「はい、着いたよ。」


洲矢の家から歩いて、

コインパーキングから車に乗って20分ほど。


「でっか・・・」


1人暮らしにしては大きすぎるくらいの一軒家に到着し、

仁絵は風丘に降りるように言われた。


「実家だからね。妹もいるけど、

今は大学で家から出てるから。」


そのまま、リビングに通される。

風丘は荷物を置いてソファに座ると、仁絵にも座るよう促した。


「さて・・・とりあえず、柳宮寺じゃなくて、仁絵君。」


「え・・・」


「事情を聞かなくちゃね。」


「あ・・・」


回りくどく言わず、直球で尋ねる風丘。
仁絵も、ごまかしはきかないと、

そしてさっき、待たされている時に有る程度覚悟を決めていたのとで、
少し言葉に詰まったが、意を決して口を開いた。


「『勘当』ってさ・・・ 法的に存在しないのは知ってるって俺言ったけど・・・
それって実子の場合だろ?」


「・・・?」


仁絵の言葉の意図がつかめず、少し困惑する風丘。


「俺さ・・・養子なんだ。表向きには公表されてねぇけどな。」


「え・・・?」


目を少し見開いた風丘に、仁絵はフッと皮肉げに笑う。


「しかも、ただの養子よりもっとタチがわりー。

最低最悪の養子。望まれない、憎まれっ子。」


「・・・どういう意味?」


訝しげに風丘が尋ねると、

仁絵は少しやけ気味にしゃべり出した。


「あの親父・・・結婚してから、なかなか子供ができなかったんだと。
だけどあれだけばかでかい企業の経営者なんだから、後継者がいる。
なるべく血縁の。まぁ、他人に乗っ取られたくはねぇじゃん?
だけど、出来なかった。正妻との間に。

結婚して5年待った。それでもダメ。
で、業を煮やしたあの親父は、

子供ができねぇのを正妻のせいだと決めつけて、愛人を作った。」


「まさか・・・」


「俺が愛人の子? まさか。最低最悪っつったろ? もっと悪い。
俺はその愛人と、愛人の親父以外のもう1人、別の男の間の息子。
まぁ、そっちのが正規の恋人だったらしいけど。

愛人の方も、親父は浮気相手だったみたい。」


「なっ・・・」


「妊娠のタイミングとか、なんやらかんやらで勘づいたらしい。
それで、俺の実の父親の男は失踪した。そりゃそうだよな。
普通の人間があんだけの大企業のトップ敵に回したら。
で、愛人の方は、俺を生んで、そのまま事切れたらしい。

精神的にやられたみたいだな。
で、親父はその段階で後継者がいなかったから、

俺を密かに養子にして、表向きは実子ってことで振る舞ってたんだ。」


「で、でも夜須斗君と従兄弟って・・・」


「あぁ、そういうことにされてる。実質は違うんだ。

夜須斗の親父さんの妹なのは、俺の親父の正妻の方だから。
まぁ、だから、俺はあの家に誰1人として血縁者がいないってこと。
養子は『離縁』って制度があんだろ? 

よく知らないけど・・・放り出そうと思えば放り出せる。
まぁ、予兆はあったんだよな。

俺を公立に投げ出したあたりから。
なんであのタイミングだったか。もう分かんじゃね? 風丘なら。」


「まさか、その奥さんの方に・・・」


「正解。今になって息子が生まれた。

それが、俺が転校したあの10月。
そりゃ、こんなに素行が悪いただの養子より、

血縁の息子に継がせたいだろうからな。
それで、今まで必死でかくまってたのをあっさり手放した。
あわよくば俺が公立でも問題起こしたら、そのまま手を切って、
表向きには俺が出てったー、ってことにしたかったんじゃね?
だから、最近俺が問題起こさなくなって、

思惑が外れてよけいいらだってたみたいだけど。」


「そんなむちゃくちゃな・・・」


「むちゃくちゃだよ。あの親父。だから、正妻の人もすごいと思う。

あんな奴が旦那でさ。見合いだったみたいだけど。
子供、子供って結婚してからずっと言われて、

できなくて、愛人作られて。あげく養子だもんな。
だから俺はその人のことは別に何とも思ってない。
あっちは、自分が子供生んだせいで

俺の家の中での立場を悪くしたって申し訳なさそうにしてたけど。
俺がだいっきらいなのはあの身勝手な親父だけ。」


「・・・・・・」


風丘は、しばらく何かを思案するように黙り込む。

沈黙が数分続いた後。


「仁絵君、家に帰る気は?」


「ねぇよ。だいたい、親父がもう俺追い出す準備してんじゃね?」


「帰るところないじゃない。」


「まぁ、ストリート暮らしじゃね? 施設ってガラじゃねーし。」


あっけらかんな仁絵。自暴自棄になっているのか。
そんな仁絵を見て、風丘は決意を固めたように。


「・・・そう。・・・おいで。」


「はぁ? お、おい、ちょっと!」


おもむろに仁絵の腕を掴むと、

帰ってきたばかりなのにまた家を出てしまった。


車を走らせ、向かった先は・・・


「風丘っ 俺帰らねぇっつったろ!?」


そう、仁絵の家。


「良いから。」


「よくねぇよっ おい!」


仁絵の文句を無視して、

風丘は家の前に車を止めると、

仁絵の腕を引っ張って玄関の呼び鈴を鳴らした。


時刻は4時を回ろうとしている。

ややあって、応対に西院宮が出た。


「はい・・・どちら様で・・・仁絵様?・・・と、風丘先生。

仁絵様を、見つけてくださったようで。」


「仁絵君のお父様とお話をしたいのですが。」


「旦那様は・・・お休みになっています。

お手数ですが、後日改めて。」


「お休みに? ご自分の息子さんがいなくなっているのに?」


「仁絵様がお帰りにならないことは、

以前は日常茶飯事でしたので。
それに、もう仁絵様からお聞きになったのではありませんか?
仁絵様の・・・生い立ちについて。」


「聞きました。それでも、養子として引き取ったからには

親としての責任があると思います。
仁絵君のお父様は、それを放棄なさっているように思えるのですが。」


「っ・・・そのような物言いはっ」


「今時の教師は・・・

そうプライベートなことにまで口出しをするのか。」


「っ・・・」

「親父っ・・・」

「旦那様!」


階下に、仁絵の父親が降りてきた。


「申し訳ありません、旦那様。

お帰りいただこうとしたのですが・・・」


「良い。先生、何の用事で来られた。

ただ文句を言いにこんな非常識な時間に訪れたわけではないでしょう。」


「・・・確かめに来ました。

お父様が、仁絵君について、どのようにお考えなのか。

・・・離縁なども含めて。」


「フッ・・・離縁か。

今すぐにでもしてやりたいが・・・あいにくそうも簡単にはいきません。
だが・・・そこのバカには二度と家の敷居をまたがせんとは考えています。」


「んだとぉっ!? 誰が好きこのんでこんな家っ・・・」

「仁絵君。」

「っ・・・」


キレそうになる仁絵を、風丘が手で制す。
その様子を見て、父親が鼻で笑う。


「フッ・・・うまく飼い慣らされているようですな。

そのどうしようもないのを。」


「どうしようもない? とても可愛い生徒ですが。

・・・私が今日ここに来ましたのは、ご相談があるからです。」


「相談?」


「話を聞けば、

仁絵君はあまりこの家で生活することを望んでいないようですし、

お父様も同様。
もしご納得いただけるなら・・・

仁絵君を義務教育終了まで、私の家で預からせていただけませんか。」


「なっ・・・!?」

「ほぉ・・・」


「何それ・・・風丘・・・マジで言ってんの・・・?」


「冗談でここまでしないでしょ。」


「だって、あんた教師じゃん・・・」


「生徒を一番良い環境におくことも、教師の仕事だと思うけど。
仁絵君、お世辞にもこの家が一番良い環境だとは

思えないんでしょう?」


「そりゃ、まぁ・・・どっちか選べって言われたら・・・風丘選ぶけど・・・」


「万が一離縁でもしてしまえば、修復は困難ですが、

この形にすれば、何らかの形でもし和解をすることになっても・・・」


「そんなことねぇっ!!」


「いや、だから、もし。もし、ね。

そうなっても、スムーズにいくと思います。
お父様にも悪い話ではないと思いますが・・・
もちろん、責任を持って面倒は見させていただきます。
ですが、やはりご許可無しにはできませんので、

こうやって参りました次第です。」


「・・・」


少しの間、沈黙が続いた。

仁絵の父親は思案している様子だったが、やがて口を開いた。


「・・・分かりました。西院宮、先生を応接間へお通ししなさい。

そこの馬鹿も・・・仕方ない、上げろ。」


「チッ・・・」


「かしこまりました。」





そこから、あれよあれよという間に決まっていった。
養育費諸々を仁絵の父親がもつ代わりに、

生活を風丘と共に送る、ということで大筋の話がついた。


「それでは、本日から仁絵君をこちらで。」


「はい。それでは。」


「・・・」