⑤仁絵の場合


「さて、後はあの子だけか・・・」


夜須斗が出て行くのを見送った後、

風丘は部屋を出て、雲居と仁絵のいるリビングに向かった。


「あぁ・・・」


その光景を見て、風丘は苦笑した。

リビングに入ると、雲居の方をそっぽ向いている仁絵の姿が。


「仁絵。はよ来んかい。」


「俺が自分から行くとでも思ってんの?」


「はよせんと無理矢理やるで?」


「だったら最初からそうすりゃいいじゃん。

俺は自分からは絶対行かないから。」


「相変わらずだねぇ、2人とも・・・」


2人のやり取りを見て、風丘は苦笑しつつ、壁際に立つ。


「あ、続きどうぞ。光矢の方が終わるまでは光矢に任せるから。」


「ほな、お言葉に甘えて無理矢理やらせてもらおか。」


雲居は座っていたソファから立ち上がると、

立っていた仁絵の腕を掴んだ。


「っ・・・」


抵抗しようとするが、素早く腰を抱えられてしまう。
そしてあっさりズボンと下着を下ろされ、平手を落とされた。


バシィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ


「うっ・・・くっ・・・ぁっ・・・」


相変わらず、声を押し殺して耐えている。
床に下ろされると、無言で服を直した。


「ほな、あとは注射やな。・・・前みたいにケツにするか?」


「冗談じゃねぇっ!」


からかい口調の雲居を、キッとにらみつける仁絵。
その頬は、その時のことを思い出したのか少し赤く染まっている。


「冗談や冗談、予防接種ケツにしてどないすんねん。
ほら、腕貸せや。」


「・・・」


「ったく・・・」


無言で動かない仁絵に溜息をつき、

その手を取って、袖を無理矢理捲る。
そこからは流れ作業で、前の4人と同様に注射を打つ。
打たれた瞬間、少し眉を動かしたものの、

前にあれだけ注射を嫌がった仁絵にしては、
かなりおとなしく受けていた。


「・・・やればできるやん。あんな嫌がらんでも。」


「うるせぇっ」


「へいへい。・・・ほな、はーくん。俺は用事済んだし、お暇するわ。
あとは2人でごゆっくり~」


「うん。ありがとう。」


雲居は広げていた医療用具類を片付けると、さっさと出て行った。






残されたのは、風丘と、気まずそうな仁絵。

いつも2人でいるリビングが、

仁絵にとって今はとても居心地の悪い空間だ。


「さて、柳宮寺。」


「っ・・・」


名前を呼ばれて、ビクッと肩を震わせる。
何度経験しても、この空気感は慣れない。


「お話はお膝の上でしよっか。」


「っ・・・ヤダ・・・」


風丘がソファに座って膝を叩くも、仁絵はそれから顔を背ける。


「柳宮寺がヤダでも、するの。ほら、おいで。」


もう一度膝を叩くも、反応無し。
仕方なく、風丘は立ち上がり、

仁絵の腕を掴み、ソファまで引っ張ろうとする。
すると、途端に仁絵が重心を逆側にかけ、抵抗し始めた。


「ヤダッ・・・離せよっ・・・」


「みんなお仕置きしたのに柳宮寺だけしないわけないでしょ。
往生際悪いよ。素直じゃない分、たっぷり追加しないとね。」


「っ・・・」


その言葉を聞いた瞬間、少し緩んだ抵抗のスキに、

風丘は膝の上に仁絵を乗せ、お尻を出してスタンバイ。


「さて、『まずは』みんなと同じお仕置きだね。」


風丘が何か不穏な言葉を口にしたが、
羞恥とこれからの痛みで頭がいっぱいになっている仁絵には、

この時点でその言葉について深く考えている余裕はなかった。


バシィィィンッ


「ぅくっ・・・」


「注射サボるのに仮病使ったりして!」


バチィィィィンッ バシンッ バシィィンッ バシィンッ バッシィィンッ


「仮病ってすごい悪いことだって分かってる?」


バシィンッ ベシィンッ バッシィィンッ ベシィィンッ バシィィンッ


「うぁっ・・・っく・・・ぅっ・・・っつっ・・・うぅっ・・・」


「柳宮寺。お返事は? 『はい』か『いいえ』。」


バチィィィィンッ バチィンッ バチィンッ


「いったぁぁぃっ しらないっ いぁっ・・・

そんなのっ 別にいいじゃんっ 仮病ぐらいっ・・・」


強烈な一撃とそれに続く平手に、

早くも引き結んでいた唇から悲鳴があがる。
が、自棄になって叫んだその返事により、

仁絵はより泣かされることになってしまう。


「あ、そう。じゃあ、何がどうして悪いのかも、

今日しっかり、お尻の痛みで覚えなくちゃね。」


「やだっ いらないっ」


「ダーメ。」


仁絵が拒絶を示すために、右手をお尻に回すが、

あっさり背中に縫い止められてしまう。
そして、その罰と言わんばかりに厳しい平手が降ってきた。


バッシィィィンッ


「いたぁぁぁぃっ・・・ふぇっ・・・いたぁっ・・・」


もうすでに涙が目からこぼれ落ちている。
が、風丘は全く意に介さず、仁絵に問いかけた。


「仮病は、嘘をつくことでしょ? 嘘は良いこと? 悪いこと?」


バシィィンッ


「あぁぁっ! わるっ・・・悪いことっ・・・」


「でしょ? しかも、仮病の場合さぁ、

『調子悪いんです』って言われた方はどんな気持ちになるの?」


バシィンッ ベシィンッ バッシィィンッ ベシィィンッ バシィィンッ


「ふぇぇっ・・・いたぁぃっ・・・しらなっ・・・わかんないっ・・・ふぇっ・・・」


痛みで頭がいっぱいになっている仁絵は、

考えることを放棄しようとするが、それを風丘は許さない。


「知らないじゃなくて。考えるの。
俺が柳宮寺に、『調子悪い』って言われて、

どんな気持ちになったと思う?
柳宮寺が夜須斗君や洲矢君の体の調子が悪いって聞いたら

どんな気持ちになる?」


バチィィンッ


「・・・心配・・・する・・・かも。」


自信なさげに紡がれた言葉。でもそれは、確かに正解だった。


「なんでそんな自信なさげなの。(苦笑)

そうだよ、ものすごく心配するの!」


バシィィィィンッ


「いたぁぁぁぃっ・・・ふぇっ・・・ったい・・・かざおかっ・・・」


「だから、仮病は悪いんだよ。いろんな人に心配かけるんだから。
だからもう絶対しないこと。いい?」


バチィィンッ


「あぁぁっ! わかったっ・・・わかったからぁっ・・・

ごめっ・・・ごめんなさいっ・・・」


「それじゃ、これで仕上げ。」


「!! ヤダッ・・・風丘っ・・・それやだぁっ」


風丘が取り出した物差しを見て、即座に嫌がる仁絵。
だが、風丘がここで許すはずもない。


「ダーメ。仮病の分、3発ね。はい、いくよー」


「やっ・・・」


ビシィンッ ビシィンッ ビシィィィンッ


「うぁぁぁぁんっ」


3回、打ち下ろされるたびに体が跳ねて、

リビングには痛そうな打撃音と、仁絵の悲鳴が響いた。


「ふぇっ・・・えくっ・・・」


大泣きの仁絵。

が、ここで風丘から耳を疑うような言葉が発された。


「さて、仁絵君。みんなと一緒のお仕置きは終わりだけど・・・。」


「ぇっ・・・?」


「次は保護者の俺からの分のお仕置きねっ」


「はぁっ!? ヤダよそんなのっ 何でっ・・・!?」


まさかの発言に、

仁絵は精一杯体を動かして膝から下りようとするが、
風丘に腰をがっちりと押さえられてしまっていて、動けない。


「最初に言ったでしょ? 『まずは』みんなと同じお仕置きだって。
こっからは、仁絵君を預かってる保護者としてのお仕置き。」


「知らねぇよっ そんなの聞いてないっ!」


「仁絵君は聞いてなくても、俺はしっかり言ったもん。」


「ヤダよっ もう痛いのヤダッ・・・」


「ダーメ。まだ許しません。昨日からずーっと心配してたんだよ。
今日だって、早く帰ってきたのは仁絵君が心配で、

会議休んだからなんだからねっ」


「なっ・・・だから・・・って・・・」


だから帰りが早かったのか、と今更ながら驚きと共に納得するが、

だからと言ってここで折れるわけにはいかない。
何しろ、すでにお尻は赤く染まっている。

ここをさらに叩かれたら・・・思うだけでぞっとする。


「知らねぇよっ 俺は調子悪くなったって

親に心配されたことなんてねぇしっ」


「俺は心配するの。ケンカの時も言ったでしょ? 

心配するのは俺の勝手だけど、

やっぱり心配させられるのは嫌なんだよ。」


「だったらすんなっ・・・いや、してもいーけど尻叩くなぁっ」


「そーはいかないんだなぁ♪ 仁絵君をいー子にするためっ」


「いらないっ もう痛いのやだってばぁっ 俺だけ不公平だっ」


「諦めなさい。俺が保護者なんだからさっ」


「風丘のバカァァァァァッ!(涙)」




ここから更に30発叩かれて、散々泣かされた仁絵。
風丘と暮らし始めて、始めて心の底から後悔した時間だった。





「えくっ・・・ひくっ・・・痛すぎ・・・」


終わってからも、しばらく涙は止まらず、

恒例になった、風丘にだっこをされながら、それでも仁絵はまだ泣いていた。


「あー、もー、ほら、そろそろ泣きやまないと、

目がどんどん腫れちゃうよ?」


「誰のせいでっ・・・」


「悪かったのは仁絵君でしょ?」


「だからって・・・・・・っ・・・ふぇぇっ・・・バカァッ」


「はいはい、相変わらず赤ちゃんなんだから・・・」


抱き寄せられ、頭や背中をさすられて、あやされて、

お尻を冷やして貰って、やっと落ち着いてきた時。

ボソッと小さな声で、仁絵が口にした。


「風丘・・・」


「ん? なーに? タオル替える?」


「あの・・・ごめん・・・心配・・・かけて・・・」


「え?」


仁絵は、お仕置き中は泣いて謝るものの、

終わってから、こうやって改めて謝ったのは今までなくて、

風丘は目を丸くする。


「マジで・・・調子悪いっつって・・・

そんな、心配なんてしてくれるって・・・思わなくて・・・」


かなりションボリしている仁絵を見て、風丘は微笑んだ。


「・・・そっか。・・・クスッ いつまでそんなに落ち込んでるの。
反省して、もうしないって思うんだったらそれでよしっ」


「・・・うん。」


風丘の笑顔につられて、仁絵の顔にも、いつの間にか笑顔が戻っていた。






5人総出で、大騒ぎとなったこの事件も、こうして無事幕を閉じたのだった。