惣一たちにとっても、

風丘にとってもある意味(?)さんざんだったゴールデンウィークも終わり、
5月ももう半ばだ。


今日も普通に一日が終わり、みんなが部活へ向かう中、

惣一と夜須斗とつばめはまだ教室に残っている。


「ほーら、部活行かなきゃだめでしょ。」

「いいじゃん。開始時間までまだ10分あるし。」


そのとき、風丘は部活の話をしていてふと思った。


「そうだ。前から思ってたんだけど、

洲矢君って、惣一君たちのグループだよねぇ?」

「ああ・・・そうだけど?」

「それにしては、こうやって一緒に残ったりしないんだね。

そういえば、吹奏楽部顧問の水池先生が、
『佐土原君は休部が多くって』って困ってたけど・・・」

「ああ、あいつはちょっと特別だよ。」

「特別?」

「洲矢んち、超おぼっちゃまでさ。父ちゃんが・・・えっと・・・」

「父親が外交官、母親が世界各地を旅するピアニスト。」

「ああ、そうだったそうだった。さすが夜須斗!」

「だから、両親とも家にほとんどいないんだってさ。

今、たぶんばあやさんと使用人と暮らしてるんじゃない?」

「その辺の事情は何となく知ってるけど・・・

どうしてそれが、放課後残らなかったり、休部が多いことにつながるの?」

「そのばあやさんが、ピアニストのお母さんの母親で、

洲矢にもピアノをやってほしいんだって。
あいつもピアノ自体は好きだからいいみたいだけど、

レッスンがとにかく多いらしくて。
確か今は・・・週4らしいよ?」

「週4? そんなに?」


「もともとピアノに重点を置いてるから、休部も多いし、学校にも残れないってわけ。」

「でも、最近暗くね? あいつ。」

「中学生になってから先生が高等技術を教える先生に代わって、

その先生とウマが合わないって言ってたからそのせいかも。」


「そう・・・ありがと。  

ほらほら、もう部活開始時間過ぎてるよ。サボってるなんて聞いたら・・・」

「「わ、わかったよっ!」」


この前のが相当効いているのか、二人はあわてて教室を出て行った。


「(洲矢君・・・ちょっと気をつけてみるか。)」





翌日の放課後。


「・・・先生、さよなら。」


洲矢が、風丘の近くを通り際に挨拶した。


「さよなら。今日もピアノ?」

「はい。」

「大変だねぇ。」

「・・・平気です。ばあやが、僕がピアノ弾いてると喜んでくれるから。」

「・・・そう。 頑張ってね。」

「・・・・ありがとうございます。」


どこか力なく笑い、洲矢は教室を出て行った。


「最初からおとなしい子っていうのは思ってたけど・・・

ちょっと感じ違うんだよなぁ・・・最近。」


惣一や夜須斗が「暗くなった」というのも本当らしい。


「確か身内は国内にはおばあさんだけ・・・か。 

聞いてみようかな。今度。」




そして、2、3日後・・・。

職員室で、水池が風丘に聞いてきた。


「風丘先生、佐土原君、何かありました?」


佐土原(さどわら)とは洲矢の名字だ。


「何か洲矢君が?」

「いえ。もともと休部が多い子だとは、家庭からの届けでわかってたんですけど、
部活に出ても最近いつも以上に上の空ですし、元気もないし。」

「そう・・・。ありがと。それとなく聞いてみるね。」

「お願いします。」


風丘が、そろそろおばあさんに電話をかけて、

聞いてみようかと思ったときだった。


プルルルルルル


風丘の電話が鳴った。


「はい、市立星ヶ原中学、風丘ですが。」

「ああ、あの! 佐土原洲矢の祖母ですが!」

「洲矢君のおばあさん!? どうされたんですか、こんな時間に・・・」


時刻はもうすぐ8時。残業している教師も減ってきた時間帯だ。


「洲矢さんが! 洲矢さんがいないんです!」

「ええっ!?」


「先生、どうしましょう、わたし! あの子がいないと・・・あの子が・・・」


「おばあさん、落ち着いてください。とりあえず、状況を教えてください。」

「あ、あの子は今日もピアノのレッスンだからって、

四時には家にいったん帰ってきたんです。 

ピアノの先生がいらっしゃるのは六時で、

それまでは部屋に鍵をかけて一人で練習するのがあの子の日課でした。

そ、それで今日もピアノの音がずっとしていて、あ、安心してたんです・・・」


「それで?」

「それで、ピアノの先生がいらっしゃって、

いつも通りドアをノックしても返事がないって・・・

わたしが呼びかけても鍵を開けてくれないもんですから、
合い鍵であけたら・・・・

あの子が以前吹き込んだテープレコーダーが鳴っていて、

あの子はいなくって!」

「・・・テープレコーダー用意してたとなると、意図的・・・家出みたいですね・・」

「先生、わたしどうしましょう!」

「落ち着いてください。僕がとにかく探して、見つけますから。

見つけたらどんなに遅くなっても連絡入れます。

それまで、おばあさんは家で待っててあげてください。」

「お、お願いします!」


風丘は、電話を切ると、職員室を飛び出した。


「とはいっても・・・見当つかないしなぁ。」


仕方なく風丘は、夜須斗の携帯にかけた。
ちょっと前に「ないと思うけど、何かあったら頼るから」と電話番号を教え合ったのだ。





~夜須斗の家~


ピリリリリリリリリ


「夜須斗~ ケータイ鳴ってる~」


次の日が休みだから、と泊まり込みで遊びに来ている惣一が夜須斗を呼んだ。


「ん?・・・・・ピッ もしもし?・・・・・か、風丘!?」


「ちょっといいかなぁ?」

「な、何?」

「洲矢君が行きそうな場所とか気に入ってる場所とか、知らないかなぁって。」

「洲矢が? 何? あいつ何かしたの?」

「あ~ うん。ちょっとね。家出しちゃったみたいで。」

「マジで!? あいつが!? 信じらんない。それ・・・」


夜須斗が驚きの声をあげる。それに対して惣一が


「何? 洲矢何したわけ?」

「家出だって。」

「はあ!? あいつが!?」


夜須斗は電話に戻って


「それで場所だっけ? あいつ、ほぼ家と学校往復してるだけだもんなぁ・・・
小四の時、コンビニ一緒に行ったら『初めてだよ』とか言われてさ。」

「へぇ~・・・」

「ああ、星ヶ原神社とかは? 

小学校の頃よくたまってて、あいつすっごい
気に入ってたみたいだったけど。」

「星ヶ原神社かぁ。うん。行ってみるよ。ありがとね~ あ、それと。
休みだからって惣一くんと二人ではめ外さないようにね☆ それじゃ。」

「・・・・・・」





~星ヶ原神社~


ほとんど街灯もなく、暗い神社の境内。 
時刻は8時半。 月明かりだけが、鳥居や神社を照らしている。

風丘は、辺りを見回した。 

そして、月明かりが届かない暗がりに座り込んでいる人を見つけた。

風丘は近寄って声をかける。


「・・・・・洲矢君?」

「・・・・・・・・・・先生?」


それは洲矢だった。そばにはコンビニのレジ袋がおいてある。
きっと、夕食の代わりに食べたんだろう。


「怪我とかは大丈夫?」

「・・・・・うん。 自分で勝手に出てっただけだから。」

「心配したんだよー。 もう探し回っちゃってヘトヘトだよ~」

「・・・・・ごめんなさい。」

「・・・・・・・・・・家、帰ろっか?」

「・・・・まだ・・・帰りたくない。」

「え?」

「今帰っても・・・ばあやの顔、

まともに見れない・・・・それに、このまま帰ったら
何の意味もなく終わっちゃう・・・・」

「・・・・・・・じゃあ、おばあさんに連絡入れて、いったん学校に行こうよ。」

「え?」


「それならいいでしょ? おばあさん、

気が気じゃないだろうから電話だけして。 ねっ?」

「・・・・はい。」


風丘は、携帯でおばあさんに電話をかけた。

見つかったという連絡を聞くと、ひどく安心したようでおばあさんは、

「洲矢さんのことは先生に任せますよ。」と言った。




電話が終わると風丘は、洲矢をつれて学校へ向かい、

自分の部屋に入れた。


「洲矢君。 どうして家出なんてしたの?」

「・・・・・先生、僕が週四回、

ピアノの先生のレッスン受けてるって知ってますよね。」

「うん・・・・」

「小学校の頃は、まだ週2回のレッスンで、遊ぶ時間もあって・・・

その時間に惣一たちと遊ぶのがとっても楽しくて・・・
先生も、正確に弾く技術ばっかりじゃなくて、

音楽の楽しさを教えてくれる先生だったんです。
『少しぐらい失敗しても、そんなの関係ない。

大事なのは、自分が一生懸命、
そして楽しんで弾けたかどうかなんだよ。』っていうのが口癖の先生で・・・
その先生のおかげで、僕はピアノが好きになれたんです。

母親がピアニストだから弾かなきゃいけないんだ、とか

そんなんじゃなくて・・
好きだから弾いてる、って感じで・・・・。」

「うん・・・・。」

「でも、中学校に入ったら変わっちゃった・・・

レッスンは週四回に増えて、部活も入れたら
惣一たちと話すことすらほとんどできなくなって・・・
先生も高等技術を教える先生に変わって、

表現力よりも、トレモロとかオクターブ奏法とか
高等技術ばっかりを求められるようになって・・・・
少しでもミスすると、『これぐらいのところをミスしてどうするの。

あなたはピアニスト、佐土原響子の息子でしょう。』って言われて、

タクトでピシッて手首叩かれて・・・・
母さんは、世界でちょっとずつ名が知れ渡り始めてたから、

それもプレッシャーだった。
ばあやも、『あの子は本当によくできる子で』ってご近所さんに嬉しそうに話してる。

期待されてる。
それがプレッシャーになってそれで・・・・・・・

逃げたくなって・・・・今日、ついに逃げ出したんです。」

「・・・・・・・」


風丘は、黙って聞いていた。 

洲矢の目は潤んでいて、今にも泣きそうな顔だった。


「でも、逃げたらどうすればいいかわからなくなったんです。

今逃げられても、ずっと逃げられるわけがないし・・・・

それで、よく惣一たちと遊んだあの神社で考えてたら、先生が・・・」

「・・・・・・そっかぁ。」


風丘は、洲矢を引き寄せて頭を撫でた。


「ごめんねぇ。

洲矢君が一人でそんなにいっぱい抱え込んでたなんて知らなくて・・・

俺、先生失格だね。」

「えっ・・・」

「こんなにため込んで、悩んで、辛い思いをいっぱいして、

家出するまで気づいてあげられなかったんだよ。

あんなにずっと長い時間・・・一緒に教室に居たのに。」


「先生・・・・・」

「相談にのってあげることもできたのに。」

「・・・・・・・先生・・・・僕、どうすればいいんですか?」

「えっ?」

「このあと、家に帰ったら・・・どうすればいいの?」

「・・・・おばあさんに、今、俺に話したことをぜーんぶ話してごらん。
『期待を裏切っちゃう』とかなんとかよけいなことなんて考えないでね。
おばあさん、洲矢君のことをほんとに大切に思ってる。

洲矢君がいないって電話の声、とってもふるえてて、今にも泣き出しそうだった。

すっごい心配してて・・・

あのおばあさんなら、わかってくれるよ。洲矢君のことを一番に思って、
きっといい解決策を一緒に考えてくれるよ。」

「先生・・・・・。」

「じゃあ、帰ろっか。 おばあさん、あんまり待たせちゃ悪いしねぇ。」


風丘が、部屋を出ようとしたときだった。


「先生、待って。」

「ん?」

「あの・・お仕置き・・・・しないの?」

「えっ!?」

「惣一たちから聞いたよ。先生、悪いことしたらお仕置きするって・・・」

「そ、そうだけど・・・」

「僕、悪いことしたよ。

家出して、夜遅くに外うろついて、ばあやや先生心配させたよ。

悪いことでしょ?」

「・・・・・でも、今回のことは俺が気づいてあげられなかったってのもあるから・・」

「先生のせいじゃないよ! 

・・・わかってたんだ。こんなことしたって、ただみんなに心配かけるだけだって。

でも、止められなかった・・・考えるよりも先に体が動いちゃって・・・!」


風丘は思った。ここでお仕置きをしなかったら、

逆に洲矢を傷つけてしまうんじゃないか、と。
風丘は内心、本当に今回のことは自分の責任だと思っていた。

それに、洲矢は十分傷ついている。
確かに心配をかけたり悪いことをしはしたが、

傷ついてる上にお仕置きをして
更に痛い思いをさせようとは思っていなかった。
けれど、洲矢がそれを望んでいる。
それなら・・・・と、風丘はいつもの調子に戻った。


「わかった。そこまで言うならするよ。 
元々、したこと自体はすっごい悪いことだしね。 

・・・・今更、後悔しても遅いよ? 覚悟決めた?」

「・・・・・・・・うん。」

「わかった。じゃあ、おいで。」


風丘はソファーに座り、手招きした。

洲矢はゆっくりした足取りで風丘の前まで歩いていった。

風丘は目の前に来た洲矢の手を引き、膝の上に寝かせる。


「佐土原は、初めてだよねぇ。」

「う、うん・・・・」

「くすっ 緊張してるみたいだねー。

でも、今から体に力入れると疲れちゃうよ? これから先なが~いのに。」

「えっ・・・・」

「初めてさんにはちょ~っと痛いかもしれないけど、我慢しよーねー」


そう言うと、風丘は洲矢のズボンと下着を下ろし、なんと足を組んだのだ。


「ひゃぁっ」


お尻が高い位置に持ち上がる。 

以前、つばめが意地を張ってなかなか謝らなかったときにした、
お仕置きとしてはかなり厳しめの時の体勢だ。


「10回。痛かったら泣いてもいいからね~」

「・・・・・・」


バシィンッ


「んん・・・」


バシィンッ


「んんっ!」


バシィンッ


「くぅっ!」


洲矢は、最初は歯を食いしばって我慢していたが、

叩き方が少し強くなったとき、ついに声を出した。


バッシィンッ


「いたぁいっ!」


バッシィンッ


「やぁっ!」

「ほら、半分だよ。もうちょっと厳しくなるけど我慢。」


バッシィィンッ


「やだぁ! いたいぃっ!・・・・ふ、ふぇ・・・」


ついに泣き出した。

軽く叩かれたことすらないのに、いきなり膝を組んだ
体勢で思いっきり叩かれたのだから無理もない。
もう真っ赤になってきている。

足をばたつかせ、体をよじるようにもなった。


バッシィィンッ


「やぁっ ごめんなさいっ! うわぁんっ」


洲矢はわりと素直にごめんなさいと言えるタイプらしい。
神社で見つかったときからすんなりと言っていた。


「そのごめんなさい、誰に言うの?」


バシィィンッ


少し威力を弱めて、風丘が聞く。


「ふぇぇんっ え、えと・・・・先生・・・」

「俺じゃなくて、もっと言わなきゃいけない大事な人、いるでしょ? 

ほら、だーれ?」


バシィィンッ


「ひゃぁんっ んと・・・ば、ばあや!」

「よくできました。はい、さーいご。」


バッシィィィンッ


「うわぁぁぁぁんっ」


最後の手加減無しの一発に、洲矢は大泣きした。

そんな洲矢のお尻に濡れタオルを置き、

頭を撫でながら、風丘は言った。


「はい、よく我慢できました~ 痛かったでしょ? よく頑張ったね。
いいこ、いいこ。」


洲矢は、風丘に完全に小さい子扱いされてるのが恥ずかしかったが、
頭を撫でられるのがなんだか安心できて、


「うん・・・。」


と答えた。


「先生・・・あの・・・変だけど・・・お仕置きしてくれて・・・ありがとう。」

「えっ?」

「泣いたら・・・すっきりした。 

泣いたらばあやが心配するって・・・ずっと泣くの我慢してたから。」

「そっか。また泣きたくなったら叩いてあげよっか?」

「そ、それは・・・やだな。」

「・・・クスッ 冗談。 悪いことしてなきゃ叩かないよ。」

「想像以上に痛かった。先生の・・・

惣一たちがよく愚痴ってたけど。

「そう・・・・。 

・・・洲矢君、ピアノうまいんだよねぇ?」

「う、うまいのかはわからないけど・・・弾くのは好きだよ。」

「そのままの体勢でいいから、聞いてくれるかなー 俺のピアノ。」

「えっ!? 先生・・・弾けるの?」

「一応、小学校から弾いてたんだー 独学なんだけど。」

「ほんとう!? 聞かせて! 聞きたい!」

「・・・そんな期待されるほどの出来じゃあないんだけどなぁ」


風丘は自信なさそうに笑いながら、

元音楽準備室の為に置いてあった、

小さなアップライトピアノに手を置き、弾き始めた。
ショパンの「子犬のワルツ」。 

自信ないと言っておきながらも、流れるような指使いに洲矢も驚いた。


「先生、すごい! 楽譜も見ないでそんなに上手に・・・」

「ありがと(ニコッ) 

洲矢君に褒めてもらえるなんて、俺のピアノの腕もまだまだ
捨てたもんじゃないってことかなー」

「あの・・・先生?」

「うん?」


「叩かれに来るのはやだけど・・・また先生のピアノ聞いたり、

おしゃべりに来ていい?」

「もちろん。いつでも大歓迎。」


笑ってそう答えた風丘を見て、洲矢は満面の笑顔を浮かべた。




そして、翌日。
おばあさんは洲矢の話を聞き、

独学でピアノを学ぶことを許可してくれたそうで、
洲矢は、にこにこの笑顔を取り戻していた。