「ただいま~~」
リビングに入るなり、
いつも通り、そんなゆる~い調子で言う葉月。
が、花月は明らかにいつも通りではなかった。
「おっ・・・おかえりなさいっ・・・」
笑顔を試みるも、完全に引きつっている。
声は裏返り気味だし、目は明らかにおびえている。
葉月は一瞬吹き出しそうになりながらも、
こらえて荷物を部屋の隅に置くと、
ソファに座ってにっこり笑って言った。
「さて。花月ちゃん。こっち来てお話ししよっか?」
「っ~~~ お兄ちゃん・・・」
『こっち来て』と言って兄が指しているのは、
紛れもなく自分の膝。
花月だって、今年でもう二十歳になるのだ。
そんなに素直に行けるはずもない。
行けばどうなるかよーーく知ってるが故に余計にだ。
「お話、このままじゃダメ・・・?」
「ダメ。そんな顔しても、俺は花月と違って流されないよ。」
「っ・・・はい・・・」
これ以上抵抗したって無意味だ。
花月は諦めて、立ち上がってソファに座った葉月の前に行く。
スッと手を取られ、
後はもう身を任せるように、おとなしくお尻を出された。
ここで暴れるような勇気は花月にはない。
お尻を出すと、
葉月はポンポンと規則正しく花月のお尻を叩いていく。
この平手がいつ凶器となって襲ってくるかと思うと、
この時間は花月にとってたまったものではない。
が、花月がお仕置きされる時はこれも定番のスタイルだった。
壁に押しつけられて至近距離で尋問されるか、
膝の上でこうして尋問されるか・・・
どっちにしたって花月には心臓に悪い。
「どうして2人をかばったんだっけ?」
葉月がおもむろに問い掛ける。
花月は、おそるおそる口を開いて答えた。
「だって・・・かわいそうで・・・」
「2人がオイタしたんだから、
2人がお仕置きされるのは当たり前でしょう?」
「そう・・・だけど、
お兄ちゃんのお仕置き・・・痛いの知ってるから・・・」
「ハァ・・・だから余計に差し出せなかった・・・と。」
葉月がため息をつき、花月は肩をすくめる。
「ごめんなさい・・・」
「それに、そんなことしたらこうやって・・・
花月ちゃんもいたーいお仕置きされちゃうって思わなかったの?」
バシィィンッ
「きゃぁっ! お、思ったけどっ・・・でもっ・・・」
唐突に降ってきた平手に、花月は悲鳴を上げる。
突然のお仕置きの始まりだ。
バチィィンッ バシィンッ バシィンッ バシィンッ
「あぁっ!! いたぁっ・・・あっ・・・きゃぁっ・・・」
「それに、あの場で花月ちゃんがかばっても、2人は後々お仕置きされる。
それくらいのこと、頭の良い花月ちゃんが分からないはず無いと思うけど。」
「そ、それは・・・」
「どうして?」
バチィィンッ
「いたぁぃっ・・・そ、それは・・・」
花月が口ごもる。
だってそれは、自分でも分かるくらいくだらない自分本位の理由。
恥ずかしくて、言えない・・・、
そう思って、花月が黙っていると、
しかしそのズバリを、この兄は言い当てた。
「嫌われたくなかった?」
「えっ!?」
「・・・やっぱり・・・。」
葉月がまたため息をつくと、
その後、今日一番の平手が連打で振ってきた。
バチィィィンッ バシィィィンッ バシィィィンッ
「きゃぁぁっ・・・いたぁぃっ・・・やぁぁっ」
「今日初めて会って、今後会うかどうか分からなくても。
それでも、花月は惣一君とつばめ君に嫌われたくなかった。
もしここで2人を俺に引き渡せば、
2人が花月のせいでお仕置きされたって思って、
花月のことを嫌うんじゃないかってそう思った・・・違う?」
「・・・」
あまりにも図星過ぎて、花月は黙り込む。
しかし、葉月は許さなかった。
「花月。お返事。」
バシィィィンッ
「ああんっ・・・ふぇ・・・はいっ・・・そうです・・・」
「花月。花月も先生になるんでしょう?
それなのに、そんな考え方されちゃ困るな。」
バシィンッ バシィンッ バシィィンッ
「ふぇ・・・ごめんなさい・・・
お仕置き受けなさいって・・・言わなきゃって思ったけど・・・
でも・・・あの子たちの縋るような目見たら・・・それで・・・」
「叱られたいなんて思う子いないからね。
でもね、好かれたいからって
ああいうその場しのぎのやり方したって、
みんな本当に好いてはくれないよ?」
葉月が諭すように言う。
「え・・・」
「調子乗って、舐められるだけ。
特に、中学生男子なんて大多数がそんなもんだよ。」
「そう・・・。そう・・・だよね・・・」
「使い古された言葉だけど。『良い先生』と『甘い先生』は違うよ。
まぁ、俺は自分が良い先生ーだなんて口が裂けても言えないけど・・・
ただ甘い先生にはならないようにしてる。
花月にもね。そうはなって欲しくない。」
「お兄ちゃん・・・」
「それにね。意外とみんなちゃんと分かってるよ。
2人とも、花月のこと全然悪く言ってなかった。
むしろべた褒め。『美人』とか『優しい』とか。」
「えっ・・・」
思いがけない言葉に、花月は目を丸くし、葉月は微笑む。
「だから。厳しくするところは厳しく、正しく接すること。
これが、ちょこっとだけ先生として先輩の俺からのアドバイス。
分かった?」
バシィィィンッ
「あぁんっ・・・はぁいっ 分かりましたっ ごめんなさいっ」
また強烈な平手を受けて、
花月は涙混じりの声を上げながら謝った。
そして、一呼吸置いて、葉月が口を開いた。
「あと、それから花月ちゃん。」
「は、はい・・・?」
てっきり終わりかと思っていたのに、
また少し声を低めてきた兄の声に、
花月はおそるおそる返事をする。
「『ドア開けて』ってお兄ちゃんのお願いより、
『開けないで』っていう惣一君たちのお願いの方を聞くんだね・・・」
「え゛っ!? ち、違うの、
別にお兄ちゃんとあの子たちを比べたわけじゃなくって・・・っ」
花月はこの展開に焦る。兄のシスコンは筋金入りだ。
自分も筋金入りのブラコンだから、人のこと言えないが。
「罰として、あと30回。」
「おにいちゃんっ(涙)」
「ダーメ。」
バシィィィンッ
「きゃぁぁっ・・・・・・・・・・・・え?」
1発目以降、降ってこない。
不思議に思って、花月がおそるおそる振り返ると、
にっこり笑った葉月と目があった。
「しょうがないなぁ、これで許してあげる。
でも、ほんとに結構傷ついたんだけど。」
「ごめんなさい・・・ほんとにそういうつもりじゃなくて・・・」
葉月の言葉にシュンとする花月に、
葉月はクスッと笑って言った。
「分かってるよ。ごめんごめん、からかいすぎた。」
「お兄ちゃん・・・」
花月を膝から起き上がらせ、ポンポンと頭を撫でる。
「花月ちゃんが今日の反省を生かして、
素敵な先生になってくれればそれでよし。」
「なれるかな・・・」
「なれるよ。花月ちゃんなら。」
兄の言葉に、花月はふわっと笑って、
兄の肩にそっと額をのせるようにすると、呟いた。
「ありがと。お兄ちゃん。」
花月が英語教師として華々しくデビューするのは、もう少し先の話・・・。