惣一たちももうすぐ2年生になろうかという、3月上旬。


この学校はクラス替え、担任替えがないので、

「もうすぐこのクラスともお別れ」みたいなしんみり感はなく、
この時期になってもわいわいがやがや普通に過ごしている。


もうすぐ2年生、惣一たちも少しは精神的に成長・・・しているはずもなく、
これまで同様、毎日のように何かしでかしているのだった。


そして、今日も・・・。




「おい、惣一。そのへんにしとけよ。」


昼休み。今日はあいにくの雨模様。

しかも、いつもはしゃぎ相手のつばめが風邪でもう2日も休んでいる。

仁絵と洲矢は音楽室に行ってしまって教室にいない。

退屈していた惣一は、

どこからか持ってきたサッカーボールでリフティングをしていた。

そんな惣一を見て、本を読んでいた夜須斗が忠告する。


「へーきへーき、俺、へぼくねぇしっ」


「そーやって調子乗るからいつも痛い目見るんでしょ? 

まぁ、俺はもう言ったから。
これで何かやったら完全に自業自得だね。」


「んだよっ つめてーのぉっ」


惣一はムッと唇をとがらせながら、そのまま続けていた。




が、案の定、である。


「やっば・・・」

「だから言ったじゃん・・・。」


少し難易度の高い技をやった時。

失敗し、ボールは教室にあった花瓶にあたり、

花瓶は倒れて床に落ち、見事に割れた。


昼休みも終盤にさしかかって、続々とクラスメートたちが教室に戻ってくる。

1年間を共に過ごしたクラスメートは、ボールと割れた花瓶、
そこにいる惣一を見た瞬間に状況を察し、
そして、数分後の彼の運命を想像して同情したり、哀れんだり、苦笑したり。


そして、仁絵と洲矢も戻ってきた。

普通のクラスメートにすら分かるのだから、

2人は当然のように察し、仁絵は溜息、洲矢は苦笑。

そして、仁絵が更に爆弾投下。


「それ・・・風丘の私物。」


「へ?・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


一瞬きょとんとして、仁絵の言葉を理解すると、途端絶叫する惣一。


「最近、花を持ってくる女子が多くて、

備品の花瓶じゃ間に合わなくなったからって
家にある花瓶持ってくっつって、家で言ってたから。」


「マジで・・・?」


いよいよヤバイ、と惣一が思い出したころ。

予鈴の少し前に、風丘が教室にやって来てしまった。


「はーい、みんな・・・って、えっ・・・?」


風丘を見た瞬間。


惣一は恐ろしいスピードで教室を飛び出した。


「!?・・・こらっ、待ちなさい、新堂!」


風丘も状況を見てすぐに全てを悟り、

反射的に名前を呼ぶが、間に合わない。


「自習!」


教室内に向かってそう叫んで、

数秒遅れて、惣一を追いかけていった。


「・・・じゃあ、学活だし、

2年になってからの学級組織とスローガンでも・・・」


学級委員長がさらっと仕切り出す。
クラスメートたちも普通に席に着く。


こんなことは、1年間で何度あったか分からないほど日常茶飯事な出来事。
もうみんな慣れっこだった。





「こらっ、新堂、止まりなさい!」


「やだよっ、つーか、教師が廊下走っていーのかよっ!」


「新堂が逃げるからでしょ!? 

悪いって分かってるなら止まりなさいっ」


「誰が止まるかっ」


遠慮がちに走る風丘だが、惣一は全力疾走。
さすがに追いつけないと悟った風丘が、

仕方なく本気で走ろうかと思ったその時だった。


「仁科先生・・・っ!?」


廊下の突き当たりを曲がって、仁科が歩いてくる。

おそらくホームルームに向かうのだろう。
が、風丘を気にして振り返りながら走っている惣一は気づいていない。


「新堂っ 新堂、前見て!」


が、遅かった。


ドンッ!!


「きゃぁっ!?」


「っててっ・・・・邪魔だ、ババァ!」

「なっ・・・」


「あっちゃー・・・」


全力疾走でぶつかって、あろう事か暴言を吐いて、そのまま逃走。

仁科は、手に持っていたファイルを落とし、

その場に尻餅をついて呆然としている。

惣一からしてみれば、仁科にぶつかったことよりも、

風丘に捕まる方が一大事なのだろう。

風丘は仕方なく、フォローに回る。


「仁科先生、大丈夫ですか?」


「風丘先生! 何なんですか、あの子は!! 

廊下を全力疾走して、教師にぶつかって暴言吐いてそのまま逃げるなんて!」


仁科は尻餅をついたまま、完全にヒステリックを起こしている。

風丘は、内心溜息をつきながら答えた。


「はい、僕の監督不行届です。申し訳ありません。

今から捕まえて、後で、必ず謝りに行かせますから・・・」


そう言って、仁科の側に跪き、

抱え上げるようにして仁科を立たせ、服の埃を払う。


「新堂君の対応は、僕に任せていただけませんか?」


最後に、ハンカチで仁科の手をぬぐい、目を見つめて一言。


「っ・・・・・・・・厳しくしてくださいねっ」


「はい、必ず。」


・・・どんな女性も、たとえそれが普段いけ好かない相手でも、
若いイケメンの優しさには弱いようだった。





「まーったく、新堂ったら面倒事ばっかり増やしてくれちゃってっ・・・」


仁科の対応をしていたせいで、惣一とは完全にはぐれてしまった。
が、風丘の神懸かり的勘は恐ろしく・・・。


「どーせ、この辺りに隠れてるんでしょ?」


そう言って、

いろいろ普段使わない教材などがしまわれている倉庫的な部屋に入る。


すると、背後で人の気配がした。

風丘が完全に倉庫部屋に入った瞬間、ドアが閉められようとする。

しかし、それにいち早く反応した風丘が、

ガッとドアを片手で掴み、瞬時にもう片方の手でその悪戯っ子の腕を掴んだ。


「!!!」

「つーかまーえたっ」


「っ・・・離せっ・・・」


惣一が焦って暴れるが、風丘は動じない。


「離しません。まーったく、大方、俺を閉じこめる気だったんでしょ?
ここ、外からしか鍵掛けられないからねぇ。」


「っ・・・」


「さぁ、行こうか? し・ん・ど・う(ニッコリ)」


「ひっ・・・いーやーだぁぁぁぁぁっ」


悲鳴むなしく、惣一は風丘の肩に担ぎ上げられ、部屋に連行されていった。






「離せよぉっ!」


「往生際が悪い。この悪戯っ子。」


部屋について、膝に乗せられても、惣一はまだ抵抗していた。
が、風丘は容赦なくズボンと下着を下ろす。


「にしても、よくこう毎回毎回くだらないことができるよねぇ。」


バシィンッ


「いっ・・・」


バシィンッ バシィンッ ビシィッ バチィンッ バシィンッ


「いってぇっ・・・うぁっ・・・いっつ・・・・あぁっ!」


「毎回そのくだらないことでお仕置きするこっちの身にもなってよ。」


バシィンッ バシィンッ バシンッ バッシィィンッ バッシィィィンッ


「いたぁぁぁっ! べっ・・・別にしなくていいしぃっ」


バシィィンッ


「ぎゃぁっ」


「そーいうわけにはいきません。

悪い子の新堂を良い子にするには、いたーいお仕置きが必要だもん。」


「いらねぇぇぇぇっ」


バシィィィンッ


「うぁぁっ」


「今日は罪状いっぱいあるんだからね。

じゃあ、1つめ。教室の中でボール遊びした上に、花瓶割って逃げたこと。」


バシィィンッ バチィンッ バシンッ バシィィンッ


「あぁっ・・・いぁっ・・・いってっ・・・うぁぁっ!」


「別に花瓶1つでどうこう言わないけどさぁ、
部屋の中でボール遊びするな、なんて

幼稚園の子が言われるようなことをなんで守れないかなぁ・・・?
っていうか、新堂、ボールでの失敗多すぎ。」


「るせぇっ! 大きなお世話だっ!!」


風丘に呆れたように言われ、頭に血が上った惣一が叫ぶ。
すると、風丘は冷たい声で・・・


「・・・あっ、そう・・・。」


「え・・・」


バッシィィンッ バッシィィンッ バシィィィィィンッ


「ぎゃぁぁぁぁっ」


強烈な3発が落ちてきた。

が、風丘はしれっと


「はい、じゃあ次。」


と言う。


「いっ・・・いたすぎ・・・」


「仁科先生に暴言吐いたこと。・・・これもずっと前から注意してるでしょ?
先生に暴言吐いちゃダメだって。」


「だっ・・・だってあのババァが悪いんだろ! ボーッと歩いてるから!」


バッシィィィィィンッ


「いってぇぇぇぇっ!・・・くっ・・・ふぇ・・・」


強烈な平手の連続で、惣一の涙腺はゆるみかけ。
が、風丘はやっぱり容赦ない。


「暴言言っちゃダメって言ってるそばからそんなこと言って。
新堂、お仕置きされてる理由ちゃんと分かってるの?」


バシィンッ バシィンッ バシィィンッ


「いってぇぇっ・・・やぁっ・・・もっ・・・」


「分かってるの?」


バシィィンッ


「ぎゃぁんっ・・・わかっ・・・分かったからっ・・・気をつけるっ・・・」


「それから、俺を閉じこめようとしてくれたみたいで?」


「そっ・・・それはぁ・・・」


バシィィンッ バシィィンッ バッシィィンッ


「ぎゃぁっ・・・ふぇっ・・・いたっ・・・いってぇぇっ」


「まぁ、それはこれで許してあげる。俺はあんなの絶対引っかかんないし。」


「なっ・・・ならっ・・・」


「ん?」


「あ、いやっ・・・」


『叩くな』と言いたかったが、

ニッコリ笑顔の風丘に聞き返され、惣一は慌てて口を閉じる。


「・・・はい、それじゃあ、ごめんなさいは?」


「っ・・・」


しょっちゅうお仕置きされている惣一だが、

未だに素直にごめんなさいは言えない。
黙ってしまった惣一に、風丘は溜息をついて再び平手を振り上げる。


バチィィンッ


「ぎゃぁっ・・・ごめんなさいっ!」


その痛みに、勢いで叫ぶ惣一。

すると、風丘ははぁっと息をついて。


「やっと言った・・・。はい、お仕置きおしまい。」


惣一を膝から下ろすと、ソファに寝かせ、タオルを濡らしに風丘は立ち上がる。


「全く・・・週2ペースでお仕置きされてて、

何で未だに一度でごめんなさいが言えるようにならないかなぁ・・・」


「っ・・・しょーがねーだろっ・・・」


涙で濡れた目をこすりながら、惣一が答える。


「ま、その分痛い思いするのは惣一君なんだけどね。」


「いっ・・・・・・るさいっ・・・」


タオルをお尻にのせられて、一瞬の痛みに顔をしかめつつ、かみつく惣一。


「・・・そんなに元気があるなら、今から仁科先生に謝りに行ってくれば?」


風丘は、呆れ顔でそう言う。
が、惣一にはとんでもない内容で。


「なっ・・・なんで俺があのババァに謝り・・・に・・・」


が、文句を言ってるその最中から険しくなる風丘の顔を見て、

惣一の語尾は消えるように小さくなる。


「・・・お仕置き、効いてないみたいだね。」


風丘は、お尻に乗せていたタオルを軽くめくると、
赤くなった惣一のお尻を思いっきり抓った。


「ぎゃぁぁぁっ いたぁぁぁぁっ」


痛みに惣一は叫ぶが、風丘は抓るのを止めず、

あろう事か抓ったまま聞いてきた。


「どうするの? 仁科先生に謝りに行く?」


「いたぃっ・・・離せっ・・・はなしてっ・・・」


「謝るの?」


「謝るっ・・・謝るからぁぁぁっ」


「よし。」


惣一の叫ぶような返答に、風丘はやっと抓るのを止める。
惣一は、お尻のジンジンする痛みに、

引っ込んだ涙が再度出てきて目を潤ませていた。


「いってぇ・・・鬼っ・・・」


「じゃあ、ちゃんと行くんだよ? 

もし明日来てないなんて聞いたら・・・」


「!!! 分かった、行くっ、行くからぁっ!」


平手に息を吹きかける仕草をした風丘を見て、惣一が焦って叫ぶ。





さすがにここまで脅されると言うことを聞かないわけにはいかず、
惣一はこの後ふて腐れながらも仁科に謝りに行ったのだった。