「ただいま帰り・・・お、にぃ・・・ちゃん?」


いつものように帰ってきた花月が玄関で目にしたのは、

腕組みをして壁にもたれかかっている兄の姿。


「か・づ・き・ちゃん? ちょ~っとお兄ちゃんとお話しよっか?」


「え?(汗)」


にーっこりと笑っているが、長年葉月の妹をやっていれば分かる。

「花月『ちゃん』」なんて呼ぶのは、
ふざけているときか、怒っているときだけ。
しかし、これはふざけてなんていない、確実にキレている。

しかも相当、ブチキレているに近い。

花月は逆らうこともできず、腕を引かれてリビングに連れて行かれた。




リビングに入ると、葉月はおもむろに話し出す。


「今日ね~ 天道先生から電話あったんだ~」


「え゛っ!?」


嫌な感じがして、花月が普段滅多に出さない素っ頓狂な声をあげる。


「『三者面談』って、何だろうね? 花月ちゃん?」


「!!! あ、あの・・・それは・・・」


そのワードで全てを理解し、花月は焦った。

葉月が自分に迫ってきて、自然と体は後ずさりするが、後ろは壁。
背中がピッタリ壁につくが、葉月はそれでも迫ってきて、

左手をダンッと花月の顔の真横の壁についた。
葉月と花月の身長差は20センチ近くある。

葉月に見下ろされ、花月は身がすくんだ。
右手が花月の顔にのびてきて、

顎を軽く掴んでクイッと持ち上げられ、顔を近づけられ、目を合わせさせられる。
恋人同士で、相応の雰囲気だったら、ともすればキスするぐらいの体勢と距離だ。
しかし、その目は、もう笑っていない。怒っている目だった。


花月は滅多に叱られるようなことはしないが、

叱られるときはまず必ず、このスタイルで尋問される。
花月はこれが苦手だった。

これだけ近づいていると、

息づかいやら目線やら鼓動やらなにやらで分かるのか、

全て葉月に見透かされてしまうのだ。
嘘をついてもすぐにばれるし、言い逃れなんて絶対に出来ない。
それでも、葉月の質問、知りたいことに全て答えなければ

絶対に解放はしてくれないし、
この尋問時間が長引くほど、後々のお叱りタイムが辛くなる。

葉月も花月に負けず劣らず、

仲間や同級生たちから『シスコン』とからかわれるくらい

花月が大好きなのだが、
叱るときは徹底的で、容赦ない。



「ねぇ? 三者面談とか、授業参観とか、懇談会のプリントが

配られたって本当?」


「ほ、本当・・・・」


「なのに、俺には見せてないよねぇ?」


「うっ・・・・ハイ・・・・」


穏やかな口調。それはいつもの兄と全く変わらない。

ただ・・・その声には明らかに怒気が感じられる。目も怒ってる。
そう思うと、花月は怖くて、

上から降ってくる兄からの言葉に小声で答えるのがやっとだった。


「じゃあ、なんで俺が『忙しくて行けない』なんて話になってるの?」


「そ、それは・・・・・」


「・・・・・」


「っ・・・・・」


「こーらっ、視線逸らさないの」


「あっ・・・・お、お兄ちゃん・・・っ」


視線が痛くて、目線を逸らそうと顔を背けようとしたのを咎められる。
更に、両手で花月の頬を包み込んで顔を正面に向けさせ、

目線を自分に合わせさせる。
花月は逃れようと、せめて手を外そうと、兄の手首を掴むが、

その程度で兄が放してくれるはずがない。


「ねぇ、どうして?」


「あの・・・えっと・・・先生に・・・私が、お兄ちゃん行けないって・・・・」


「俺に言わないで、勝手に?」


「・・・・は・・・い・・・」


「なんで勝手にそんなことしたの? 

別に、学校でオイタしたわけじゃないでしょ?」


「だって・・・・お兄ちゃん忙しいのに・・・三者面談なんて・・・迷惑・・・」


「ふーん?」


「っ・・・あ、あの・・・・」


「で? 1学期の三者面談も同じだね?」


「っ!! だ、だって・・・・」


「お知らせ渡さないで、勝手に行けないって言ったんでしょう?」


「・・・・・・はい・・・・」


「それと?」


「・・・えっ?」


いきなり切り返され、花月は一瞬キョトンとする。


「まだあるでしょう? お兄ちゃんに隠し事。」


「えっ・・・(汗)」


そう、ある。テスト成績表のことが。
成績自体は隠すほどのものはなかった・・・・

むしろ褒められたくて、頑張って良い点数をとったのだが。
保護者コメント欄を勝手に自分が書いたり、印鑑を持ち出したことは悪いことだ。


「あの・・・えっと・・・・」


「ほーら、言わないと辛いのは誰なの?」


今度は、更に顔を近づけて、自分の額を花月の額にくっつけてきた。
頬は両手の平で包み込まれ、これではほとんど身動きも出来ず、

真正面の兄の顔を見るしかない。


「・・・・・っ・・・て、テスト・・・・」


「テスト?」


「成績表の・・・保護者欄っ・・・・」


絞り出すような声で白状する。


「・・・・それが?」


「お兄ちゃんの筆跡・・・真似・・・判子・・・持ち出して・・・」


「ふーん・・・・・そっか。」


「ぁっ・・・・」


そこまで話すと、葉月は花月を解放した。

ホッとしたのか、これからのことに恐怖がこみ上げてきたのか、
これだけでも疲れ果てたのか、花月は壁を背にしたまま、ペタン、と崩れ落ちる。


「フーッ・・・・・」


葉月は、一度息を長く吐き、髪をかきあげる。

そのまま、長髪を後ろで1つに束ねる。
着ていたシャツの腕をまくり上げ、そしてニッコリ笑って手招きした。


「さて。おいで? 悪い子の花月ちゃん?」


「やっ・・・お兄ちゃん・・・ゴメンナサイ・・・・もう・・しないから・・・」


行けば最後、大変なことになる。

花月は滅多にしない駄々をこね、行くことを拒んだ。


「ダーメ。花月ちゃん、オイタが過ぎたから、今日はお仕置きだよ。お・い・で。」


「やだぁ・・・(泣)」


叱られ慣れないせいか、

怖くなってきて、お仕置き前から泣いてしまう妹に、葉月は苦笑した。
仕方なく妹の方まで歩み寄り、

そのままお姫様抱っこでソファーまで強制連行する。


「お兄ちゃん・・・・」


膝に乗せられて、いよいよ迫ってきたお仕置きに、

花月は潤んだ瞳で兄を見つめる。

しかし、葉月は


「ダーメ。」


それだけ言うと、花月の制服のスカートを捲り、下着を下ろして、1発目を振り下ろした。


バシィンッ


「きゃぁっ」


「どうして勝手に先生にそんなこと言ったの?」


バシィィンッ


「だ、だってぇっ・・・・・お兄ちゃん、忙しそう・・・」


バシィィンッ


「俺、花月に『忙しいから行けないんだ』って言った?」


バシィィンッ


「そ、・・・れは・・・」


「言った?」


バシィィィンッ


「あぁぁんっ 言ってませんっっ」


「だよねぇ? あることすら知らなかったんだよ。

これじゃあ行けたとしても行けない。」


バシィィンッ


「いたぁぃっ ごめんなさい・・・・」


「しかも、先生にも嘘ついたってことだよねぇ? 1学期も、2学期も。」


バシィィンッ


「うぅぅっ・・・ごめんなさいぃ・・・・」


「テストのことだって。見せてもくれないの? 

判子を持ち出したりするのは、持ち出せる場所に置いてあるんだし構わないけど、
俺のフリしてコメント書くなんて・・・ダメでしょう?

先生騙したことになるじゃない。」


判子はきっと宅配便の荷物受け取りの時なんかの為に

備えてあるのを使ったんだろう。
筆跡の真似方教えたのは自分だから、それはまずかったな・・・

などと思いながら、お説教する。

花月は筆跡を真似る、なんてそんな使いどころのないセンスもあった。

何の気なしに教えたら、上達が早くて驚いたのを覚えてる。
担任が騙されても無理はないだろうが・・・。


バシィィィンッ


「ゴメンナサイ・・・・」


ひたすら『ゴメンナサイ』と謝り続ける花月。

きっと、後ろめたさはあったのだろう、
尋問中から表情に後悔が丸出しだった。反省も恐らくしているし・・・。
一通りのお説教をし終わった葉月は、こう言った。


「さぁ、じゃあ仕上げに50回。ちゃーんと良い子で我慢できたら、おしまいね。」


「お兄ちゃん・・・・・」


振り向いて、すがるような目で兄を見つめる花月。

花月は叩かれ慣れていない。家でもほとんどこんなことはないし、
学校でも、お尻叩きの罰は葉月の在籍時代からそのまま同じく継続されてはいるが、

花月は優等生でそれとはほぼ無縁だ。
それだけに、叩かれ慣れないお尻はもうすでに赤く腫れている。

しかし、兄は甘くなかった。


「いけません。オイタたーくさんした悪い子の花月ちゃんが

イイコになるには、それくらい必要。
お仕置き終わった後の正座も追加する?」


「・・・・・・・我慢します・・・。」


そんなの耐えられない。

花月が折れて、そう言うと、

葉月は花月の頭をポンポンッと優しく叩いて、腕を振り上げた。


バシィィィィンッ


「~~~!!!」


そこから、花月はとにかく耐えた。

容赦ない葉月の平手に、泣き声、悲鳴をあげ、足をバタバタさせながらも。
『ごめんなさい』も何回言ったことか。




そして、やっと・・・。




「あと3回ね。」


「はいっ・・・」


「我慢。」


「ん・・・・」


頭を撫でられそう言われ、、花月がうなずいた時。


バシィンッ バシィンッ バシィィィンッ


「あぁぁぁんっ!!!」


三発の平手が赤く腫れた小さなお尻に打ち込まれ、お仕置きは終わった。


「はーい、おしまい。もう花月は良い子だねっ よしよしっ」


そのまま膝の上に抱き上げ、自分の胸で泣きじゃくる妹をあやす葉月。


「お兄ちゃんっ・・・ごめんなさいっっ」


「うん、いっぱい聞いたよ。もう怒ってない、怒ってない。」


「ふぇ・・・ふぇぇぇぇんっ・・・」


葉月の、今度は目も笑って、心からの笑顔を見て、更に泣く花月。


「もーっ・・・・あ、そうそう。三面、行くって先生に言ったからね?」


「えっ・・・・」


驚いて泣きやむ花月。


「忙しいんじゃ・・・・」


「なーに言ってるの、可愛い妹の為になら、1日や2日、休めるよ☆
しかも、俺、実習先では『働き者のよく出来る実習生』だからっ♪」


「お兄ちゃん・・・・・ふぇぇぇぇっ・・・・」


今度はうれし泣きを始める花月に、葉月は苦笑い。


「あーあ、また泣いて・・・天道先生に、今日のこと言っちゃうよ~?
『うちの妹は未だに兄のお膝でお尻ペンペンされて大泣きしてるんです』って。」


「~~~!! お兄ちゃんの意地悪っ」


顔を真っ赤にする花月。そんな妹にニッコリ微笑む葉月。


「冗談、冗談。・・・・・・・ねぇ、花月?」


「・・・・ん?」


「・・・・何でも1人で決めようとしないで、俺に話してね? 

俺は花月の兄貴だし、花月は俺のたった1人の大切な妹。
仕事なんかよりも、全然、何百、何千倍も大事なんだからね?」


「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・ほんとは・・・・

ほんとはねっ 来て欲しかったのっ・・・

テストだってっ・・・頑張って良い点とれたのっ」


葉月の言葉に後押しされて、思い切って本音をぶつける花月。
そんな花月の言葉に、葉月は嬉しそうにニッコリ笑って答えた。


「ほんとに? 良かった~ 本当は来て欲しくないのかとも思ってたんだよ?
テストもそんなに頑張ったんだ? 

じゃあ、先生に言っておけば、出しちゃった成績表見せてもらえるかな? 

楽しみだなぁ~ 見るの。」


「うんっ」


お尻は真っ赤で痛いけれど、花月にとって、

久しぶりに兄と過ごし、甘えられたこの時間は、

最初は怖い思いもしたけれど、とても幸せな時間になったのだった。