「んあ~~~ 暇ぁ~~~」

「だねぇ・・・・。」


放課後。

屋上で寝転がって雲1つ無い爽やかな秋の青空を見上げながら、
ふいに惣一がそう言った。

つばめもそれに答える。


いつもなら5人でつるんでいるはずなのだが、

仁史は所属するサッカー部の活動日でいない。
サッカーが大好きだから、部活だけは絶対にサボらないのだ。

洲矢は合わなかったピアノの先生を変えてもらい、

今は楽しくレッスンをしているらしく、
今日もレッスン日だからといって下校時刻になるとすぐ帰って行った。

夜須斗は一度屋上に来ていたが、雲居が現れ連行していった。

何か仕事の手伝いをさせるらしい。
普段、教師をものともしない夜須斗だが、

風丘と雲居だけには逆らえないのであった。


普段のように5人もいれば会話がとぎれることもなく、

何か遊びも見つかるものだが、
2人では話し続ける、というのも無理がある。

することも特になく、先程からずーっと寝ころんでいたのだが・・・


「なんか遊ぶもん持ってねぇの? つばめ~」

「え~何にも・・・・あれ?」


ふとつばめが見つけたもの。それは、古ぼけた野球ボールだった。


「なんでこんなトコに・・・」

「ああ? ああ、野球部の3年とかが

バッティング練習で特大ホームランでもかましたんだろ。
ずいぶん薄汚れてるし・・・結構前のだな。

これで暇つぶしでもするか。」

「キャッチボール?」

「ああ。・・・・お前、できる?」


疑いの目をつばめに向けながらも、惣一はつばめに向かってボールを投げる。


「なっ・・・できるよ! それくらい!!」


つばめはボールをキャッチし、キッとムキになって言うと、

ボールを掴んで屋上の端まで走り、

そこから助走をつけながら思い切り惣一に向かって投げた。


「えーいっっ!!」

「うぁっ!! ちょ、お前バカ!」


案の定、ボールは大きすぎる弧を描いて悠々と惣一の頭上を越えていく。

惣一は焦ってダッシュした。
実は、1学期、同じように屋上でキャッチボールをしていた野球部の部員が

投げる力を間違えて

ボールはそのまま地面に落下し、

その下にある駐車場に止めてあった教師の車のボンネットを

軽くへこませるという事故があったため、
屋上でボール遊びは禁止、という新たな校則(?)ができたのだ。
もしこのままボールが落ちるようなことがあれば、

その1学期の野球部員と同じことになりかねない。
惣一はダッシュした。力の限り。

だが、そのとき足下は見えていなかった。


~~~~ベキッ


「え゛っ!?」


何か嫌な音がした。

そう思ったが、とにかくそのままダッシュしてすんでの所でボールはキャッチした。


「ふーっ・・・・セーフ・・・・・で、さっきの音は・・・・」

「惣一・・・まずいよ・・・・」


惣一が踏んだのは、無造作に置かれた惣一、つばめ、

そして一度屋上に来た夜須斗のカバンの山。
そして惣一の踏み跡がついているのは・・・・


「や、夜須斗の・・・・」


運悪く、この場にいない夜須斗のカバンだった。


「ベキッて音・・・したよな・・・・」

「うん・・・・したね・・・・」

「なんでよりによって夜須斗なんだよ~~ 

俺のとかだったら大したもん入ってねぇのに・・・」

「僕のも・・・・」


夜須斗のカバンの中に何が入ってるかなんてよくは知らない。
だが、ベキッといったということは

確実に何かが壊れているのだとしか考えられない。


「う~~~」


考えてもしょうがないと、惣一は夜須斗のカバンを開ける。

教科書、参考書、やたら難しそうな本・・・・
高そうなMDプレーヤーも無事だった。


「何が壊れたんだ? あとは筆箱しか・・・・・・・・・・!!!」


布製の筆箱を取り出した瞬間、原因は分かった。

・・・筆箱の一部が黒くなっている。インクがしみ出している。
筆箱を開けると、中には、

インク漏れをして、先が曲がり、使い物にならなくなっている万年筆があった。


「万年筆・・・・?」

「や・・・やべぇ、つばめ、これ・・・・

夜須斗が新学期の自己紹介プリントに・・・・」


「えっ・・・? ああああーっ!!」


新学期、掲示用に書いた自己紹介プリント。

そこで、「何か好きな物は?」という実に抽象的な質問に夜須斗が書いた答え。

『父さんが外国で買ってきた万年筆。

高いらしいケド・・価値はわかんない。書きやすいから好きなだけ。』

あのときの万年筆がこれならば、

外国製の、高い万年筆を壊してしまったことになる。


「どうするよ・・・・・これ・・・・」

「どうするって・・・・言われても・・・・」

「とりあえず・・・・隠すか?」

「ええっ・・・でも聞かれたら隠し通す自信ないよ~」

「分かってるよ、んなこと! 

でもばれたらぜってぇ半殺し・・・いや殺されるかもしんねーじゃん!
あいつ怒ったらはんぱなく怖いしっ」


そう、夜須斗は怒ったらとても怖いと仲間内では有名だった。

ただでさえ、クールなあの性格が
どことなく冷めていて、怖そうな印象。口を開けば毒舌。冷酷。
他のクラスメート、特に女子は、

夜須斗のことを怖がってあまり話しかけようとしない。
惣一たち以外に「友達」として話せる者、
教師では風丘たち以外に夜須斗相手にまともに渡り合ったり、

言いくるめられる者はいなかった。


「・・・・よし、筆箱だけ隠そう!」

「えっ? ほんとにするの~? 僕知らないよ、どうなっても・・・。」

「なんでお前が他人面してんだよ、

お前がボール投げんの下手なせいだろ、こうなったの! お前も共謀しろ。」

「え~~~~ 夜須斗に怒られんの怖いよぉ・・・」


つばめはブツブツ言いながらも、仕方なく惣一に協力することにした。
惣一は夜須斗のカバンから筆箱を出すと、自分のカバンにつっこんだ。


「とにかく、言うなよ。それがお前のする『協力』だ。」

「・・・う、うん・・・」


そして、この日は光矢に頼まれた(?)仕事がよほど多かったのか、

夜須斗は屋上になかなか帰ってこず、
2人は夜須斗に会うことなく下校した。






そして翌日。

教室では夜須斗の顔を見ると、なんだか気まずくて、

惣一もつばめもいつもより無口だった。
だが、そんな惣一とつばめの心境なんて関係無しに朝のHRが訪れ、

いつものように軽い風丘の今日のお知らせを聞き、
HRが終わる。その時、夜須斗が席を立ち、風丘に聞いた。


「ねぇ、風丘。俺の筆箱とか落とし物なんかに届いてない?」

「え? あの青いやつ? うーん、特にないよ・・・?」

「ふーん、そう。悪ぃ。」

「何? なくしたの?」

「昨日、家で見たときからないんだよね・・・ 入れたはずなんだけど。」


「夜須斗君はしっかりしてるから

落とし物とか忘れ物とかしないのにねぇ。」

「ま、いいや。代わり持ってきてるし、もっと探すから。サンキュ。」

「はいはい。」


このやりとりを見ていた惣一は、


「(俺やつばめに話振んなよ・・・・)」


と祈っていた。この状況で洞察力の優れた夜須斗に聞かれて、

平気で切り抜けられる自信は・・・・はっきり言ってない。

幸い、1時間目が始まり、

そこから今日は移動教室が目白押しだったので夜須斗が尋ねる暇もなく、

昼休みになった。

いつもの屋上には、こんな時にタイミング悪く夜須斗と惣一の2人。


ここでついに夜須斗が惣一に声をかけた。


「惣一。お前、俺の筆箱知らない?」

「えっ!? し、知らねぇよ・・・・(やばい、目が泳ぐ・・・・)」


そんな焦ってる惣一の心境を見透かしたかのように、

夜須斗は恥ずかしいくらい顔を接近させて言う。


「惣一。朝から変。何かあった? 今も、目泳いでるし。」

「べ、別にっ 何でもねぇよっ」

「・・・・・・ふ~ん。そう?」

「(ばれて・・・る?)」


夜須斗の目は惣一に向けられたまま。惣一は顔が火照るのを感じた。


「・・・ねぇ。俺、昨日屋上にカバン置いて出てったじゃん。

そんときにさぁ・・・なんかあったんでしょ?」

「へっ!?」

「いいの? 黙ってても・・・・・・」

「な、なにを・・・?」

「ふ~ん。そういう態度。それでもいいけど・・・・・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「(ううっ・・・・・・・はぁあ・・・・)・・・ごめん夜須斗っ」


ついに、夜須斗の無言の圧力に耐えきれず、惣一は白旗をあげた。

何が起きたのかを説明する。終止、夜須斗は無言だった。


「・・・・そういうこと。なに。そんくらいで人の筆箱盗って隠したの?

・・・・バカじゃない?」

「だって・・・お前怒るじゃん・・・・万年筆・・・壊しちまったし・・・」

「・・・・・・・・・・・・別に。あの万年筆、三本セットだったし。」

「・・・・・・・はぁっ!?」


夜須斗にそう言われ、惣一は声をあげる。

じゃあここまでする必要なかった・・・と思う。


「でも怒ってるけどね。・・・隠されたことにたいして。」

「あ、ああ・・・・悪かったよ。」

「・・・・ダメ。そんなんじゃ許せない。」


あっさり否定され、惣一は狼狽える。


「うっ・・・・・・・何すりゃ・・・いいんだよ。」


内心は、謝ったしいいじゃんかよ、と思っている。

だが、そんなことを口に出したら
口げんかにでもなることは長年の付き合いで分かっていた。
しかも、取っ組み合いのケンカならまだしも、

口げんかで夜須斗に勝てる訳がない。
ここは折れて、どうすれば許してくれるか聞くしかない、そう思ったのだ。

ちなみに、惣一が自分から折れるなんてのは

同級生では夜須斗しかいない。


「そうだな・・・・」


少し思案して、夜須斗はおもしろいことを思いついたかのように、

ニヤッと怖い笑みを浮かべて言った。


「じゃあ、さっき俺に説明したみたいにここまでの経緯を風丘に言ってこい。」


「・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」


聞いて数秒後、その意味に気づいて惣一が大声をあげる。

それはある意味「自殺行為」だ。
この経緯を話すということは屋上でキャッチボールしたこと、

夜須斗の筆箱を隠したことなんかを風丘に言うということ。
それは、自分からお仕置きされにいくのと同じようなこと。


「んでそんなことしなきゃなんねぇんだよっ・・・・・・」

「おもしろそうだから。」

「お前・・・っ・・・ざっけんなっ・・・!」


元々血の気の多い惣一は、今の一言で頭に血が上り、

拳を夜須斗の顔面にたたき込もうとした。
しかし、そんな惣一の様子に怯むことなく夜須斗は続けた。


「殴っても良いけど。」


その様子は至って冷静。不適な笑みも崩れていない。


「俺の腫れた顔見たら風丘はどうするだろうね?」


その瞬間、惣一は拳を夜須斗の顔面で止めた。

そんなことになれば罪状は更に増えてしまう。


「・・・タイムリミットは今日中。明日の朝、風丘にお前がちゃんと来たか聞くから。
ちゃんとつばめも連れてきなよ。ボール投げんのミスったのはつばめみたいだし。
さぁ、どうするのかな。楽しみだね。」


そう笑いながらさらりと言ってのけて夜須斗は屋上を出て行ってしまった。


「こんの性悪・・・・・・・」


最近、風丘や雲居に弄ばれている夜須斗ばかり見ていたから

あまり見られなかったが、久しぶりに見て改めて思い知らされた。
こいつは、本来絶対敵に回したくない、

頭の回転が良くて、口が達者で、

その上腹黒くて怒らせたらハンパなく残酷になって怖い、
惣一なんかが1人で太刀打ちできる相手じゃなかったということを。


もし今日中に言わないで逃げたとして、

夜須斗に洗いざらい言われてしまっては意味がない。
どんな選択をするにせよ、叱られることは確定だ。

自己申告か他人から報告されるか。
どちらが罪が軽くなるかは・・・・・。


タイムリミットは今日まで。

今は昼休みがもう終わる時刻。言うチャンスは放課後ぐらいだ。
惣一はため息をついて、午後の授業に向かった。


当たり障りのないように上手くごまかしつつオブラートに包んで言うか、

それとも・・・・。

5時間目、国語の時間をフルに使って惣一が導き出した答え。

それは・・・