「悲しいお知らせだけど・・・
仁史君が・・・・転校することになりました。」
「なっ・・・・・」
「マジ・・・?」
「うそ・・・・・」
とたんに教室中にざわめきが広がる。
9月も終わりに近づき、
徐々に涼しく秋らしくなったある日の放課後。
惣一が罪を夜須斗に半ば無理矢理自白させられ、
風丘からお仕置きを受けたあの日。
惣一が帰った後の内線電話は、
仁史からの電話を職員室からつないだものだった。
彼本人の口から転校のことをそこで初めて知らされた。
説明もされた。
父親の職業は会社員で、その上転勤族だということ。
小学校までは単身赴任に留まっていたが、
今回は長期で帰ってくるめども立たないので家族全員で引っ越すということ。
そして、出発は2日後だとも。
仁史はなんだか言いづらく、ギリギリまで引っ張ってしまったと言っていた・・。
前に出て、風丘に言ったのと同じようにクラス全員に説明する仁史。
しかし、この展開に最も納得いかないのはもちろんこの4人だ。
「・・・・・何、それ。今まで知ってて黙ってたってわけ?」
夜須斗が少し仁史に睨みをきかせて言う。
「もっと早く言ってくれればお別れの準備とかできたのに・・・。」
しょんぼりした様子で洲矢が言う。
「ひっどいよ仁史! 突然すぎるっ」
むーっとむくれて、つばめが文句を言う。
「悪ぃ、悪ぃ。いざとなったら言い出しにくくってな、許せ。」
しかし、当の本人はその3人の言葉をさらっと受け流して答える。
あまり深刻に考えてはいないようだった。
そして、もう1人・・・激怒している人物がいた。
「んだよ・・・それ・・・・・・・・・・・・・っ・・・・仁史ぃぃぃっ!」
「「「「「!!!!!」」」」」
「・・・・・・・」
「惣一君・・・・」
惣一が突然立ち上がって叫びながら走り出し、
前に出ていた仁史の胸倉を掴んだ。
教室中がざわめく。
いきなりすぎて他の3人も反応できず呆然としている。
風丘は、表情を曇らせてはいるが止めようとはしない。
そして仁史は・・・無言だった。
「何が『いざとなったら言い出しにくい』だよ!
ざけんじゃねぇ! んな大切なこと、何で今の今まで黙ってやがった!」
「・・・・・・・・」
「黙ってねぇでなんか言えや!」
本気で怒ってる・・・・
普段から不良っぽく、教師にたてつく惣一を見てきたクラスメイト達だが、
本気で激怒・激情している惣一を見るのは、あの日以来・・・・
そう、惣一が数学教師に対してキレたとき以来だった。
「・・・・・・・ふぅ。んな怒んなって。
どうせ全員にこうやって説明するんだから、
わざわざ言うまでもねぇって思ったんだよ。
気ぃ悪くさせちまったんなら悪かったって。」
「てめぇ・・・・ざけんのも・・・・いい加減にしろぉぉぉぉっ!」
ドカッ
「っ・・・・・・・・」
「惣一君!」
「惣一!」
「きゃぁぁぁっ」
風丘・夜須斗が同時に声を上げる。
女子が悲鳴をあげる。
惣一はその瞬間・・・仁史を拳で殴っていた。
そして仁史はそれを避けることも応戦することもなく・・・
ただ黙って左頬にその拳を受けた。
「なんだよ・・・お前にとって俺や夜須斗、つばめ、洲矢はその程度の奴かよ・・・
小学校から一緒につるんでたってのによ・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「もういい! てめぇなんざとっととこの学校から消えちまえ!」
「惣一! それは言い過ぎ・・・・」
夜須斗が惣一をなだめようとするが、惣一はもう止まらない。
「仁史なんか・・・・仁史なんかダチじゃねぇ!!!」
「惣一君!」
そう叫ぶと、教室を出て行ってしまった。
叫んだ瞬間、風丘が一瞬咎めるように名を呼んだが、惣一は無視した。
「惣一・・・・・・・」
夜須斗が惣一が出て行ったドアを見つめて呟く。
そして、洲矢が不意に口を開いて言った。
「怒ってたね・・・・惣一君・・・・」
「うん・・・めちゃくちゃキレてたね・・・・。」
つばめがそれに相づちを打つ。
が、洲矢はその後に言葉を続ける。
「でも・・・・・惣一君怒ってたけど・・・・泣いてたよ・・・。」
「え?」
「教室から出てくとき・・・・惣一君、泣いてたよ・・・。」
教室がシンと静まりかえる。
沈黙が続いて・・・・風丘が口を開いた。
「・・・・仁史君。どうしてあんな言い方したの?
惣一君を怒らせるような言い方・・・・。
それに、何の抵抗もしないで殴られたりして。
仁史君なら、避けるぐらいできただろうに・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・別に。殴りたいなら殴らせてやろうって思っただけ。
黙ってて悪かったのは事実だしさ。
ほら、それより風丘、早く帰ろうぜ。もう下校時刻じゃん。」
時計を指さしてニコッとそう言う仁史。
風丘は少し黙ると、仕方なく帰りのあいさつをして解散にした。
みんながぞろぞろと帰る中、風丘は仁史を呼び止めた。
「ちょっと部屋まで来て? 大丈夫、今回はお仕置きナシだから。」
「え? 俺ちょっと用事が・・・・」
「どんな用事? 大事な用事ならご両親も知ってるよね。確認の電話・・・・」
「あー! 嘘、嘘。めんどくて言ってみただけ。
風丘って変なトコで真面目だよなぁ。行くよ、行く。
ああ、でもマジで尻叩くのはナシだぜ?」
軽口を叩きながら、仁史は風丘に従った。
部屋に入ると、ソファーを勧め、自分も座った。
「転校先、福岡だっけ? 遠いねぇ・・・転校しても忘れないでよ。」
「忘れねぇよ。あんたの印象、強烈だし。」
「フフッ ひどいなぁ・・・。」
ところで、今回は本当にお仕置きをするつもりがなかった風丘は、油断していた。
部屋の入り口のドアが、微妙に少し開いていたのだ。
そしてそこにちょうど都合良くやってきたのが・・・
「(風丘なら・・・なんか知ってんのかな・・・。)」
惣一だった。理由が知りたかった、それだけ。
本当にそれだけだったのだが、どうも自分の性格はいけない。
すぐにキレて手が出る。
最近は風丘によって改善されてきたが、また抑えきれないくらいキレてしまった。
友達の仁史が転校なんて大事なことを自分たちに隠していた理由。
それが知りたくてたまらなかった。
今回は、もしかしたらお仕置きされるかも、なんて恐怖よりも、
その『知りたい』という気持ちが勝っていた。
放課後、一度は教室を飛び出したものの、
足は自然と風丘の部屋に向かっていた。
風丘が生徒のことを見抜く力に長けているのは、
もうすぐ半年、短くてもいろんな意味で濃い付き合いの中で十分に承知していた。
だからこそ、何か知っている、若しくは感づいたのではないか、と
聞いてみようと思ったのだった。
しかし、そこには・・・・
「(げっ、仁史・・・・。)」
先客がいた。惣一は仁史の姿を見た瞬間、慌ててしゃがみ込んで隠れた。
気まずいし、2人はすでに話し込んでいたからだ。
邪魔をしてはいけない気がした。
でも、そういう話に限って聞いてみたくなってしまう。
ドアが微妙に少し開いていて、会話は漏れ聞こえてくる。
惣一はそのまま2人の会話に耳を傾けた。
「・・・・・どうしてあんな態度とったの。」
「・・・・どうして、って何が?」
「しらばっくれない。惣一君や夜須斗君、みんなへのあの態度だよ。
あんなかんに障るようなことわざとして・・・・。」
風丘はふぅとため息をつく。仁史も、はぁっとため息をついた。
「・・・・・・ばれてるよな、やっぱ・・・・」
「そりゃあ、熱血系で友情第一!って感じの仁史君が
あんな態度、普通にしてたらなるはずないってことぐらい分かるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうして? もう明日の午後発つんでしょ? このまま後味悪くていいの?」
「(明日の・・・・午後っ!?・・・・っ・・・・)」
「・・・・・・とてもじゃねぇけど出発できない、って思ったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あいつらは小学校からの付き合いで・・・・大事な友達で・・・・
だからああやって突き放しでもしないと・・・・・
出発なんてできねぇって思ったんだ。
離れ離れなんか・・・・ほんとはなりたくねぇけどっ・・・
でもっ・・・不可抗力じゃんっ・・・・だったら・・・」
仁史の声は上ずっていた。今にも泣き出しそうな声だ。
そして、それを部屋の外で聞いていた惣一は目を見開いた。
「なっ・・・・・・・・」
「夜須斗君は気づいてたみたいだね。
だから、最初少し怒りはしたけどその後キレた惣一君を止めようとした・・・・。
でもね、仁史君。みんながみんなそう察しが良いわけじゃないんだよ。
惣一君がキレたのは・・・
仁史君のそういう思いが分からなかったからじゃないかな。
ねぇ、仁史君。そんな分かりづらい、どっちも嫌な思いするお別れで良いの?
もっと良い方法があるでしょう?
さっきのは、仁史君が考えた上での対応だったのかもしれないけど・・・・。
でも、それで気持ちよく福岡で新しい生活始められる?
このままで行っても、結局引きずっちゃうだけだと思うな。」
風丘の諭すような優しい言葉。一言、一言を仁史はただうつむいて聞いていた。
「か・・・ざお・・か・・・・」
「もっとすっきりしたお別れしてきなよ。
それのほうが、よっぽどお互い楽だと思うよ?」
「でも・・・・今更・・・・」
もう我慢できなかった。
惣一は、次の瞬間駆けだして部屋に飛び込んでいた。
「仁史!」
「そ、惣一!?」
気づいていなかった仁史はびっくりして声をあげた。
風丘も目を丸くする。
「んだよ、それっ・・・!
単純筋肉バカのお前が・・・んなこと考えてるなんて気づくかよっ
俺・・・俺、勝手にキレて・・・
俺・・・鈍感だからっ・・・バカだからっ・・・そんなの気づかねぇよっ・・・・」
「惣一・・・ごめん・・・俺・・・・」
仁史のシャツにしがみつくようにして顔を埋めた惣一。
その目には涙が光っているようだった。
仁史も、そんな惣一を見て、申し訳なさそうに言う。
「あー! また泣いちまったじゃんかよ・・・かっこ悪ぃ・・・・」
「・・・・・メール送る。最低でも週一。だから・・・」
「分かってるよ! 来なかったらこっちから送りつけてやる!」
「・・・・・・・・・ハハハッ 頼む。」
「・・・・・・・・・・さて、決着はついた?」
「うぁ・・・風丘・・・・」
突然の風丘の声に、惣一はわかりやすく顔を引きつらせた。
禁止されていた暴言を吐いたこと、少しは覚えていた。
「後は明日の出発の時までにみんなでどうにかしなさい。
さ、新堂。ちょっとおいで。」
手招きする風丘。名字呼びになったということは、お仕置き確定。
「や、やだ・・・・ 痛いっ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「!? うわぁっ・・・・・・・・・・・・ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「はい、おしまい♪ ほら、2人ともさっさと帰んな。」
瞬間、風丘は惣一の腕を引っ張って引き寄せ、
思いっきりお尻を服の上から抓ったのだった。
しかも抓ってそのまま引っ張ったものだから、
服の上など大して関係なく、痛くてたまらない。
惣一は絶叫した。
「っにすんだよっ!? いったぁぁ・・・・」
「しつこくお尻ペンペンするのはやめてあげたんだから感謝しなさい。
ほら、俺はこれから転校生の手続きしなくちゃいけないんだから
早く帰った帰った!」
「「転校生?」」
2人がハモる。転校生なんて初耳だ。
「そう。仁史君と入れ替わりで来るんだよ。男の子。」
「良かったじゃん惣一! 仲間に入れてやれよ。」
それを聞いて、仁史は笑顔で惣一の肩を叩く。
「・・ああ。」
この『転校生』がさらなる波乱をうむとは、まだ誰も気づいていなかった。