「お見えになりました。」

「「!!」」

「おーう、どうぞー」


ドア越しの警官の声に須王が答えると、その人物は入ってきた。


「まーったく・・・補導なんて何やってるんだか・・・」

「っ・・・葉月!?」

「あ、勝輝!! 

何、ホントに少年課の刑事になったの!? 
昔バイクで吹っ飛んだり、グループ一派つぶしたり、

いろいろやってたくせに。」

「うるせぇよ・・・(汗)」


「また知り合い・・・?」


なんかもうお約束な展開に、夜須斗が言う。


「高校時代のクラスメート。」


ニコッと風丘がそう答える。


「なんだよ、こいつらの担任、葉月かよ。

ならとっとと連れ帰ってくれ、このメンドーなガキども2人。」


「はいはい、書類貸して。

で? このいたずらっ子たちは何をしたの?」


引き取りに必要な書類に目を通しながら、

風丘が何気ない感じで須王に聞く。


「お前なぁ・・・『いたずらっ子』で済まされる問題かよ。

警察沙汰になってんだから分かるだろ。
ケンカだよ、ケンカ! 大乱闘。

相手グループボッコボコにしてたとこを補導したの。

あいつらは買ったって言ってたけど」


「ふーん? ケンカねぇ・・・・買ったの?」


チラリと座っている2人に目をやると、2人ともビクッと反応する。


「・・・・・・・葉月、お前こいつらになんかしてんの?」


仁絵が自分が知っている様子とは到底考えられないビクつきようで、

須王が不思議そうに尋ねる。


「別に? 

まぁ、悪い子をイイコにする手助けはするけどね?(ニッコリ)」


2人に向かってニッコリ言うと、2人は下を向いて黙ってしまう。


「さて・・・と。」


風丘は書類を読み終わったらしく、

ペンを走らせると、また2人に問いかける。


「で。さっきの質問。買ったの?」


フルフルと縦に首を振る2人。

が、風丘は眼鏡を中指で押し上げながら、含みを持たせてこう言う。


「まぁ、単純に買っただけじゃなさそうだね。

さっきからそんなにビクついて。
それは帰ってから聞くとして。
はい、勝輝。サインしたよ。」


「お、おぅ。」


「さぁ、じゃあ2人とも勝輝に『ごめんなさい』したら帰るよ。

とりあえず、怪我の手当もしなきゃだし、
2人の家には適当に話つけてあるから、光矢の家に行くから。」


「ちょ、ちょっと待て葉月。」

「ねぇ・・・」

「誰がこいつに謝るかよ!!!」


3人が声をあげる。

しかし、風丘は有無を言わさず、


「ダメ。迷惑かけたのは間違いないんだからちゃんと『ごめんなさい』するの。
しないんなら・・・・・」


「ちょっ・・・」

「やっ・・・・・」


2人の肩を抱き寄せ、耳元でこう言う。


「勝輝の前でお尻ペンペンされながら『ごめんなさい』って言いたいの?」

「「なっ・・・・・・・・」」


「・・・・・・はぁ・・・・・・分かったよ・・・・」


はじめに諦めたのは夜須斗だった。


「須王さん・・・だっけ。

面倒なこと起こして・・・・すみません。」


「あ、あぁ・・・。」


頭を下げた夜須斗に、驚きながら答える須王。

何せ、補導した不良少年が

自分から頭を下げて謝るなんて初めての光景だ。


「吉野。『ごめんなさい』。」


「えっ・・・・・・・・っ・・・・・!・・・・っ・・・ごめん・・・なさい。」


「よし、ほら、柳宮寺も。」


「っ・・・・・・や・・・・だ・・・・」


夜須斗は須王が今日初めて会ったただの警察官に過ぎないだけに、

割り切って謝ることができたが、
仁絵にとって須王は天敵とも言える相手。

そんな相手に謝れとは、無理な注文だ。
抵抗するが、風丘は一度言うと容赦ない。


「ダメ。早く。」


「や・・・だ・・・って・・・・

言ってんじゃん、こいつに謝るなんて!! 頭下げるなんて!!!」


「ふーん。そう。なら、仕方ないね。おいで。」


仁絵が大声でそう言うも、全く動じず、風丘が今度は手招きする。
しかし、行けば須王に謝る以上に屈辱的なことになってしまう。


「ヤダ・・・それはもっとヤダ・・・・」


「我が儘はダメ。謝るまでやるからね。」


ついに風丘が立ち上がって、仁絵の腕を掴むと、

耐えられなくなったのか、仁絵が苦しそうに叫んだ。


「わ、分かった! 謝るから! 謝るから止めて!」


その声を聞くと、風丘が手を離した。


「っ・・・・」


顔を上げて須王を見る。

すると、天敵である須王も、

この状況にどうすれば良いのか困ってるみたいな顔だ。


そうだよ、俺が謝れば須王はもっと変な顔をする・・・

なら謝ってやる・・・もっと困れよ・・・ 

なんてひねくれたわけ分からないことを脳内で考えながら、

意を決して口を開いた。


「ごめん・・・・・な・・・さい・・・」


「!!!!!」


マジで謝った・・・と、須王にしてみれば信じられない瞬間だった。

『女王様』と呼ばれるほどのプライドの持ち主で、

最強の不良であるはずの仁絵が自分に謝ったのだ。


「はい、よくできました。それじゃあ勝輝、連れて帰るね。」


「葉月・・・・お前、やっぱこいつらにとんでもねーことしてるんじゃあ・・・」


ドアを開けて2人を連れて出て行こうとする風丘の後ろ姿に、

問いかける須王。
すると、風丘は振り返ってニッコリ笑ってこう言った。


「別にしてないよ?(ニッコリ) 

イイコになるための、ただの『お仕置き』。」

「なっ・・・お前、まだそれ・・・生徒にまでっ・・・」



パタンッとドアが閉まる。


須王は、その単語から学生時代を思いだし、

今までの仁絵や夜須斗の態度に納得し、
これからの2人を思って苦笑しながら同情するのだった。







「乗って。」


警察署の駐車場まで行くと、

風丘が自分の車の後部座席のドアを開けて2人に促した。
2人は黙っておとなしく従う。
それを確認すると、風丘は運転席に乗り込み、車を走らせた。



車内の沈黙を破ったのは、風丘の声だった。


「まーったく・・・お馬鹿さんだねぇ、2人とも。

そんなに制服ボロボロにして。怪我も結構してるし・・・」


「こんくらい平気だし。」

「・・・あぁ。」


「平気かどうかの問題じゃないでしょ、警察に補導なんてされて。

担当してくれたのが勝輝だったからいいようなものの・・・・」


「よくねぇ! 俺はあいつがだいっっっっっっきらいだ!! 

あんなヤローに謝らせやがって・・・」

「おい、仁絵!!」


須王の名前が出たとたん、声を荒げて突っかかる仁絵に、

夜須斗が焦って声をあげる。


「ふーん?・・・・・・・・・まぁ、」

「(その間怖っっっ!!)」


それに対して大した反応も示さずに少し間をおいて話題を変える風丘に、

夜須斗は恐怖を感じた。


「勝輝だからあれだけあっさりで済んだんだよ? 

あいつは少しはこーいうことに理解があるから。
とりあえず、警察では大してお咎め無しだったけど、

光矢の家に着いたら・・・・もちろん覚悟はできてるよねぇ?」


「うっ・・・・」

「っ・・・・」


風丘の問いかけに、言葉を詰まらせる2人。その顔は青白くなっている。


「まぁ、光矢は怪我の手当するだけ・・・だと思うけど・・・・・・・ね。」


「「・・・・・・」」


2人は黙り込んでしまい、

風丘もそれ以上は何も喋らず、車はそのまま光矢の自宅兼病院に到着した。


時刻は午後10時をとうにまわり、

当然のことながら、普通なら病院は閉まっている。

が、事前に風丘が連絡してあり、

病院入り口のブラインドは開いていて、明かりもついていた。


車が駐車場に止まると、中から雲居が出てきた。


「おぉ! はーくん、こっちや、こっち!」


「ごめんね、光矢。こんなにいきなり・・・」


「そんなんええて。悪いんはこのガキどもやろ? ほな、診察室いくで。
手当せんとな。」


そう言って、雲居は踵を返して奥に入っていく。

風丘も夜須斗と仁絵の背中を押して先に行かせると、後からついて行った。



診察室は、本当に普段診療に使われている部屋だった。
医師が座る肘掛けのある椅子に、

患者が座る丸椅子、点滴をする人なんかの為のベッドも2つある。
戸棚や本棚が壁に沿って並べられており、

診療用具やらカルテやらがびっしり並べられている。


「俺、ほんまは外科やないんやけどな・・・・ 

まぁ、ケンカの怪我程度なら・・な。」


そう言いながら、戸棚から救急箱を引っ張り出し、机の上に並べている。


「夜須斗と仁絵~ 2人ともベッドでええから座れや。

んで、上は全部脱げ。ズボンは・・・・まぁ、それも脱ぐか。
どーせ後で脱がさなあかんしなぁ(ニヤリ)」


「「なっ・・・」」


物騒な言葉に、2人は顔を赤くし、その後青くなる。
つまり、パンツ一枚になれ、と言っているのだ。
確かに、上半身は打撲で所々痣ができているから、

見せるためには脱いだ方が手っ取り早いのは分かる。
更に、脚にも膝当たりまで擦り傷やらができている。

できてはいるが、それだけなら裾をまくり上げれば済むことだ。
脱がなければならない理由は・・・・


「深夜の診察料は高くつくで? 

手当の後、俺から30発

+『手当してくれてありがとうございます。迷惑かけてごめんなさい』

って言うてもらうから。
そしたら、はーくんにバトンタッチな。」


「「なっ・・・」」

「それは・・・・・アハハ・・・・」


夜須斗と仁絵も絶句したが、

これには風丘も「なんとハードルの高い・・・」と苦笑した。

夜須斗にとって、雲居は惣一にとっての風丘、のように、天敵な存在であるため、
そんなこと素直に言うのはかなり難しいだろう。

そして、最大の問題は仁絵だ。
自分以外の前では悲鳴をあげることすら嫌がる仁絵が、

そんなこと言うなんてとても思えない。
というか、そもそも素直に雲居に叩かれるのだろうか?

・・・・・とてもそうは思えない。

雲居はそんなことを気にもとめず、フッと夜須斗の方を見た。


「ほな、夜須斗からいくで。さっさと脱げや。」


「・・・・っ・・・  その発言、ただの変態。

だいたい、素直に従うとでも思ってるの? 
俺があんた嫌いなこと知ってるくせに。」


この期に及んでも、

雲居相手だとズバズバと突き刺さる言葉で悪態をつき、

神妙にしない夜須斗に、雲居は顔を引きつらせる。


「なっ・・・変態て・・・・!
しかも人を『あんた』呼ばわりするのはやめてくれへん? 

結構ショックやねんで?」


「そんなの、俺の知った事じゃあ・・・・・っ! 離せ!」


サッと間合いを詰めた雲居が、素早く夜須斗の手首を掴んだ。


「素直にせぇへんかったぶんも追加するからな。

暴れられたらかなわんし、先にお仕置きや。」


「やめろっ・・・・うぁっ・・・」


無言で踏ん張る夜須斗だが、雲居の力には敵わなかった。

無理矢理膝の上にのせられると、

あっさり制服のズボンとトランクスをまとめて引き下ろされた。


「まぁ、説教ははーくんがするやろし、

俺はただ叩くだけにしとくわ。ほな、いくで。」


そして。


バシィィィィンッ


「んんんっ・・・・!」


容赦ない一発目。夜須斗はうめき声をあげた。


バシィンッ バシィンッ バシィンッ バシィンッ 


「ったぁっ・・・ぅっく・・・・うぁっ・・・」


シーツを掴んで、なんとか耐える夜須斗。

それでも、声は漏れてしまう。

雲居の手がその双丘に振り下ろされる度に、夜須斗の体が跳ねる。

30発が終わる頃には、夜須斗は息も絶え絶えだった。


「ハァハァハァ・・・・」


「さ、じゃあ最初に言うたやんなぁ?

『手当してくれてありがとうございます。迷惑かけてごめんなさい』や。」


「だれがっ・・・・んなこと・・・あんたにっ・・・」


バッシィィィィンッ


「いったぁぁっ!! うっ・・くっ・・・・」


不意打ちの一発に夜須斗の体は大きくのけぞり、

痛みを与えられた後、その目には涙がにじんだ。


「せやから言うてるやん。『あんた』呼ばわりはあかん、って。

ほんま学習能力ないなぁ。」


「っ・・・・くっ・・・・」


「ほら、とっとと謝ってくれへんと手当もできひんし、

仁絵はずっと待ちぼうけやん。さっさとせぇ。」


バシィィンッ


「ったぁぁっ・・・!」


バシンッバシンッバシンッバシンッバシンッバシンッバシンッバシンッバシンッ


「ふぇっ・・・・ったぁぁぁぁぁっ! 分かった、言う! 言う! 言うからっ!」


いきなりの連打の雨に、ついに夜須斗が音を上げた。


「て・・・手当してくれて・・あ、あ・・・・」


言おうとはするもののプライドが邪魔して言えない。

普段なら『ありがとう』くらい素直に言えるはずだが、
この状況ではいかんせん屈辱的すぎるのだ。
しかし、それを許すような雲居でもない。


「とっとと言えゆうてるやろ。」


バシィィンッ


「うぁぁっ・・・・ありがとうございます迷惑かけてごめんなさい!」


「なんやそのやけくそになった言い方・・・・」


だめ押しの一発はさすがに効いて、

まくし立てるように、一息で怒鳴り散らすようではあったが

何とか叫んだ夜須斗に、
雲居はため息をつきながらも、
夜須斗を膝から下ろし、

救急箱から消毒液やガーゼ、絆創膏や包帯、テープを出した。


「ぁっつ・・・・」


怪我の程度は、ケンカから遠ざかっていた夜須斗の方が仁絵より大きい。
仁絵の事情を知らない雲居は、

何の考えもなくその理由で夜須斗を先にしたのだが、

結果的にそれは正解だっただろう。

夜須斗が手当を受けている最中、

いや、お仕置きの時からずっと、仁絵は敵意に満ちた目で、雲居を睨みつけていた。



「さて・・・これでしまいや。後ははーくんにしてもらい。」


「してもらい、って・・・・」


「アハハ・・・・」


これ以上叩かれろ、というのか。

容赦なさでは風丘より雲居の方が上かもしれない。


「・・・・・・吉野。」


風丘は、まだ少し涙目の夜須斗を『名字で』呼んだ。
これは、まだお仕置きが終わっていない、許されていない証。


「・・・・・・ごめん。」


夜須斗は風丘の前に立つと、あっさり謝った。

・・・・ある計算の上で。まぁ、すぐに見抜かれるだろうが。


「・・・・? やけに素直だねぇ。・・・・何か考えがあるのかな。」


たまに素直に謝ってみれば

そんなことを言われるのは心外だ・・・・と思う夜須斗。
だが、確かに企みがあるから、言い返せない。


「・・・・やっぱそうだよね。ばれるよね・・・・。

・・・正直疲れた。久しぶりに大乱闘並のケンカして、

ケーサツなんかに連れてかれて、
おまけに変態医者に叩かれて。」


「誰が変態医者や!!」


「別に逃げたくて謝ったわけ・・・・じゃないつもりだけど。

正直早く終わらせたいのがホンネ。
もう眠いし、尻も十分痛いし・・・・
い、いや、悪かったとはほんとに思ってるよ。
夜遅くに引き取り人に、個人的な感情で親じゃなくて風丘呼んで、迷惑かけたし・・・
『ごめんなさい』が早く終わらせるための言葉じゃないってのも

もちろん、めちゃくちゃ、知ってる。」


「吉野・・・。それはちょっと違うかな。」


夜須斗の話を聞いていた風丘が口を開いた。


「残念。でもまぁ、先に光矢にお仕置きされたとはいえ、

自分から謝れたのは・・・よこしまな理由があったとしても」


「うっ」


「昔から考えたら進歩だから、特別に正解を俺が教えてあげる。」


「うわっ」


そう言うが早いか、風丘は夜須斗を膝には乗せず、

立ったまま小脇に抱えた。
そして、先程しまったばかりの、赤みを帯びたお尻を再度出す。


「本当は自分で答えを導き出してほしかったんだけど・・・痛そうだしね。」


そう言って、手を振り上げた。


バシィィンッ


「くぅぅっ・・・」


一撃は雲居ほどではない。

もちろん手加減をしてくれているのだろうが、散々叩かれたお尻には十分効く。


「『ごめんなさい』がお仕置きを終わらせるための言葉じゃない、

っていうのは正解。よくできました。
だけどさっき吉野、引き取りに来させて迷惑かけてごめん、

って言ったでしょ?それは間違い。」


バシィンッ バシィンッ バシィンッ


「んんっ・・・いったぁっ・・・ぅぁっっ・・・」


「別に俺は、深夜呼び出されようが、頭下げさせられようが、

君たち生徒の為にすることなら迷惑だなんて思わないよ。でもね・・・」


バッシィィィィィィンッ


「ぎゃぁぁぁっ」


「心配はさせられた。すごく、すごくね。

だって、ケーサツから電話あるんだよ?
人生でそんなにないよ? この仕事してて、そんなの初めてだよ。
いくら2人がケンカ強いだろうとは思っても、

迎えに行くまで、とても落ち着いてなんていられなかった。

ケガ、ひどくないかって、大丈夫かなって。」


「っ・・・・」


あぁ、そうだった、

風丘がいつも怒るのは、『心配させたこと』だった、と、
叩かれながら思い出した夜須斗は、自然と口に出した。


「ごめん・・・。」


「ちょっと足りない。」


バシィィィンッ


「ふぁぁっ! ごめんなさい!」


「はい、よろしい。(ニコッ) 

最後に三発。たっぷり身に染みなさい。」


「えっ、ちょっ・・・」


バシィィンッ バシィィンッ バシィィィィンッ


「いったぁぁぁぁぁっ」


やっぱり鬼な風丘だった。