無事、1年間が終わって、
惣一たちが中学2年に上がる春休み。
仁絵は冬休みから風丘との同居を始め、
その生活もだいぶ馴染んできていた。
「だっる・・・」
そんな中、春休みのある日。
朝起きた仁絵は、何とも言えない気だるさと、頭痛に悩まされていた。
数日前から少しだるさはあったのだが、今朝は格段に酷い。
ノロノロと起き上がりながら、仁絵は髪を掻き上げ、溜息をついた。
朝食・夕食は、特別な理由が無い限り2人そろって。
生活が始まって、風丘に決められたルールの1つ。
破ればもちろん・・・なので、
仁絵はだるい体を引き摺り、身支度をしてダイニングに向かった。
しかし、当然のごとく食欲はない。
パンを少しずつ千切っては食べ、スープをすする・・・
そんな仁絵の様子を見て、風丘が気づかないわけはなく。
「仁絵君。調子悪いの? 食欲無いみたいだけど。」
「そんなことねぇよ・・・」
「嘘。普段はちゃんと食べるじゃない。
・・・仁絵君、ちょっとこっちに来て。」
「はぁ? なんで?」
「いいから。」
「・・・」
有無を言わさない風丘の言い方に、
仕方なく、仁絵は立ち上がり、向かいに座っていた風丘の所まで行く。
すると、風丘は仁絵の頭を寄せて、仁絵の額と自分の額をくっつけた。
「なっ・・・おい、何してっ・・・」
突然のことに驚く仁絵。
しかし、風丘はそんな仁絵の反応には目もくれず、冷静に言った。
「ほら・・・やっぱり。熱あるよ、しかも相当。」
「はぁ? ねぇよ、熱なんて。」
「あるよ。絶対。」
そう言って、風丘はダイニングから出て行き、
リビングの棚の引き出しの中から体温計を取ってきた。
「ほら、これでちゃんと測って。」
仁絵に手渡そうとする。が、仁絵はそれを拒否した。
「いいよ。ないって。」
「いいから測りなさい。ただ測るだけなんだからいいでしょ?」
「いいってば。」
「いい加減にしなさい。お尻ペンペンされなきゃできない?」
「っ・・・」
突然そんなことを真顔で言われ、仁絵は赤面して言葉に詰まる。
そして、それを紛らわすように、
風丘の手から体温計を引ったくるように取り、脇に挟んだ。
「・・・そんな恥ずかしいこと言うんじゃねーよ・・・」
「変に駄々捏ねる仁絵君が悪いんでしょ?
全く、最初から素直に測ればいいのに・・・困ったさんなんだから。」
「るせぇっ」
ピピピピッピピピピッ
「あ・・・・・・・・・・・・ゲッ」
体温計が鳴って、取り出してデジタル表示を見た瞬間、仁絵の顔が引きつる。
「どうしたの? ほら、貸して。」
「いや・・・」
「ひ・と・え・くん?」
「チッ・・・」
渋々、仁絵は風丘に体温計を手渡す。
すると、そこにある表示には・・・
「やっぱり・・・38度7分。すっごい高熱・・・」
それを見た風丘は、またダイニングを出て行くと、数分後戻って来た。
「仁絵君、病院行くよ。光矢んとこ。」
「いいよ、つーかヤダ。なんであんなヤツのとこに・・・」
「今日は木曜日だから、ここらへんの病院は休診日なんだよ。
大きな病院は待ち時間長いし・・・。
電話したら光矢空いてるって言うから、診てもらお。」
「っ・・・いかねぇよ、寝てりゃ治るっ」
「我が儘言ってないで。
病院行って薬貰うのが、一番手っ取り早いんだよ?」
「いいって・・・めんどくさい。」
頑なに拒否する仁絵に、風丘は溜息をつく。
「ハァ・・・分かったよ。じゃあ、部屋で寝てなさい。」
「・・・あぁ。」
「医者嫌いとか・・・かっこわり・・・」
ベッドに潜り、仁絵は溜息をつく。
仁絵は、物心ついた頃から医者にかかったことはほとんどない。
体がそこそこ丈夫なのもあり、風邪を引くことも数えるほどしか無く、
その数少ないときも、市販の薬だけで乗り切っていた。
そんな感じで、特にトラウマ的な体験もないのだが、
逆に、「行ったことがない」ということ故に、
病院の雰囲気やイメージだけで気づいたら医者嫌いになっていた。
それに加えてその医者が雲居、なんて言われたものだから、余計に嫌だった。
しばらく横になっていると、ドアに背を向けていた仁絵の耳に、
ガチャッ
とドアの開く音がした。
そして、部屋に入ってきた人物。それは・・・
「よぉー、不良少年。風邪やって?
って・・・俺、こんなこと前も別の奴に言うた気がしてんけど(苦笑)」
「!!! なっ・・・なんでテメーがいんだよっ!」
雲居だった。
声を聞いた瞬間、仁絵は飛び起きる。
「なんや、熱高いわりには元気やなぁ。」
「だからっ なんでテメーがっ・・・」
「俺が呼んだんだよ。」
後ろからヒョッコリ顔を出したのは風丘。
「やっぱり熱も高いし、診て貰った方が良いと思って。
行きたくないって、仁絵君言ったから、わざわざ来て貰ったんだよ。」
「最悪・・・」
仁絵は額に手を当てる。
家にまで呼ばれたら、もう逃げ道はない。
「それじゃあ、光矢。よろしくね。」
風丘が、部屋を出て行く。
雲居は、風丘の言葉に頷いて、診療カバンを開けた。
「ほな、診るで。」
診察中は、仁絵は諦めたのか、
嫌そうな顔をしながらも割とおとなしかった。
しかし、一通り診終わったとき、事件は起きた。
「まぁ、ただの風邪やな。
薬、錠剤とカプセルで出しとくから、食後に飲み。
それから、熱が高いから解熱の注射、1本打つで。」
「はぁ!?」
「はぁ? やあらへん。注射や、注射。はよ腕出せや。」
「・・・ヤダ。」
雲居の言葉に、仁絵はフイと顔を背ける。
そんな仁絵を見て、雲居は呆れて言う。
「はぁ? 熱高くて辛いんは仁絵やろ。
だるさも熱からきてるんやろし。
注射せぇへんなら座薬になるけど?」
「・・・それもヤダ。」
「・・・お前なぁ。まさかええ年して、注射イヤやっちゅうんか?」
「るっさい、ヤダっつってんじゃん。」
「アホなこと言うてへんで、さっさとしぃや。
これでおとなしく受けへんと、注射、ケツにするで?」
埒があかないと思った雲居が、
仁絵の腕を取り、注射器を持ち、半ば脅し文句をのようなことを言う。
しかし、
「イヤだっつってんだろ!」
ガッシャーン!!
「仁絵!」
「っ・・・」
仁絵は聞かず、雲居の手を振り払い、
雲居が手に持っていた注射器をたたき落とし、
さらにはベッドにのっていた診療用具を床にぶちまけた。
それを見て雲居が叫ぶ。
そして、その騒ぎを聞きつけて風丘が部屋に入ってきた。
「・・・どうしたの?」
「どーしたもこーしたも・・・」
「テメーが悪ぃんだろ! 患者が嫌がるようなことするから!」
「注射が嫌で暴れたんや。まぁ、病院でも小さい子がよくやることや。」
「なっ・・・てめっ・・・」
『小さい子』と言われ、逆上した仁絵が、雲居に殴りかかろうとする。
が、すんでの所で
「柳宮寺!」
「っ・・・」
風丘に名前を『名字で』呼ばれ、拳を止める。
「はぁ・・・ 注射の前にお仕置きが必要みたいだね。」
「せやな。はーくん、先に俺に20発叩かせて。」
「なっ・・・何勝手にっ・・・」
雲居の発言に、仁絵が目を見開く。
「どうせ俺のお仕置きだけやと反省せぇへんやろけど、
俺も少しやらせてもらわんと気が済まんわ。」
「うん・・・そうだね、いいよ。」
「風丘っ」
風丘の承諾に、仁絵は声をあげる。
だが、風丘は涼しい顔で返答する。
「何? 柳宮寺はお仕置きされる側なんだから拒否権は無し。
だいたい、光矢に迷惑掛けたんだから光矢にお仕置きされるのは当然でしょ。」
「っ・・・」
「ほんまやで。あんま手間掛けさせんといて。
ただでさえ休日出勤なんやから。」
「離せっ・・・」
ベッドに座り、雲居は仁絵を膝に乗せようと腕を掴む。
仁絵は当然のごとく抵抗する。
が、いくら威勢良くても、風邪で体力が落ちているのは事実。
大した抵抗にもならず、いとも簡単に雲居の膝に乗せられてしまった。
寝間着代わりのスウェットを着ていたので、下着ごとあっさり脱がされる。
「まぁ、俺の説教なんて耳に入らんやろし? 説教ははーくんからな。
俺のはおとなしくただ受けて反省せぇ。」
「誰がっ・・・」
バッシィィィンッ
「うくぅっ・・・」
強烈な1打。白い仁絵のお尻に、赤い手形がくっきりつくくらいの。
それでも、声を押し殺す仁絵に、相変わらずだと雲居は溜息をつく。
バシィンッ バシィィンッ バシンッ バッシィィンッ
「くぅっ・・・うぅっ・・・っつっ・・・った・・・」
「こいつ・・・」
バシンッ バシィィンッ バシンッ バシィィンッ バッシィィンッ
「っぅっ・・・うぅっ・・・っつっ・・・ぅくぅっ・・」
「お前なぁ・・・」
決して声をあげず、歯を噛みしめて耐えている仁絵。
雲居は呆れて言う。
「あんまり無理すんなや。熱上がるで。」
「テメーが叩いてっからだろーがっ!!」
バシィィンッ
「ぅぐぅっ・・・」
不意打ちにも音を上げない。
「(そろそろ俺にも心開けや・・・)」
雲居はいささか寂しい気持ちになりながら、20発をきっちり叩いた。
「ハァハァハァ・・・」
「ったく・・・しゃーないやっちゃな・・・はーくん、ギブアップ。」
結局、そのまま耐えきった仁絵。
その様子を壁にもたれかかって苦笑いで見ていた風丘は、
雲居と位置を交換し、膝に仁絵を乗せる。
「はいはい。全く・・・相変わらずだね。柳宮寺は。」
「るせぇっ!」
バシィィンッ
「いぃっ・・・」
「光矢がわざわざ来てくれたのに、困らせるようなことしちゃダメでしょ?」
「あいつが無理矢理やるからっ」
バシィィィンッ
「いたぁっ・・・」
「光矢がやろうとしたのは治療でしょう?
治療を嫌がる柳宮寺が悪いの。光矢は治そうとしてくれてるんだから。」
バシィィンッ バシィィンッ バシィィンッ
「いたぁぃっ・・・ふぇっ・・・ったぁぁっ・・・ぅぇっ・・・」
「それから。頭に血が上るとすぐに手を出す癖、いい加減直してよね。
また殴ろうとして。」
バシィィィンッ
「いたぁぁぃっ・・・ふぇぇっ・・・うぇぇっ・・・だってぇっ・・・あいつがぁっ・・・」
(始まったで、赤ちゃん返り・・・)
なりふり構わず泣き出した仁絵を見て、雲居が内心溜息をつく。
自分と風丘の違いは何なのか、考えてしまう光景だ。
「光矢は悪くないの。注射は必要なんだってば。
お仕置き終わったら、ちゃんと受けること。」
「っ・・・」
「お返事は?」
バッシィィンッ
「ふぇぇぇんっ・・・わかったっ・・・わかったからぁっ・・・」
「それから、光矢にごめんなさいもするんだよ。」
「なんであいつにっ」
バシィィィンッ
「あぁぁんっ」
「だから。光矢に迷惑かけたんだから、光矢に謝るのは当然でしょ。
ほら、ごめんなさいは?」
「・・・っ・・・ひくっ・・・」
しゃくり上げるだけで、全く口にしようとしない仁絵に、
風丘は溜息をついて、強めの平手を3発落とす。
バシィィンッ バシィィンッ バッシィィンッ
「いたぁぁっ・・・ふぇぇっ・・・うぁぁんっ」
「ほら、次は5発いくよ? ごめんなさいは?」
「ふぇぇっ・・・うぇっ・・・ごめっ・・・なさっ・・・」
消え入るような声だったが、風丘は抱き起こして、仁絵の頭を撫でる。
「まぁ、調子悪いし、いっか。注射もしなきゃだしね。光矢?」
「おぅ。約束通りケツにするで。注射。」
「なぁっ!?」
「何? 仁絵君、そんな約束したの?」
衝撃の宣告に、泣きはらした目を見開く仁絵と、驚いた様子の風丘。
しかし、雲居はしれっとした態度で
「『おとなしく受けへんとケツにするで』って言うたのに、仁絵、暴れたんや。
ってことは、ケツにされんのは覚悟の上やんなぁ?」
「~~~っ・・・」
「あらら・・・」
意地悪そうに言う雲居に、仁絵は抱っこしている風丘の胸に顔を埋め、しがみつく。
そんな仁絵を見て、風丘は苦笑。
「まぁ、暴れた罰だね。しょうがない・・・」
「やだぁぁっ(涙)」
「素直に受けてれば腕やったのに・・・残念やなぁ」
「ふぇぇぇっ・・・」
「もうっ 光矢もあんまりいじめない。
仁絵君も、諦めなさい。ほら、膝の上のままでいいから。」
そう言うと、風丘は仁絵の体をまた自分の膝の上に横たえると、
片手で腰を軽く押さえ、もう片方の手で仁絵の手を握る。
「痛かったら握りしめて良いよ。少しの我慢。ね?」
「ふぇっ・・・」
「ほな、いくで。」
雲居は、仁絵が暴れないように仁絵の足の上に乗ると、
赤くなった仁絵のお尻に消毒液を塗り、注射針を刺し、薬液を注入する。
「いっ・・・・・・ふぇぇぇっ」
「終わりや。筋肉注射なんやから多少は揉まなあかんねんけど・・・」
「いたいぃぃっ・・・ふぇぇぇっ」
「あぁ、光矢。俺がやるよ。」
消毒液は染みるわ、注射は痛いわで泣きっぱなしの仁絵を、
風丘は再度抱っこし、痛がる仁絵をあやしながら注射したお尻を揉む。
「ほな、これが薬な。
それから解熱剤は座薬やから・・・この様子じゃまた嫌がるやろけど、
夜になっても38度5分以上あるようやったら入れてやって。」
「了解。ごめんね? 面倒掛けちゃって・・・」
「ええて。ちょっとハートブレイクやけど。」
「アハハ・・・ごめん、無意識なんだよ。」
「せやろな・・・。まぁ、ええわ。それじゃ、お大事に。」
「うん。ありがとう。」
そう言って、雲居は帰っていった。
ちなみに、暴れて、お仕置きされて、泣いて、というのが祟ったのか、
夜になっても38度台後半を彷徨った仁絵は、
嫌がり、まだ赤いお尻を数発叩かれ、涙目になりながら
風丘に座薬を入れられることになったのだった。