「・・・落ち着いた?」
しばらく泣いた仁絵に、風丘が声をかける。
「・・・おぅ。」
恥ずかしそうに俯きながら答える仁絵に、
風丘がにっこり笑う。
「それじゃあ、勝輝呼んでもいい?」
「なっ!? それはダメっ・・・だって・・・」
涙は止まったものの、
どう見たって今の自分の顔は『さっきまで泣いてました』っていう顔だ。
そんな顔、天敵であるあいつに見られたくない。
が、風丘も譲らない。
「ダーメ。」
そう言って、携帯で勝輝に電話した。
数分後、取調室に再び須王が現れた。
手には、何やら書類が挟まれたバインダーを持っている。
「よぉ。決着ついたか?」
「うん。ありがとう、勝輝。今日はいろいろ・・・」
「気にすんな。
んじゃ、こっからはケーサツのお仕事、させてもらうぜ。
おら、2人とも座れ。」
勝輝がドカッとイスに座り、
2人にも自分と向かいの2つのイスを指し示す。
2人が座ると、
勝輝は手元のバインダーにある書類をパラパラめくりながら話し出した。
「えーと、今回の女王サマの一連の問題行為だけど・・・」
「なっ・・・須王、それはっ・・・」
仁絵が焦る。だって、そんなこと報告されたら・・・
「何だ、今更オシオキが怖くなったか?」
「っ! てめぇっ!」
「仁絵君!」
茶化すように言う須王に、仁絵がつかみかかる・・・のを、
慌てて風丘が制止した。
「別にいーぜ。このままでも報告できるから。えっと・・・?」
「っ・・・」
何食わぬ顔でまた書類を見る須王に、
仁絵は諦めて脱力すると、
2人にそっぽを向くように横向きに座った。
「とりあえず、ケンカだな。
正確な件数とか把握できてないが、
仁絵とケンカして補導したのが43人。
うち、負傷者が・・・ってかほぼ全員負傷。
ボコボコにされて、逃げられなかったから補導されてるわけで。
あぁ、安心しろ。
何だかんだでこいつ手加減してたみてーで、
病院送りレベルは今回1人もいねーし、
こいつらの負傷とか日常茶飯事で問題にはならねーから。
まぁ、んなわけで実際ケンカした相手はもうちょい多いと思うけど。
で、仁絵の方の傷だけど・・・」
「うん。これ包帯・・・擦り傷?」
「あー、あのパニック状態の葉月に言うのはためらったけど・・・
それ、ナイフの切り傷。」
「ナイフ!?」
さすがに驚いた顔をする葉月に、仁絵は内心舌打ちをする。
「あぁ。仁絵が最後にケンカしてた相手が
少年課じゃブラックリスト入りのちょっと危ない連中でな。
そこのリーダー格がナイフ振り回す奴で、そいつと相打ちしそうになってさ。
ま、そこを俺が止めて補導したわけだけど。」
「それはまた・・・ さっきの俺が聞いたら発狂しそうな内容だね。」
「だろ? 俺のナイス判断、感謝しろよ。」
「はいはい。それで? もう終わりかな?」
「まぁ後は、俺の顔面に茶の入ったグラス投げつけたくらいだろ。
でもま、暴言だの憎まれ口だのは
女王サマの愛情表現として受け取ってるから、
今更気にしねぇけど・・・」
「てめっ・・・何をっ・・・」
勝輝は大したことないと軽く報告し、
仁絵も内容よりもその後茶化されたことにキレて
また掴みかかろうとしたが・・・
風丘は違った。
「何、それ。」
「「え?」」
声のトーンが落ちている。
怒った・・・? 2人が驚いている間に、風丘が続ける。
「仁絵君、そんなことしちゃったんだ?」
「え・・・だ、だって・・・」
風丘は、仁絵を引き取ってから
学校関係で無いときはお仕置きする時でも名字呼びはしなくなった。
だから、名前で呼ばれても油断は出来ない。
だって、この纏っているオーラは・・・
「ケンカのお仕置きはお家帰ってからたーっぷりするとして。
それは、勝輝にごめんなさいしなきゃいけないよね?」
「なっ・・・だ、だれがこいつなんかにっ・・・」
「いや葉月、俺、別に当たらなかったし・・・」
「当たってたらお仕置きどころじゃないよ。
そこは問題じゃないの。グラス投げつけたことが問題。」
「あ、はい・・・」
風丘の口調に、須王は気圧されて黙った。
どうやら、軽い気持ちで言った内容で
ずいぶん怒らせてしまったようだ。
「本当は勝輝にお仕置きしてもらいたいけど・・・」
「なぁっ!?」
「はぁっ!?」
「それは無理そうだから・・・お仕置き、勝輝に見てもらおうか。」
あまりのことに、仁絵ならず須王までも固まってしまう。
「じょ、冗談じゃねーよ、なんでこんな奴の目の前でっ・・・」
「とりあえず、ズボンの上から10回。
それで『ごめんなさい』言えたら、
下ろしてお仕置きはしないで終わりにしてあげる。」
「っ・・・やだっ・・・風丘っ・・・」
風丘は有無を言わさず、仁絵を膝に乗せてしまう。
「やだってっ・・・離せっ・・・」
仁絵は必死に暴れる。
さすがに、この状況は耐えられない。
が、風丘は譲らなかった。
バシィィンッ
「っ!!」
「こら。あんまり暴れるならズボン脱がすよ?」
「っ・・・風丘のバカっ・・・」
そんなことになったら・・・と、
仁絵は、悔しそうに唇を噛んで、暴れるのを止める。
・・・が、この状況に耐えられないのは仁絵だけではなかった。
「お、おい、葉月・・・
ほんとに、被害はグラスだけだしよ・・・」
しかし、風丘は意見を曲げなかった。
「勝輝。」
「っ・・・」
「さっきも言ったでしょ?
グラスが割れただとか、勝輝が無事だったとか、
そういう問題じゃないの。
ほんとは勝輝が叱らなきゃいけないんだよ?
いいから、黙って見てて。あ、顔背けちゃダメだよ?」
「は、はい・・・」
須王も、風丘には敵わず、
むしろ自分まで叱られたようになってしまった。
「はい、じゃあいくよ。」
「っ・・・」
バシィィンッ
「くっ・・・」
バシィィンッ バシンッ バシィィンッ バシンッ
「っ・・・うっ・・・ぁ・・・っく・・・」
(相変わらずだね・・・)
ズボンの上からとはいえ、ほぼ無言で耐えている。
握りしめた拳は、強く握りすぎて白くなっている。
予想はしていたものの、その頑なさに風丘は心の中で苦笑する。
バシンッ バシィィンッ
「う・・・ぁ・・・」
バシィィンッ バシィィィンッ バシィィィンッ
「っく・・・っつ・・・うぅっ・・・」
「はい、10回。どう? 勝輝にごめんなさいする?」
仁絵を膝から下ろして自分の前に立たせ、
風丘が仁絵に問い掛ける。
「っ・・・」
仁絵がふいと下を向くと、
風丘はため息をついて、仁絵の頬を両手で挟んで顔を上に向けさせる。
「なーに。その不満そうな顔。
人の顔面にグラス投げるなんて、危ないことするにもほどがあるよ。
勝輝だったから避けられたようなものの・・・
もし当たってたら大変だったんだからね。
本当はもっといっぱいいっぱいお仕置きだけど・・・
そしたら帰ってから仁絵君大変すぎるから・・・」
「っ!?」
不穏な言葉に、仁絵が身を固くする。
「だから、これで勝輝にごめんなさいできたら
終わりにしてあげようと思ってるのに。
そっか。そんなにここで泣きたいんだね。
分かった。じゃあ、ズボン下ろして・・・」
「やっ! 謝るっ 謝るからっ・・・」
風丘が手を取って、再び膝に乗せようとしてくるのを、
仁絵は慌てて振り切る。
風丘はフッと微笑むと、
仁絵の体を反転させ、勝輝の方を向かせると、トンッと背中を押した。
「はい、じゃあどうぞ!」
「っ・・・チッ・・・あの・・・」
「・・・」
嗚呼、デジャビュ。
前にも、こんな状況があった気がする。
仁絵は、須王とは目を合わせず、下を向いて消え入りそうな声で言った。
「ごめ・・・なさ・・・」
が、今日の風丘は厳しかった。
「聞こえないよ。」
「っ・・・ごめんなさい!!」
仁絵はその指摘にはじかれたようになって、
半ば自棄になって叫んだ。
「お、おぅ・・・」
須王も、相変わらずリアクションに困って、目を合わせず返事をする。
「よしっ とりあえずはよく出来ました。それじゃあ、帰ろっか。」
「・・・あぁ。」
風丘は、仁絵の頭を撫でると、ニコッと微笑んで言った。
「勝輝。」
「ん?」
「ありがとうね。」
「あぁ・・・いーっつったろ。気にすんな。
おら、早く帰ってそのどーしようもねー女王サマ躾直しといてくれよ。」
「ってめぇっ!」
「仁絵君。」
「っ・・・」
「クスッ そうだね。そうするよ。」
「おぅ。」
こうして、風丘と仁絵は警察署を後にした。