放課後の会議室。



「(これから職員会議かぁ・・・・

別に、俺は話聞いてるだけだからいいんだけどねー)」


風丘は、小さくあくびをした。




「これから職員会議を始めます。お願いします。」

「「「「「お願いします。」」」」」

「今日は指導部からの提案があります。地田先生。」

「はい。」

「最近・・・6月に入り、中間テストも終わって

生徒たちの気のゆるみが気になります。」

「(そりゃあ・・・・でも、テスト終わったんだし、

気ぃゆるめるなっていうほうが無理な話なんだよねぇ・・・)」


あの惣一のプチカンニング(?)騒動の原因ともなった、

生徒にしてみればただの苦痛にしかならない中間テストも終わり、


(ちなみに惣一は他教科はボロボロだったものの、

社会は50点満点中30点。こんな点とったことない、と飛び跳ねて喜んでいた。
夜須斗は全教科トップの点で、ダントツ総合一位だった。)

気を緩めるな、というのは確かに生徒たちにしてみれば無理な話なのだ。


「特に、それが服装の乱れ、

校則違反物の持ち込みにつながっていると思われます。」

「(うわぁ・・・先生たち、みんな、うんうんって頷いてるよ・・・・

でも、服装の乱れなんて、どうせ腰パンレベルでしょ? 
だったらとやかく言うことないと思うんだけどなぁ・・・・

違反物の持ち込みはまぁ、ダメだけど。って・・・
教師がこんなこと言っちゃダメか。)」


この学校は比較的服装や持ち物の校則指定が厳しいのだ。


「そこで、明日。抜き打ちの服装検査、持ち物検査を実地します。」


「(・・・そこまでいきなりするの? そりゃあいくらなんでも・・・)」

「まず服装検査ですが、

これは校門前で、わたしと金橋先生が主に行います。
チェック項目は頭髪のワックス、

女子はヘアゴムの色、男子はボタンを
規定の数閉めていない、腰パンとベルトの種類、

女子はスカート丈、男女共に下に体操服を着ていないか、靴下の色・・・
とこんなところです。校門前でなおさせてから入らせます。
ワックスをつけてきた者は保健室のシャワーで流させますので雨澤先生、

それはお願いします。」

「は、はい・・・。」

「ヘアゴム、ベルト、靴下はこちらで予備を用意して、

つけてきたものは没収、下に体操服を着てきた者はプール横の更衣室で
男女ともに体育がその日有ろうが無かろうが着替えさせます。
一人ずつ、更衣室に監視の先生をお願いします。」

「(えー・・・それはやり過ぎだと思うけど・・・・

だいたい、そんなことしたらうちの五人組・・・
惣一君やつばめ君や仁史君なんてすぐ引っかかるだろうなぁ
・・・でも、この全員賛成!みたいな雰囲気で

反対意見言ったら絶対空気悪くなるし・・・・)」

「持ち物検査につきましては時間がかかりますから、

教室で担任の先生方にお願いします。教室の中で一列に並ばせて、
朝の読書の時間を使って行ってください。
特に気をつけていただきたいものは、CD、漫画、ミュージックプレイヤー系統のもの、
ゲーム類、ヘアワックス、化粧品類、飲食物、携帯などです。
その他の判断は、担任の先生にお任せします。」



結局、賛成多数で早速、明日執り行われることになってしまった。


「(・・・・・あーあ、結局やることになっちゃったなー・・・・

ふぅ。仕方ない。職員室に戻ろっと。)」

「風丘。」


風丘が振り向くと、そこには地田と金橋が立っていた。

この二人がそろったときに、学生時代からろくな目にあっていない風丘は、

平然を装ったつもりだったが、
少なからず顔は引きつっていた。


「・・・・・何か?」

「お前のクラスの持ち物検査は、わたしと金橋先生でやるからな。」


いきなりの話に風丘は、少し顔をしかめながら言った。


「・・・・俺では頼りないですか?」

「お前。この学校一年目だろ。持ち物検査の要領知らない奴に、

だらだらやられても困るんだよ。」

「ああ、そういうことですか・・・」

「風丘君は、教室の後ろで待機して、何かあったら手伝ってくれればいいわ。」


「わかったな。」

「・・・・・・・・」

「わかったな?」

「・・・仕方ないですね。わかりました。」


風丘はやや納得していなかったが、

これ以上この二人を相手取って議論しても
自分が疲れるだけだ、と悟り了承した。


「(あー・・・・・かわいそうに。

うちのクラスの子たち・・・・金橋先生と地田先生が
タッグ組んだ持ち物検査はきっびしいぞぉ・・・・・)」




次の日。予告無しで始まった服装検査に、

生徒たちはみんなあれよあれよという間に引っかかった。
1年は、まだ一学期ということもあり、違反者はそこまで多くなかったが、
2年や3年は検査されるたびに引っかかる、といった状態だった。
地田と金橋は容赦なくボタンのかけ忘れまで注意して、チェックしているため、
校門前は長蛇の列になっていた。

そして、登校時間が終わり、朝打ち(朝の打ち合わせ)で、

担任の先生たちに
自分のクラスの違反者と違反内容をまとめた名簿が渡される・・・

風丘に名簿を渡すとき、金橋は


「わかってた通りの結果ね。」


とイヤミっぽく言って渡した。

風丘は、その名簿を見て苦笑した。


「(ハァ。やっぱり・・・・

夜須斗君と仁史君はボタンのかけ忘れと腰パンだからまだいいとして、
惣一君はヘアワックス、つばめ君は違反のベルト・・・・って・・・・

まぁ、予想通りっちゃあ予想通りだけど、
少しは予想を裏切ってくれないもんかなぁ・・・
っていうか、違反者これだけだよ・・・

うちのクラス、結構他の子まじめなんだなぁ・・・って思ってたけどさぁ・・・
さて・・・これから持ち物検査かぁ・・)」


風丘が名簿を眺めていると、


「行くぞ。風丘。」


地田と金橋が持ち物検査に向かうべくやってきた。


「ああ・・・はい。って先生。まだそんな物騒なもの持ち歩いてるんですか?」


風丘の目に飛び込んできたのは

金橋の手に握られた『指し棒』と、地田の手に握られた『竹刀』。
しかし、この二人の手に握られればこれはとどのつまり『凶器』だった。

風丘は学生時代、これで痛い思いをしたことが山ほどある。
地田の手にあるのが木刀じゃない、ということに喜ぼうと努めたが、

とてもそんな気にはなれなかった。


「何言ってるんだ、わたしは今の体育の授業でもこれを持ってるぞ?」

「わたしもよ。国語の授業の必需品ね。」

「・・・・まさか昔と同じことしてないですよね。」

「「さぁ?」」

「・・・・・・・」


風丘は、まだ教室にたどり着いてもいないのに疲れを感じた。





教室。

生徒は、わいわいがやがや楽しそうにやっている。


「じゃあ、検査の説明は俺がすればいいんですよね?」

「ええ。でも反論されても無視して続けなさい。良いわね?」


風丘は有無を言わせない金橋の口調に苦笑しながら、教室に入った。


「おっはよー!」

「「「「「「おはようございまーす」」」」」」」

「はいはい、席についてー。今朝、いきなり服装検査でびっくりしたでしょー?
でも、うちのクラスはあんまり引っかかってなかったみたいだねー 

えらいえらい。
まぁ、一部を除いて・・・・ねぇ?」

「「「るさいっ!」」」

「「「「アハハッ」」」」」


惣一たちの反論にクラス中が笑う。

いつものこの雰囲気を壊したくないと切に願いたいが、そうもいかない。


「はいはい。それでねぇ。今日はもう一つ・・・

持ち物検査もやんなくちゃなんないんだ。」

「「「「「「「「「「ええーっ!!」」」」」」」」

「うーん・・・・みんなの気持ちもわかるけどねぇ・・・・

でも、持ってきてなければ大丈夫だし☆」

「でもぉ・・・・」

「だって聞いてないよ・・・」


口々に文句が出る。五人組も相当不服そうだ。


「ごめんごめん。でも、お願いだから、付き合って? ねっ?」


風丘は手を合わせて頼んでみる。

それでもクラスはどんよりとしている。

そこに、しびれを切らしたのか二人が入ってきた。


「はい。そこまで。静かにしなさい。」


風丘は、仕方なく教室の後ろの隅に移動した。


「おい! なんでこのクラスにあの2人が来んだよ!」


後ろの隅の席の惣一が風丘に聞く。


「あ、ああ・・・今日の持ち物検査さぁ・・・

地田先生と金橋先生がやるんだよねぇ。」

「「「「「「「「「「「「ええ~~~~~~~っ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」


小さい声で答えたつもりだったが、

クラス中が聞いていたらしく、大ブーイングが起こる。
この二人のここまでの嫌われように、風丘は苦笑した。


「静かにしろって言ってるだろ!」

ドンッ


ブーイングの後、そのままざわつき始めたクラスに怒り、

地田は竹刀で床を思い切り突いた。


「だって担任は風丘だろ?」


夜須斗が小声で反論する。


「俺はこの学校の検査の仕方を知らないから、

見本でやるから見て覚えるんだって。」

「はぁ?」


風丘が答えるも、夜須斗は『意味が分からない』というようだ。



「風丘先生から説明があったように、これからここで持ち物検査を行う。
違反物はすぐに没収。名簿にチェックするから覚悟しろよ。」


昔そのままの男言葉に、

風丘は「変わってない・・・」と心の中でため息をついた。

五人組はともかく、

他の生徒はさっきから怖いのか地田と金橋の顔すら見れていない。


「じゃあ、始めるから教卓に向かって、

背負いカバン・サブバックを持って一列に並べ。」


ただ、この状況でその行動に移せる者はなかなかいない。

素直に来ない生徒に地田はまた怒り、


「早くしろ!!」


バシィィィンッ


竹刀で床を思い切り叩いた。
生徒はこれで飛び上がったが、

逆に怖くて動けなくなってしまったようだ。

風丘はここまでクラスで怒ったことはないし、

地田の体育でもここまでは今までなかったようだ。


「・・・・・・」


その時。夜須斗がうんざりしたような顔で、

カバン二つを持って地田の元へ向かった。


「・・・これでいいんでしょ。とっととやって。」

「その言葉遣いは何だ!」


地田は夜須斗の頭を小突いた。

夜須斗は、地田を喧嘩をする時のようなものすごい目で睨んだが、


「やってください。お願いします。」


と言った。

二人の間に一触即発の空気が流れる。

無言で地田は夜須斗のカバンの中の持ち物を教卓に並べていく。
教科書、ノート、ペンケース、やたら難しそうな本、辞書などは入っていたが、
違反物は入っていなかった。


「・・・・・・・・」


クラスがしーんと静まりかえる。

それでも、さっきよりみんな少しホッとしたような雰囲気だ。

しかし、その雰囲気は金橋の一言によって壊された。


「吉野君、部活は何部だったかしら?」


その時、普段ポーカーフェイスの夜須斗の目が、

心なしか見開いたのをベテランの二人は見逃さなかった。


「・・・・・テニス部だけど。」

「風丘先生。」

「・・・はい?」

「吉野君のラケットケースをこっちへ下さい。」


とたんに、そこまで調べるの!?といったふうな声があちこちから漏れる。

それを、金橋はひとにらみで黙らせる。


「・・・・・・いいよ風丘。自分でとってくる。

勘違いしないでよ。他の奴のを持ってきたりなんて
せこくてすぐばれるマネ、するつもりないし。」


そう言うと、夜須斗は後ろの部活用品用のロッカーから、

自分のラケットケースを出して教卓に荒々しくのせた。

地田がケースの中を検査すると、

あるものを手にして夜須斗の目先につきつけた。


「これは何だ?」

「音楽プレーヤー。違反物だよ。分かってる。没収するんでしょ? 

とっととすれば?」


今日の夜須斗は機嫌が悪い。

必要以上に地田を怒らすようなことをずばずば言った。

そして言うだけ言うと、


「悪い風丘。俺なんか気分悪いから教室出てる。」


と言い出した。
地田は風丘をものすごい目で睨んだが風丘は、


「いいよ。でも帰んないでね。今日の社会、重要ポイントやるんだから。」


と言って、夜須斗が出て行くことを許可した。

こうなった夜須斗を無理強いしても
良いことは起きないと風丘はこの数ヶ月の付き合いで知っていた。


「・・・・帰んねぇよ。」


夜須斗は、検査が始まってから初めて出した柔らかい声で答え、

室を出て行った。



この後は、順調に検査が進んでいく。

チェックされたのは、つばめの持っていたゲーム機と、仁史の持っていたマンガ。
後は特にこれといったことはなかったのだが・・・・


最後の惣一のときになって、事件は起きた。
惣一のカバンの中には携帯とヘアワックス、マンガ、ゲーム機、

おまけにお菓子類まで入っていたのだ。



「(あーあ。)」


風丘は心の中でため息をついた。

地田はこれを見て完全に切れている。


「新堂! お前、学校をなめてるのか! 学校は勉強に来る場所だ!」


地田が惣一に対して怒鳴った。

だが、惣一はこのまま神妙に聞いているような奴ではない。

もともと夜須斗と同じように虫の居所が悪かった惣一は、

夜須斗と似たように地田につっかかった。


「あ、そう。別にあんたに言われなくったってそれぐらい知ってるけど?」

「なんだ、その態度は!」

「うるせぇよ、この鬼ばばぁ!」


惣一が、こんなに荒れた言葉遣いをするのは久しぶりだ。

風丘に叱られるようになってから、
こんな罵声を浴びせることはなくなってきた。

今日は、相当機嫌が悪いようだ。


「・・・・・新堂。お前はよっぽどこの竹刀を味わいたいみたいだな?」

「!」


これに驚いたのは風丘だ。このセリフが出たということは・・・・・
まさか、ここでやる気!? と風丘は焦った。


「はぁ?」

「新堂。足を肩幅に開いて教卓に手をつけ。」

「んで俺がんなことしなくちゃなんねぇんだよ!」

「早くしろ! しないんなら・・・」


そう言うと、地田は惣一の腕を乱暴に引っ張り、教卓に体を押さえつけた。


「おい! 何すんだよ、鬼ばばぁ! ふざけんなよ! 離せ!」


惣一は考えられるだけの悪態をついている。
もう手のつけようがないほどに暴れ、

それを地田が無理矢理押さえつけている。

クラスは騒然となった。

地田が竹刀を振り上げたのだ。

クラスの何人かは目をつぶった。
ビシィィィンッという、叩いた音が聞こえるはずだった。

だが、聞こえた音は・・・

バシッという予想外の音。

・・・・いつの間にか前に来ていた風丘が、

惣一の尻めがけて振り下ろされた竹刀を右手で掴んでいたのだ。


「・・・・・どういうつもりだ。」


生徒になるべく聞こえないような小声で言い、風丘は地田を睨んだ。


「・・・・地田先生。惣一君は、俺のクラスの生徒ですし・・・

それに、検査を地田先生と金橋先生が行うってことは聞いてましたけど、

罰するってのは聞いてませんし・・・今回は、俺に任せてください。(ニコッ)」


そう言いながら、竹刀を掴んでいない左手で、

地田が惣一を押さえつけていた左手をどけた。


「惣一君。夜須斗君のとこ行ってな。

雨の日、いつも一緒にいる場所あるでしょう? 
仁史君とつばめ君も行きな。ああ、心配だったら洲矢君も行っていいよ。」


地田と金橋は何か言いたそうだったが、

生徒の手前、これ以上、先生同士で口論することはできず、教室を出て行った。



「さーて、行きますか。 みんなー 授業始まるまで読書か何かしててねー」


風丘は、教室を出ると二つ隣の空き教室へ向かった。


ここは、いつも雨の日、

屋上にたまれないときに惣一たちグループがたまり場にしているところだった。


「はい。お待たせー」

「待ってねぇよ・・・・」

「全く・・・・違反者、うちのクラス君たちだけだよ? 

まぁ、抜き打ちだったし、予想はしてたけどねぇ・・・」

「放課後・・・・お仕置き・・・・する?」


つばめが目を潤ませて聞いてくる。

これが作戦なのかはわからないが・・・


「今回は・・・・・・・・・・しょうがない。この注意だけで許してあげる。た・だ・し!
これ以降引っかかったら問答無用で地田先生と生徒指導室だからね。

ああ、あの竹刀つき。
味わいたくなかったら次からはちゃーんと気をつけること。いーい?」

「「「「はーい・・・」」」」

「それと、惣一君。」

「・・・何?・・・・・ひゃっ ひ、ひふぇっ!」


風丘は、惣一のほっぺたを軽くつまんで引っ張った。


「さっきの言葉遣いはさすがにいただけないねぇ。

最近、使わなくなってきたと思ってたのに。
いくらむかついてたからってあんなに罵声浴びせるのはダメ。

しかも先生に。
次からはかばってあげないよ。わかった?」

「ひふぁいっ」

「わかったの?」

「ふぁ、ふぁふぁっふぁ!」

「・・・よしっ(ニッコリ) それと夜須斗君も。」

「えっ?」

「必要以上に先生怒らせるような言動は慎むこと。

地田先生は短気なんだから。
いいね?」

「・・・・・・わかった。」


「はい、じゃあ教室戻るよ。授業しなくっちゃね。」


風丘は笑顔で、みんなを引き連れて教室へ戻っていった。



この持ち物検査騒動がかなり長引くなんてことは、誰も知らずに・・・