これは、風丘葉月が21歳、

妹の花月が17歳、高校2年生の時の話。




「花月? まだ寝ないの?」


「うん・・・もうちょっと・・・」


現在時刻夜中の1時。

期末テストまで2週間を切った花月は、

ここのところ夜遅くまで猛勉強している。
そんな妹の様子を見て、葉月は少し心配そうに尋ねるが、

花月は数学のテキストと向き合っていて返事は気もそぞろ。


「花月?」


「うん・・・」


「花月ちゃん・・・花月!」


「きゃぁっ・・・びっくりした・・・

お兄ちゃん、突然大声出したらびっくりするよ・・・」


葉月が大きめの声で名前を呼ぶと、

やっと気づいたのかビクッと反応して花月は兄を見る。


「もう1時回ったよ。まだ寝ないの?」


「うん・・・この微積の問題、1つ解いてから寝るの。」


「まだテストまで1週間以上あるのに。

今からこんなに頑張ってたら体壊すよ?」


「私はお兄ちゃんと違って要領良くないんだもん。

今から頑張らないと良い点採れないの。」


「そっか。・・・じゃあ、ほどほどにして寝るんだよ?」


「はーい。」




風丘兄妹は兄の葉月、妹の花月共に

常にトップ3に名を連ねる成績優秀者だが、2人はタイプが全く違う。
要領良く、短い時間で理解し暗記も済ませることができる、

元々の能力値が高い天才型の兄の葉月に対して、
妹の花月は典型的な努力型。

並大抵ではない勉強量がその成績を支えているのだ。
だからこそ、少しでも手を抜けばすぐに転落してしまう。
そのことを、本人が誰よりも分かっていた。





「ふぁ~~」


「眠そうだねぇ、花月。また恒例のテスト勉強睡眠不足?」


「うん、まぁね・・・一応3時前には寝たんだけど・・・」


翌日の学校。欠伸をする花月を見て、友人が声をかける。


「3時前って・・・そこまでして何で勉強すんのよ。

まだ受験生でもないのに。」


「だって私、今からやらなきゃテストに間に合わないもの。

成績が落ちたら何言われるか分からないじゃない。
ただでさえお兄ちゃんと比べられるんだから。

『風丘兄は出来たのに妹はこんなもんか』って。」


「そりゃ、お兄さんが特別だったからでしょ? 

兄妹が同じように出来るかっつったら必ずしもそうじゃないでしょ。」


「・・・それに、成績落としたらお兄ちゃんがっかりさせちゃう。

いつもトップ3以内に入って、褒めて貰ってるのに。」


「そんなものかねぇ・・・」




そう、花月がここまで頑張る理由は2つあった。

1つは、教師陣に自分と葉月を比べられているように感じているから。
『妹は兄よりダメだ』、そう思われたくない。
そして、もう1つは、兄をがっかりさせたくないから。
むしろ、このもう1つの方が花月にとっては大事だった。
テスト結果を見て、兄はいつも褒めてくれる。
トップ3から落ちてしまったら、きっと兄を落胆させてしまう・・・。
そう思って、必死に勉強しているのだった。
そのことが自分に必要以上のプレッシャーをかけている、と

薄々勘づいてはいながらも。






こうして、そんな夜中までの勉強が3日ほど続いた、金曜日の夜。

夕飯を食べて片付けも終わり、

さぁ、勉強しようと花月が自分の部屋に行こうとした時。


「待って、花月。」


葉月が花月を呼び止めた。


「なーに?」


花月が振り返って返事をすると、

葉月は少し真剣な顔をして言った。


「これから、夜中の勉強は夜1時半まで。」


「えっ・・・なんで?」


兄の言葉に、花月は困惑の表情を見せる。
まさか、勉強を制限されるなんて思ってもみなかった。


「ここのところ、ずっと3時近くまで勉強してるでしょう。
いい加減に体壊すよ。だから、1時半まで。」


「・・・」


花月が少し不満そうな顔をして、無言で兄を見つめる。
しかし、それで兄が折れるわけもなく。


「花月ちゃん?(ニッコリ)」


逆に怖いくらいの笑顔でそう言われれば、頷くしかなくて。


「はーい・・・」


渋々了解したのだった。





「・・・もうこんな時間。」


8時から始めて、途中お風呂を挟んで再開。
時刻はすでに夜中の1時28分。

いつもはここから更に軽く1時間はやっていたのに・・・。
花月は、時計と机の上のノートを交互に見つめて溜息をつく。

そして、更に悩んで出した結論は・・・。


「ちょっとぐらいなら・・・いいよね・・・」


花月は単語帳と文法書を手に持って、布団に潜る。

そして、布団の中で勉強を始めた。
電気をつけられないから、

寝るときにいつもつけている豆電球の明かりだけで。

見づらいけれど、しょうがない。
机と違って書いて勉強することはできないが、それでもやらないよりはマシ。
花月はまた黙々と取り組み始めた。





2時頃。花月が単語帳をパラパラめくっていた時。


ガチャッ


(まずいっ!)


不意に、ドアノブを回す音がした。

花月は慌てて布団の中に単語帳と文法書を隠し、

自分も布団にくるまり、寝たフリをする。

葉月が部屋に入ってきたのだ。


葉月はベッドに近づき、花月の様子を見ると、

体を布団の上からポンポンッと軽く叩き、そのまま部屋を出て行った。


(セーフ・・・かな。)


兄の退出を確認すると、花月はまたモゾモゾと単語帳を取り出す。


結局、この日も花月の勉強はいつも通り3時近くまで続いたのだった。