翌日。


風丘の前では本性(?)を見せた仁絵だったが、

クラスメイト達の前では相も変わらず『女王様』のまま。


特に、最も仲が芳しくないのが惣一だった。


仁絵は夜須斗と気が合うのか、夜須斗と一緒にいる時間が長い。
必然的に惣一やつばめといったいつものグループと交わることになるのだが、

惣一との仲がすこぶる悪かった。
というか、惣一が少しは仲良くしようと試みているのを、

仁絵が冷たくかわし、それが続いて一方的に惣一がイライラしているのだ。




話は変わって5時間目の数学の授業。

そう、惣一が『厚化粧ばばあ』という仁科の授業だ。

彼女も、相も変わらず1年5組を目の敵にしていた。

そんなわけで、仁絵は仁科にすぐにターゲットにされた。

というのも、仁絵は1時間目の風丘の社会の授業以外全授業を寝倒して、

起こそうとされれば無視を決め込み、
それでもしつこく起こされると睨みつけ、悪態をつく・・・・

そんな態度を貫き通していたのだ。

地田の体育と金橋の国語がなかったのがせめてもの救いだったのだが・・・


そして、この仁科の授業でも初っぱなから堂々と机に突っ伏して寝ていた。


「・・・・・・柳宮寺君、起きなさい。柳宮寺君!」


教壇から怒鳴る仁科。しかし、当然のごとく無視する仁絵。
しびれを切らした仁科は、柳宮寺の机までつかつか歩み寄ると、


「起きなさい!」


ピシッと持っていた指し棒で机を叩く。

するとようやく、嫌そうな顔をしながらも仁絵は顔を上げた。


「んだよ、るっせぇな!!」


「授業の最初から寝るなんて良い度胸ね。

噂に聞くと、あなた2時間目からずっと寝てるらしいじゃない。」


「だからなんだよ。てめぇには関係ねぇだろ。厚化粧ばばぁ。」


「「「「「!!!!!!!」」」」」


・・・言った。 誰もが一度は思いながら、

決して当人の前では口に出せなかったその一言を。しかも平然と。

教室が騒然となる。


「なっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


絶句する仁科。

隣では惣一がポカンと口を開け、もう一方の隣では夜須斗が苦笑している。


「あなた・・・っ 教師に向かってなんなのその態度は!!!」


額に青筋を立てて怒鳴る仁科。

しかし、仁絵は悪びれもせず、そう、『女王様』モードで言い放つ。


「ふん、何が教師だよ。俺は教師だからって敬語なんか使わねぇからな。

尊敬なんてこれっぽっちもしちゃいねぇ。
こんな低レベルな授業、聞いたって何の徳にもならねぇんだよ。」


「低・・・・・レベルですって・・・!?」


拳を握りしめる仁科。

自分の授業を『低レベル』などと侮辱されたのは初めてなのだ。


「・・・・・いいわ。そこまで言うなら今からやろうと思ってたこの問題・・・・

解いてご覧なさい。
『低レベル』なんて言うなら・・・軽々解けるわよね?」


「・・・・・・」


仁科が指し示した問題集の問題は、

難易度レベルが最高位である5を示しているグラフと図形の複合問題。
たった三行ほどの問題文と小さなグラフが書かれているだけで、

あとは1ページまるまる途中式用に余白がとられている。
つまり、それだけ計算を要する、ということなのだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


その問題を示された仁絵は、仁科から問題集を受け取ると、

机に置き、じっと見つめて動かない。沈黙が1分ほど続く。
シャープペンを持つことすらせず、ただじっと問題文とグラフを見つめている。


「・・・・・・あら、とっかかりも分からないようね。この程度で・・・」


「7分の47平方センチメートル。」


「「「「「「「えっ!!!!!????」」」」」」


仁科だけでなく、クラス中が声をあげる。

ニヤッと笑ったのは張本人の仁絵と夜須斗。


「答え。どーなんだよ、センセイ?」


「うっ・・・・・・・・・・・・・・・せ、正解よ・・・・・。」


「「「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」」」


クラス上から賞賛の声があがる。

この時ばかりは犬猿の仲の惣一も。

「かかったな。」


と夜須斗。


「うるせぇ。俺は文系だっつったろ。

根っから理系のお前に勝てるわけねぇじゃん。」


「・・・・まぁ、さすが天凰でテスト順位だけは常に一位だっただけあるな。」


「フン・・・あれでこの地域一の進学校だとさ。笑えるね。」


「「「「「・・・・・・・」」」」」


もう、ついていけない。クラスメート達は口をポカンと開けている。

天凰は、生徒の半数以上が超有名国立大学・難関私立大学に合格する

超エリートエスカレーター式私立学校なのだ。


「・・・・・満足かよ。」


「・・・・・・・」


仁科をキッと睨む仁絵。仁科は立ちすくんだまま何も言えない。


「だから低レベルだって言ってんだよ。

生徒が太刀打ちできない問題ばっか出して、
分かる生徒はほっといて、解けない生徒ばかり指して、間違いを指摘して。
それで上に立ったつもりになって優越感にひたってんだろ。
お偉方が授業見に来れば、難しい問題を出してます、

レベル高い授業やってますーってな風に、
そういうときばっかりできる生徒に解かして、アピールするんだ。

今度は出来ない生徒をほっといてな。
結局可愛いのは生徒だけじゃなくて自分1人なんだろ。」


「・・・・・・・・っ」


「分かるんだよ、あんたみたいな教師は。あの学校で散々見てきたからな。

大嫌いだ、うんざりなんだよ、こういう授業。

今日見てきた中でも一番最低な授業だ・・・・」


「仁絵。」


「・・・なんだよ。」


夜須斗の制止に、仁絵が軽く睨む。


「・・・言い過ぎだ。」


「・・・・・・・・・・・フン・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・授業を、再開します・・・」






「お前、すっげぇなぁっ!」


授業後。仲が悪いことも忘れて仁絵に話しかける惣一。


「何が。」


「あのばばぁに対してだよ。

あそこまで言っちまうなんてっ 問題解いたのだって!」


「思ったことを言っただけ。

問題は夜須斗も解けてた。何もすごくなんかない。」


冷たく言う仁絵。惣一はむっとしながら、何か思いついたのかニヤッと笑って言う。


「・・・でも、ちょっと言い過ぎたよなぁ・・・。」


「・・・・何が言いたいんだよ。」


「あのばばぁのことじゃあ・・・いや、フツーの教師なら、

さっきのこと風丘に言うだろ、
そしたらお前は間違いなく『部屋行き』だな。」


「・・・・・・・・・・・!」


内心動揺する仁絵。

顔には出さないが、今ならその言葉が意味することは分かる。


「今朝風丘の前で静かだったって事は昨日もうされたよな? 

2日連続だな~ ご愁傷様っ」


「惣一・・・・性格悪いぞ。」


傍で見ていた夜須斗がため息をつく。


「・・・・・・っ」


「お前女顔だしなぁ・・・泣くと可愛いか・・・」


「るせぇぇぇっ!」


ドカッ


「ってぇなっ んにすんだよ!」


「てめぇがかんに障るようなこと言うからだろぉがっ!」


顔にいきなり拳がとんできて、

惣一はキッと睨んでガンを飛ばし、戦闘モードに入る。

かくいう仁絵はもう完全にぶち切れていて、

言うまでもなく戦闘モードだ。


「だいたいなぁ、昨日から気に入らねぇんだよ、

女王様気取りで、転校生なのに偉そうに!」


パンチやキックを繰り出しながら叫ぶ惣一。

仁絵は何発か受けながらも、反撃する。


「何それ。ひがんでんの? 

あぁ、目立つポジション奪われてイライラしてるんだ。バカじゃねぇの。」


「んだとぉぉぉっ!?」


ヒートアップする2人。

もう止められない・・・クラスメートが諦めていたその時だった。



「・・・・・・お前ら2人そろって泣かされろ。」


「まーったく・・・懲りないねぇ。」


あきれかえっている夜須斗と、風丘が居たのだ。


「なっ・・・・夜須斗っ う、裏切ったな!!」


「なーにが裏切ったな、だよ。

俺は廊下の向こうを歩いてきた風丘を急ぐように急かしただけ。
遅かれ早かれ見つかってたって。」


「うぅ~~~~」


恨めしそうに2人を見る惣一。


「ぅ・・・・ぁ・・・・・」


仁絵はというと、風丘を見た瞬間固まって動かない。


「はい、2人ともお部屋行こっか。」


「ゃ・・・・・」


「よいしょっと」


「うわぁっ! ちょ、てめっ・・・なにすっ・・・・」


放心状態だった仁絵が、

風丘の左肩に担ぎ上げられ、我に返って声をあげた。


「ほら、新堂もおいで。」


「ぜってぇやだっっ!」


「・・・・フゥ。」


「ちょ、やめっ・・・・・・やだぁぁぁぁぁぁぁっ」


嫌がる惣一を無理矢理右肩に担ぎ上げ。
風丘は悠々と『部屋』へ向かったのだった・・・・。