~洲矢side~
教室を飛び出していった洲矢は、人気のない廊下の柱の陰に座り込んでいた。
今は授業中。廊下に人通りはない。
「どうしよう・・・ 僕、ひーくんに・・・教室飛び出して来ちゃったし・・・」
カッとなってやってしまった洲矢だが、元来その性格は穏やかで優しい。
今も、教室を出てすぐに頭が冷えたのか、
自分のしたことを思い返して目に涙を浮かべたままオロオロと困り果てていた。
「これからどうしよう・・・」
ハァとため息をつく洲矢。
その時、話し声が聞こえてきた。そして、一方は聞き覚えのある声。
「おい仁絵。何があった。」
(ひーくんっ!?)
見ると、廊下の向こうから知らない男と仁絵が歩いてくる。
男はこの学校の教師ではない。
「別に。何もねぇよ。てめーらケーサツ様が調べて、分かったことそのまんま。」
(け、ケーサツって・・・まさか!)
「・・・」
「だからわざわざ学校まで俺補導しに来たんだろ?
じゃなきゃいくら暇なテメーだってこんなとこ来ねぇよな。」
「お前なぁ・・・。・・・とりあえず生徒指導室行くぞ。葉月もいる。」
「・・・はいはい。逃げも隠れもしねーよ。」
(警察の人ってことは・・・この前のことだよね・・・ひーくんっ・・・)
2人の会話を聞いた洲矢は、見つからないように生徒指導室へ急いだのだった。
~仁絵side~
ガラッ
須王は乱暴に生徒指導室のドアを開けた。
中には、すでに待っている人物がいる。
「おー、葉月。悪ぃな。せっかくの空き時間。」
「ううん。仁絵君についてのことだって・・・
わざわざ学校まで、しかも授業中に来たりして。何かあったの?」
先に生徒指導室に来ていた風丘は、心配そうに2人の顔を伺う。
「そのことだけどな。おい、座れよ。」
「・・・」
仁絵は無言で、机を挟んで向かい合って置かれたイスの片方に座る。
「俺は隅で立ってるから、勝輝座って。」
「あぁ、悪ぃな。」
仁絵の背後に風丘が立ち、もう一方のイスには須王が座った。
「単刀直入に聞く。この前の土曜日の夜。海南地区の廃倉庫でのケンカ。
やったのは・・・お前だな?」
「!!」
風丘が声を発さないまでも、少し反応する。が、まだ特に口は挟まない。
「そうだけど?」
仁絵は涼しい顔をして答えた。
「っていうか、わざわざ確認するまでのことじゃねーだろ。
俺呼び出してる時点で、相手の奴らから証言取ったんだろ?」
それに対して、須王は顔をしかめて答える。
「やり口が最近のお前のケンカとかけ離れてるからだ。
そもそも土曜日のケンカで今日が火曜日。
何でここまで時間がかかったと思う?」
須王が仁絵と風丘の顔を交互に見やる。
「・・・」
「まさか・・・」
嫌な予感がする、と風丘が須王を見つめると、須王はため息をついて話した。
「相手の奴らの負傷がひどすぎてな。
治療やら何やらでバタバタしてて、落ち着いてまともに証言取れる状況じゃなかった。
その場にいた18人全員が病院送り。
警察が来るまで身動き取れる奴は1人もいなかった。
失神してた奴も何人もいたしな。
一番ひどい奴が肋骨骨折で全治二ヶ月、それも1人じゃない。
他にも脱臼、ねんざ・・・ひでぇもんだ。
で、昨日の夜やっと証言取ったら全員口をそろえて言いやがる。
『女王にやられた』ってな。」
「・・・だから?」
「『だから?』じゃねぇよ。
昔の女王様無双の時代ならいざ知らず、
ケンカ吹っかけられても怯ませるだけで買わなくなった最近のお前が、
あそこまでボコボコにした理由、それを聞きに来たんだ。」
「・・・」
~洲矢side~
(ど、どうしよう・・・)
生徒指導室のドアの前で、洲矢は耳をそばだてて中の会話を聞いていた。
生徒指導室は職員室がある棟とも、教室のある棟とも離れた、
学校の中でいわゆる僻地にあるので、
授業中の今、誰かに遭遇することはまずない。
洲矢の予感は的中して、室内での話題は思いっきりこの前の日のことだった。
そう、それ自体はそうなのだが・・・
(なんでひーくん・・・僕が誘拐されたこと言わないの・・・?)
ケンカの理由を聞かれて、仁絵は黙りっぱなしなのだ。
明確な、仁絵にやられた側の奴らにも非があると言える理由があるのに、
何も言わない。
(なんで・・・? やっぱりおかしいよ、ひーくん・・・)
そんな中、室内ではそんなわけで
にっちもさっちも行かなくなった押し問答が尚続いていた。
「仁絵・・・本当に何もねぇのか。」
「・・・」
黙り込む仁絵を見て、風丘がついに口を開く。
「仁絵君・・・ここ2日くらい様子がいつもと違うかもって思ってたけど、
何かあったんじゃ・・・」
その言葉を受けて、仁絵がはじかれたように再び口を開いた。
「っ!! うるせぇ、しっつけーよ!!
理由なんてなんもねーってさっきから言ってんだろ!
あいつらがうざさかったからボコした、それだけだよ!」
「仁絵君・・・」
荒れる仁絵に、須王がガラになく真剣な目で語りかける。
「仁絵・・・もしお前の言ってる通りなら、
今までのお前の補導歴からして、今回のこと、単なる補導じゃ済まされないぞ。
傷害罪がついて、少年院に・・・」
しかし、仁絵は止まらない。
「あぁ、いいさ、上等だ!
ケーサツでも少年院でもどこでもとっとと・・・」
その時だった。
ガラッ
「そんなのダメェェェッ」
「なっ!?」
「ん?」
「洲矢君!?」
その瞬間、洲矢がドアを開けて飛び込んできた。
『傷害罪』だの『少年院』だのという言葉が聞こえてきて、
もう聞いてられなかったのだ。
「刑事さん、僕、知ってます! ひーくん・・・仁絵君が、ケンカした理由っ・・・」
「本当か!?」
「洲矢・・・っ」
「僕・・・誘拐されたんです。仁絵君がやっつけてくれた人たちに。」
「はぁっ!?」
「えぇっ!?」
「・・・」
洲矢の言葉に、一同が目を見張る。
それから、洲矢が事の顛末を説明した。3人は黙って聞いていた。
須王と風丘は真剣な面持ちで、仁絵は複雑そうな表情を浮かべながら。
説明し終わると、最初に口を開いたのは須王だった。
「ふぅ・・・なるほどな。お前、名前は・・・」
「佐土原です。佐土原洲矢。」
「洲矢。サンキューな。よく話してくれた。
というかだな・・・んな大切なことをなんで話さねぇんだこのバカ!!!!」
バシィィッ
「ってぇな!!」
須王が仁絵の頭を思い切りはたき、仁絵は須王をにらみつけた。
すると、それは洲矢も疑問に思っていたので、仁絵に尋ねた。
「でも本当にひーくん・・・どうして言わなかったの?」
「っ・・・それは・・・」
途端にばつが悪そうに俯く仁絵に、洲矢はむくれる。
「・・・これも教えてくれないの・・・?」
「っ・・・」
洲矢のその反応を見て、
仁絵はますます気まずそうにしながら、ポツリポツリと話し始めた。
「・・・お前に・・・思い出させたくなかったんだよ・・・」
「え?」
「お前が誘拐されたこと言ったら、ケーサツはお前から証言取ろうとする。
こいつらはデリカシーってもんがねーから、
『正確な証言が必要だ』とか何とか言って根掘り葉掘りな!」
ギロッと睨まれ、須王が苦笑いを浮かべてそっぽを向く。
「その度に洲矢に、あの日のこと、辛いヤなこと思い出させるくらいなら・・・って・・・
思っ・・・て・・・」
「そんな・・・そんなこと・・・」
仁絵は黙り込んでしまい、
洲矢も何か言いたそうに口をモゴモゴさせるが言葉にならない。
風丘はさっきからずっと黙って見守るだけ。
一瞬、室内に沈黙が流れる。
それを打ち破ったのは須王だった。
「・・・こりゃー、俺が邪魔者みてーだな。
やることやってさっさと退散するわ。」
「やること?」
風丘に聞き返され、須王は答える。
「よし、女王様に全否定されたばっかのところで悪いが、洲矢。
その誘拐についてだ。
もちろん、お前のさっきの証言だけでも十分だが、
他に何か裏付ける証拠みたいなのないか?」
「須王!」
仁絵が噛みつくが、洲矢は素直に答える。
「え、えっと・・・あの人たちが僕の携帯で撮ってた僕が口塞がれてる写真とか
ひーくん呼び出すのに打ってたメールとかは全部消されたし・・・
ひーくん、とっといて・・・」
洲矢が仁絵を見ると、仁絵は忌々しそうに吐き捨てた。
「あるわけねーだろ、あんな胸糞悪いもん。即消しした。」
「そっかぁ・・・あとは・・・えっとぉ・・・」
洲矢は一生懸命あの日のことを思い出す。
そして、一つ思い出した。
「あっ・・・歯形・・・」
「歯形?」
「僕あの人たちに捕まって、ひーくんが助けに来てくれたときに、
リーダー格っぽい人の腕に思い切り噛みついたんです。
ちょっと血の味したし、たぶん歯形とか噛んだ跡まだ消えてないと思います。」
それを聞いて、須王はニヤリと笑う。
「いいねぇ。歯形となりゃ、照合すると言えばごまかしもきかない。
最高の証拠だ。」
「須王! 照合に洲矢が協力したら、あいつら洲矢に逆恨みっ・・・」
「分かってるよ、落ち着け。
あいつらはこれまで補導歴はあるが大したことはやらかしてない。
今回が初めての大博打ってくらいの中堅レベルだ。
歯形のこと、わざわざ照合なんかしなくても
仁絵が言ったってことにして、カマかけて脅すだけで自白持ってくまで十分だ。」
「脅すって勝輝・・・(苦笑)」
あまりの言い様に風丘が苦笑すると、須王が得意げに言う。
「おう。元ヤンのトップなめんな。」
「いや、そこじゃないでしょ(笑)」
「ま、仁絵がお望みのように、洲矢にこれ以上誘拐のことを聞くのは控える。
洲矢が被害届を出したいとか言うなら話は別だが・・・」
須王がチラリと洲矢を見やると、洲矢は首を横に振る。
「・・・みたいだしな。
よし、邪魔したな。後は葉月にバトンタッチするぜ。
・・・言いたいこと、山ほどあるみてぇだしな。」
「ゲッ・・・」「あ・・・」
見るとそこにはニッコリ笑顔(?)の風丘が。
「ありがと勝輝。」
「おぅ、じゃあな。」
須王は意気揚々と引き上げていき。
「それじゃあ、お話ししよっか? 佐土原、柳宮寺。」
生徒指導室には先ほどとはまた違った嫌な空気が流れていた。