない目に遭ったのは俺のせいなんだから俺とあいつが友達じゃなくなれば・・・」
「洲矢君が悲しむね。っていうか、洲矢君以上に仁絵君がまた荒れると思うよ。
仁絵君自分で気付いてない?
初めてうちの学校来た時と、洲矢君とか夜須斗君とか友達できてから、別人だよ?」
「それは・・・で、でも・・・」
「さっきから洲矢君が誘拐されたのは自分のせい自分のせいって言ってるけど。
本当に悪いのは手を出してきた奴らで、仁絵君じゃない。
分かりきってる事実でしょう。」
冷静に諭されるが、納得いかない。
仁絵は無意識に声を荒げて必死になっていた。
「それでも・・・っ 俺は・・・洲矢がっ・・・友達が傷つくのは嫌だ!!」
「・・・」
「俺がいなくなって、あいつが危ない目に遭わなくなるなら、俺はそうしたい。
あいつが傷つくのを見たくない・・・」
俯く仁絵に、風丘は優しく、まっすぐな言葉をかける。
「仁絵君。それを洲矢君が望んでるならそうしてあげるべきだけど。
洲矢君、かなり嫌がってたじゃない。」
「それは・・・」
「仁絵君が選んだその選択肢は、
確かに洲矢君が今後今回みたいに巻き込まれる確率を
多少は低くすることができるかもしれない。
でも、同時に洲矢君から笑顔を奪って傷つけることにもなるんだよ?」
「っ・・・」
それでも折れない仁絵に、風丘は困ったようにため息をつく。
「・・・はぁ。仁絵君は、本当はどうしたいの?」
「お、俺は・・・」
あと一押し。風丘は仁絵を押すために、更にヒントの言葉を投げかけた。
「洲矢君と友達を止める、っていう選択肢しか存在しないの? 違うでしょ。
仁絵君強いじゃん。その強さ、何のためにあるの?」
「っ・・・風丘っ・・・」
仁絵は顔を上げると、そのまま思い立ったように立ち上がり、部屋を走り去っていく。
風丘はニッコリ笑ってその背中を見送った。
バックには最終下校のチャイムが流れていた。
「クスクスッ 本当に最終下校になっちゃった。」
「洲矢!!」
「ひーくんっ」
仁絵は、駐車場で風丘の車に乗り込もうとしている洲矢を見つけて駆け寄った。
「風丘先生は・・・?」
「走って・・・置いてきた・・・」
「え」
「洲矢・・・ごめんっ!!」
勢いよく謝る仁絵に、洲矢は目を丸くする。
まさかここまで潔く謝られるとは思っていなかった。
「ひーくん・・・」
「俺・・・お前にひどいこと言った・・・お前の気持ち考えないで・・・押しつけた・・・」
「うん・・・」
「俺もほんとは・・・お前とずっと友達でいたい。だから・・・」
「ひーくん・・・?」
少し躊躇するような仕草を見せる仁絵に、洲矢が首をかしげて名前を呼ぶ。
洲矢の声が合図になったのか、次の瞬間、仁絵は畳みかけるように言葉を発した。
「だからっ
今度何かあったら、この前みたいにボコボコにすんじゃなくて、
ちゃんと牽制してお前連れてすぐ逃げるし、
帰り道一人にしないし、
何かあったら呼んでくれたらすぐ行くから、お前のこと守るから!
だから・・・だから・・・友達でいさせてくれ。」
最初の勢いはどこへやら。最後は尻すぼみになってしまった。
しかし、その言葉は、想いはちゃんと届いたようで。
「ひーくん・・・クスクスッ ありがとう。でも『いさせて』なんて変だよ。
友達に上も下もないでしょ?」
「洲矢・・・」
「これからも友達・・・ねっ?」
「あぁ・・・。」
洲矢の笑顔につられて、仁絵も緊張が解けたのか少し柔らかな顔つきになって微笑んだ。
すると、その顔を見た洲矢が・・・
「ひーくん・・・笑ってる・・・よかった・・・・よかっ・・・ふぇっ・・・ふぇぇぇんっ」
「はぁっ!? ちょ、待て、落ち着け洲矢っ」
さっきまでニコニコ笑っていた洲矢の突然の変化に、仁絵は焦る。
しかも、しがみついてくるものだからどうしようもできない。
「ふぇぇぇんっ」
「な、なんで泣くんだよっ」
「だってぇぇぇっ」
結局洲矢の安堵の涙はしばらく止まらず、泣きじゃくる洲矢と焦る仁絵の図が、
風丘が車に来るまでの時間繰り広げられたのだった。