そして教室では、あの後、
今度は仁絵と夜須斗が口げんかを始めていた。
「お前・・・バカじゃないの!? 風丘にあんなことしてっ・・・」
「何。文句有るの?」
「お前・・・・あいつがどんな教師だか知らないだろうけど・・・
俺が注意してやったときにやめればよかったんだよ、知らないからね。
どうなっても・・・・」
クラスメートや惣一、つばめたちはただ黙って座っている。
この口論に入っていく勇気も、
命知らずともいえる仁絵に関わる勇気もなかった。
「・・・・へえ~ 変わるもんだね。
センコー嫌いで授業ほぼ1人ボイコットしてた夜須斗がさぁ・・・。
何? あいつに弱みでも握られたの? だっさ。」
「仁絵・・・・・っ」
「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」
夜須斗が仁絵の胸倉を掴んだ。
しかし以前仁絵は笑っている。
「おっ、いいじゃんいいじゃん。そのまま殴れば?
前みたいに本気でやろうぜ。
俺と互角に渡り合える数少ない奴なんだから・・・」
「お前・・・ふざけんのも・・・・」
夜須斗が腕を振りかぶった時だった。
「やめなさい。殴ったら君も柳宮寺と一緒に連れてくよ。」
「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」
入り口には風丘が腕組みをして立っていた。
夜須斗は胸倉を掴んでいた腕を放す。
「何? もう復活? 確かに根性だけはあるんだね。」
仁絵はまだ余裕で笑っている。
しかし、4人は気づいていた。
呼び方が「柳宮寺」になってる・・・・・・『お仕置きモード』だ。
しかも、しゃべり方が絶対零度的に冷たい。
完全にぶち切れてる・・・・・・
4人は自分が対象ではないのに身震いした。
「柳宮寺。来なさい。」
仁絵はフッと笑うと、
「教師のくせに学習能力がないんだ? 俺が従うわけねーだろ?
・・・・バカ教師!」
近くの机の生徒の教科書をまたもや投げつける。
風丘も二度目には引っかからずそれを受け止める。
が、今度はそれで終わらなかった。
仁絵はダッと駆け出すと、腕を振り上げ、風丘の顔面に拳を打ち込もうとしたのだ。
その一瞬の動きの速いこと。
風丘も驚き、一瞬目を見開いたが、その反応はさすが速かった。
自分の顔に当たる寸前に拳を受け止め、そのまま腕をねじって背中に縫い止めた。
「いい加減にしなさい。学習能力がないのはそっち。ほら、行くよ。」
しかし、ここで屈するような仁絵ではない。
縫い止められている腕は片腕だけ。
「ざけんなっ・・・・」
空いているもう片腕の肘を風丘の腹に打ち込んだ。
「くっ・・・・」
くずおれそうになる風丘。
しかし、決して仁絵を放すことはない。
いつまで経っても拘束がゆるまず、不審に思って振り返った仁絵に向かって
「・・・・・・・・・・往生際が悪いよ。」
そう言うと、今度は両腕をまとめて右手で掴み、
風丘は引きずるようにして仁絵を連れて行く。
「なんだよっ・・・はなせっ・・・・」
引きずられながらも最後まで抵抗する仁絵に、
4人は呆れながらもその度胸に敬服しそうになったのであった。
引きずられ、抵抗しながら、仁絵は焦っていた。
とてつもなく嫌な予感がする。
逃げなければ・・・と思うのだが、
信じられないくらい、この教師の力は強い。
そして、あっという間に風丘の部屋に着いてしまった。
「あんた・・・・何するつもりだよ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・お仕置き。」
「はぁっ!? うぁっ!」
部屋に入れられた仁絵は、ソファーに座った風丘に腕をまた強く引っ張られ、
膝へダイブすることになった。
「さーて、俺かなり怒ってるからね。
心から反省して、二度とあんなことしようなんて思わせないようにするから。」
「何言って・・・・・・・っ!? てめっ・・・ばっ・・・なにしてっ・・・」
器用に手際よく制服のズボンを下着ごと下ろしてしまう風丘。
本気で仁絵は焦った。
説教なら死ぬほど経験があったし、顔にビンタ程度までなら
親からされた経験がなくもない。
しかし、まさかこれは・・・最悪の事態が仁絵の脳裏に浮かぶ。
「言ったでしょ? お仕置き。お尻ペンペン。」
「・・・っざけんな! そんなの・・・・っ」
バッシィィィィンッ
「うぁっ!」
バシィィィィンッ バシィィィンッ バッシィィィンッ
「うぅっ・・・・っっ・・・てぇっ・・・・・マジで・・っ?」
ペンペン、なんてもんじゃない、
今まで夜須斗にも惣一にもしたかどうか分からないような全力の平手。
お仕置き初体験の仁絵にとって、それは信じられない痛みだった。
喧嘩の殴り合いで感じる痛みとは違う。
一定間隔で、容赦なく同じ場所に与えられる痛み。
それは苦痛以外のなにものでもなかった。
バシィィィィンッ バシィィィンッ バッシィィィンッ
「くっ・・・・いっ・・・・っっ・・・・」
最初はとにかく声を上げるわけには、
泣くわけにはいかないと仁絵はやっきになっていた。
あんなに偉そうに散々風丘をバカにしていて、
その風丘の膝の上でお尻ペンペンされて泣くなんて、
『女王様』と呼ばれるほどの仁絵の高いプライドが許さない。
しかし、風丘も今日は完全に泣かせるつもりなので一向に手は緩めない。
バシィィィィンッ バシィィィンッ バッシィィィンッ
「ううっ・・・・くぅっ・・・・ひぁっ・・・」
50発を過ぎた頃、さすがの仁絵の反応も変化してきた。
上げる声は徐々に大きくなり、そして・・・・
「うぅっ・・・・ふっ・・・・」
「(肩が・・・震えてる?)柳宮寺?」
「るさいっ・・・・見んなよっ・・・・」
声を上げずに、泣き声を押し殺して、ポロポロと涙をこぼして泣いていた。
声を上げるわけにはいかないと必死になりつつも、
自然と溢れてくる涙を止めることはできなかったようで。
そしてやっと、風丘も助け船を出す。
「・・・・・柳宮寺。何が悪かったの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「今日した悪いこと、言ってみなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「柳宮寺。」
「るさいぃっっ」
声は震えていて完全に涙声。
それでも素直に従おうとしないとはさすが女王様。
せっかく差し出した助け船を無駄にした仁絵に風丘はため息をつくと
「そんなに痛い思いしたいの? 分かった。」
仁絵を抱き上げると、ソファーの上に膝立ちにさせ、背中をトンッと押した。
抵抗に抵抗を重ね、体力の弱まっている仁絵は、
そんな軽い衝撃でも体を支えられずに
そのままソファーの背もたれにぶつかり、上半身が折れ、
ちょうどお尻の辺りが高くなるような格好になってしまった。
「なに・・・すんだよっ・・・?」
振り返って問う仁絵。
まだ抵抗心を完全に捨ててはいないようだが、その表情は怯えの方が強い。
「柳宮寺が素直に自分のした悪いこと言って、
反省して、ごめんなさい言えるまでこれでお尻ペンペン。」
「なっ・・・・・!? そ、そんなのっ・・・・・・・・」
そうして雲居から借りた靴べらを持ち出した風丘に、
今度は仁絵はあからさまに怯えた顔をした。
平手でここまでされたのだ。あれで全力で叩かれたら・・・・。
しかし、今日の風丘は容赦ない。
ピタピタともうすでに真っ赤な仁絵のお尻に靴べらをあてると
「全部言えるまでずっとこれだからね。」
そう言って、思い切り振り下ろした。
ビシィィィンッ
「うぁぁぁっ・・・・っいっ・・・・いたぃっ・・・」
「痛くしてるからね。ほら、次。」
ビシィィィィンッ
「うぇぇっ・・・もう・・・やだっ・・・・無理ぃっ・・・無理だよぉっ・・・・・」
二発目が当たった瞬間。
仁絵の中で何かが崩れた。
その瞬間、必死に守っていたプライドはどこへやら、口調も様子も一変したのだ。
「柳宮寺?」
さすがに異様すぎる変化に、風丘が不思議そうに名前を呼ぶ。
「もう痛いのやだっ・・・・やめてぇっ・・・・痛いっ・・・・」
かぶりを振って、子供のように必死に訴える仁絵。
その変わりように少し驚きながら、風丘は尋ねた。
「・・・・・何が悪かったの?」
「あんたに教科書投げてっ・・・眼鏡踏んで・・・殴ろうとしてっ・・・・
ひどいこと言って・・・っ」
「うん、そうだねぇ。」
「むかついたっ・・・夜須斗はセンコー嫌いだったのに、
あんたのことは認めてるっぽかったし・・・
だいたい俺が最初全身校則違反で来たのに、
なんも注意しないで余裕でニコニコ笑ってるだけだしっ・・・
その余裕がむかついたっ・・・・
今までどんなセンコーも俺見たらガミガミ注意してっ・・・・
俺はそんなセンコーを黙らせてっ・・
いつも・・・いつもそうだったのにっ・・・あんただけ・・・・あんただけ・・・っ
余裕で笑って・・・っ、
俺、子供だって、ガキっぽいってバカにされてるみたいでっ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・分かった。それで? ごめんなさいは?」
風丘がゆっくり聞く。すると仁絵は小さな声でぽつりと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ごめん・・・なさい・・・・。」
「(あれ? 意外とあっさり・・・ 笑)」
いつもなかなか言わない連中に苦労している風丘は、
少し肩すかしをくらったような気持ちになった。
あれだけプライドが高いのだから、もう少し粘られると思っていたのに。
「よし、じゃあ仕上げに三発。」
風丘がそう言って靴べらをまた持ち上げた瞬間。
「!!?? やだっ・・なんでっ!? 俺、謝ったしちゃんと言ったっ」
ソファーから体を起こして、必死の形相で訴える仁絵。
そのあまりの必死さに笑いそうになりながらも、風丘はびしっと言う。
「うん。だから今日のこと忘れないように・・・」
「やだよっ あんた言ったあと叩くなんて言わなかったっ
もう痛いのやだっ・・・」
「うーん・・・・」
こんな駄々をこねられたことはなかった風丘は苦笑した。
確かに罪を言って謝罪したあと叩くとちゃんとは言わなかったが・・・。
何かが吹っ切れて赤ちゃん返りだろうか。
「もうあそこまで悪いこと、しないね?
すこしのやんちゃは有る程度他の先生よりは許してあげるけど、
あそこまでされたら俺だってこんなに怒るの。分かった?」
仕方なく、風丘は諭すように言う。
「・・・・分かった。」
「・・・・・・・・・しょうがない。じゃあ、一発だけね。」
「え゛っ!?」
ビシィィンッ
「うぁぁぁぁんっ!!」
風丘はそんなに甘くはなかった。
言うが早いか打ち下ろされた靴べら。
その痛みに号泣し、仁絵はソファーから崩れ落ちる。
「はい、おしまい♪」
笑顔の風丘。しかし、そんな風丘に仁絵は驚きの行動をとった。
「・・・・・・・!? 仁絵・・・君? 何してるの・・・かな?」
「・・・・・抱っこ。」
「・・・・え?(汗)」
真っ赤なお尻を出したまま、仁絵は風丘に抱きついてきたのだ。
今までこんなことなかった風丘は焦った。
「仁絵君・・・君って・・・プライドの高い『女王様』じゃ・・・」
「うるさい・・・・・いいじゃん、甘えたって・・・・・
あんたこそあんな子供扱いしといて・・・・」
顔を真っ赤にしながらも、ぎゅっと抱きついて離れない仁絵。
その様子を見て、風丘は仁絵の性格を悟った。
「・・・・なるほど・・・・・つまり・・・・ほんとは甘えんぼさんなんだぁっ☆」
「っ・・・・・・それは・・・・・・」
図星だったようで、赤面してどもる仁絵。
風丘は、そんな仁絵を見て微笑んで、
「いいよ~ お仕置き終わったら、
仁絵君も俺の大事な可愛い生徒だからね。」
と言ってポンポン、と背中をあやすように軽く叩く。
「・・・・・・・・・・・・・・・俺、親父やお袋に愛想尽かされて・・・・
甘えるとかそういうの分かんなくて・・・・その・・・・・」
そのリズムに気持ちよさそうに身をゆだねながら、
仁絵がぽつりぽつりと話す。
「・・・・仁絵君・・・・・かわいいなぁっ もう~
みんなの前でもそんな感じでいればいいのにぃ~」
「ばっ・・・んなことできるかっ」
「何? 俺の前だけ?」
「うぅ・・・・・・うん。」
「かーわーいーいー☆ 顔も可愛いけど性格最高!」
「顔のこと言うなっ!!」
顔を真っ赤にする仁絵。しかし、頭を撫でられ、
いつの間にか持ってこられたタオルでお尻を冷やされるのは
まんざらでもないようだった。
柳宮寺仁絵、転校初日の出来事だった。