夜須斗とつばめが雲居に耳を引っ張られ連れて行かれたあと、
屋上には惣一と仁史と風丘の3人だけが残った。
非常に気まずい雰囲気の中、風丘が口を開いた。
「さーて、それじゃあ行きますか。新堂、羽木。」
「嫌だ! ぜってぇ行かねぇ! 死ぬほど叩くじゃんか、風丘!」
「死ぬほど叩かれるようなことしたのは誰なのかなぁ、新堂?」
「別に火事にはならなかったんだからいいじゃねぇか!」
「それは光矢が消火器使って消してくれたからじゃない。
ほーら、あんまり暴れるからこうなるんだよ。」
そう言うと、風丘はいつかのように惣一を俵のように肩に担ぎ上げてしまった。
「嫌だ! ふざけんじゃねぇ! 離せよ!」
惣一は肩の上で足をばたつかせ、腕を振り回し暴れに暴れるが
風丘には何の効果もない。
風丘は、肩で暴れている惣一を無視して仁史に向き直った。
「さて。それじゃあ、ついでだから羽木もおいで。」
「・・・え? い、いや俺は自分で行くから・・・」
「だーめ。だって羽木、新堂と同じにおいするもん。
それに、羽木はみっちりやられるのはこれが最初だよね?
怖くて逃げるってこともあるでしょ。」
「え、やだよ、ちょっと待てよ!」
仁史はすっと担ぎ上げられて声を上げた。
何せ、小柄な惣一ならまだわかるが、
自分はクラス一の身長で、体格もがっしりしている方だ。
まさか軽々担ぎ上げられるとは思っていなかった。
風丘はそのまま悠々と自分の『部屋』へと向かった。
「はい、到着~♪」
そう言うと、風丘は二人をソファーの上にどさっと下ろした。
「「った!」」
二人は不意に落とされたため、声を上げた。
すると、
「これぐらいで声上げててどうするの。これからもっとず~っと痛いことするのに。」
「(さらっと言うなよ・・・)」
「(無意識じゃねぇよな、絶対ねらってるよこのサド教師・・・)」
仁史と惣一はそれぞれそう考えたが、
口に出したら墓穴を掘るだけだとわかっていたので、口には出さなかった。
「さっきねぇ、みんなが片付けてる間にもちょっと光矢と話したんだ。
『火遊びは命に関わるすっごい危ないことだよね』って。」
「・・・だから?」
「・・・だから、『命を粗末にする悪い子はた~っぷりお仕置きしようね』って。」
「・・・・・それって・・・・」
「だから今回、必ず何にしろ道具使おうってことになったってわけ。」
「「ええ~~~~っ!?」」
二人は一斉に声を上げた。 平手だって、悲鳴が上がるほど痛いのに。
特に惣一は、平手でさんざんな目に遭ってるだけあり、顔色がサッと変わった。
「え~ 新堂惣一・羽木仁史両名は、
無断で学校に侵入した上、子供だけで火遊びをした罪によって・・・」
「「・・・・・」」
「物差し10回、平手40回~!」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
惣一が声をあげた。
「何? 新堂。何か文句あるの?」
「お前、お前が物差しなんか使ったら、
俺らの尻どうなるかわかってんのかよ!?」
「う~ん 大変なことになっちゃうねぇ。
しばらくはイスに座ったり、仰向けに寝るのも厳しいかも・・」
「ならやるな!」
「だーめ。新堂はそれぐらいやらないと懲りないし、
羽木は日頃鍛えてるから、ちょっとやそっとじゃ音を上げないでしょ?
羽木だけだったもんね~
最初のおサボりの時、まとめて新堂以外お仕置きして、
悲鳴一つあげなかったの。」
「そ、それとこれとは・・・・」
「はいはい。 四の五の言わずにさっさとソファーの背に手ついて!」
仁史は仕方なくソファーに手をついた体勢になったが、
惣一はまだ駄々をこねていた。
「ふ、ふざけんな! ぜってぇやんねぇ!」
「あ、そう。それじゃあ、俺が押さえつけてやってあげる。良かったねぇ、
平手が90回になる特典付きだよ♪」
「な、なっ・・・」
「・・・ほーら、早くあきらめて手つきな。
俺、結構怒ってるんだよ?」
「・・・・・・・・」
ここまで言われれば、さすがの惣一も従わずにはいられなかった。
渋々、ソファーの背に手をつく。
風丘はその姿を確認すると、二人のズボンと下着を下ろし、
机の上に置いてあった、布の採寸などに使う、
今ではあまりお目にかかれない1メートルの竹の物差しを手に取った。
これだけの為に、風丘が被服室からとってきたのだ。
「はい、じゃあ10回ね。体勢が明らかに崩れたら、カウントしないからね。
頑張ってね。」
「んなの無理に決まって・・・!」
ヒュッ
バチィィンッ
「ぎゃぁぁっ!」
惣一の文句は、物差しがお尻に炸裂する音で遮られた。
あまりの痛さに、惣一は1発目から手を離してお尻をかばいそうになってしまった。
「ってぇ・・・・んだよこれ・・・」
「はい、次は羽木。」
バチィィンッ
「ってぇぇえ!」
羽木も叫び声を上げた。
どちらかというと自分は痛みに強い方だと思っていたが、
こんな痛みを耐え続けられる自信など、ほとんどない。
バチィンッ
「うぁぁっ!」
バチィンッ
「ぎゃぁっ!」
テンポ良く、風丘は交互に叩いていく。
無言で一定のテンポでバシバシやられるのは、
いつくるかわからないのよりはましかもしれないが、
それでもたまったもんじゃない。
何とか気力を振り絞って体勢を維持していた二人だが、
10発目の時・・・
バチィィィンッ
「ひぃぃぃっ!」
今までのより少し強めのが、惣一の尻に振り下ろされた時。
さすがに耐えきれなくなった惣一は、
膝を落として、床に膝をついてしまった。
バチィィィンッ
「いだぁぁぁっ!」
羽木は、ソファーの背について、突っ張っていた腕の力が抜け、
そのまま惣一と同じように床に座り込んでしまった。
「ほーら、二人とも。体勢崩したらカウントしないって言ったでしょ。
もう、今の我慢すれば、物差しでのお仕置きはラストだったのに。
残念でした。
ほら、早く立って。あと一発、残ってるんだよ?」
二人には、今、完全に風丘が鬼に見えることだろう。
二人は、今にも目から涙が零れそうな顔で、風丘を見た。
「ん? 誘惑ですか? 残念ながら、まけられないよ。そんな趣味ないし。
ほら、早く立たないとお仕置き追加だよ。それともそれがお望み?」
別にそういう趣味だと思って見た訳じゃない・・・と惣一は思った。
ただ、少しは「かわいそう」と思ってくれないか的な希望で見つめたのだ。
「(このサド鬼畜教師・・・っ)うう・・・」
仕方なく、惣一はのろのろとソファーの背に手をつきなおした。
「はい、よくできましたー」
バッチィィィンッ
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
惣一は、すぐにでもお尻を抱えてうずくまりたくなったが、
また「やり直し」と言われるのが怖くて、何とか耐えた。
「よーし、新堂は物差し終了♪ そこで待ってなね。 ほら、羽木は?」
「ぅぅぅ・・・・」
仁史も元の体勢に戻り、最後の一発を受けた。
バッチィィィンッ
「んぎゃぁぁぁっ!」
仁史も何とか崩れ落ちそうになるのを耐え、物差しは二人とも終了した。
しかし・・・・
「さてさて、あとは平手だね。40回・・・」
「やだ! ぜってぇ無理! 死ぬ!」
「なぁ、頼むよ風丘! ほんっとに! ほんとに無理だから!」
二人は、普段なら絶対しないような、
手を合わせるポーズまでして風丘に頼んだ。
「こらこら、人の話は最後まで聞きなさいって、小学校の先生に言われたでしょ?
それにしても、二人がそんなことするなんて、よっぽど物差し効いたんだねぇ。
これからの脅しに使えるかも♪」
「「(笑顔で言うな・・・)」」
「まぁ、予想じゃ物差しで2、3回体勢崩すかなって思ってたけど、
想像以上に頑張ってたしね。特別に平手、20回で許したげる。」
無しにはならないんだ・・・と、二人は複雑な気持ちだ。
「あんまりやりすぎると光矢にも叱られちゃうし、あっちの二人とあんまり
アンバランスだと悪いしね。ほら、わかったら羽木から。とっととおいで。」
そこからは、いつも通りの風丘の調子だった。
「子供だけで火遊びなんて」
バシィンッ
「うあっ」
「君たちは毎度毎度」
バシィンッ
「ひぃぃぃっ」
「よくそんな悪さ思いつくねぇ!」
バッシィィンッ
「ぎゃぁっ」
「呆れるどころか、もう感心する域に突入してるよ。」
バッシィィンッ
「いいぃぃぃっ!」
「少しは反省してよ。叩く身にもなってよね。毎度毎度こうやって!」
バッシィィィィンッ
「ひゃぁぁぁぁぁぁっ!」
結局、めいめい20発きっちりやられて・・・
「はい、お仕置き終了~♪ 少しは反省できた?」
「るせぇっ」
「あ~ 惣一君。 そんなこと言えるぐらい元気なら、
まけたぶんの20発、今からやる?」
「なっ、な、な、な・・・」
「クスッ 冗談。 さすがにこれ以上お尻真っ赤にするのは、気が引けちゃうよ。
仁史君もね。」
「お、おう・・・」
その二人の「真っ赤なお尻」には、濡れタオルがのせられていた。
かなり火照っているため、風丘は頻繁にタオルを取り替えている。
「よし、続きは保健室でやろ。
夜須斗君やつばめ君のお仕置きは終わったって光矢から連絡入ったし。
どうせ、もうこんなに遅いし、
ご両親にはまぁ、軽くごまかしの入った説明もしたし(苦笑)
保健室に泊まりなよ。」
「えっ・・・・・・わかった・・・」
保健室では、ベッドでうつぶせになったまま眠っているつばめと、
同じくうつぶせで退屈そうに本を読んでいる夜須斗、
それにパソコンで仕事をしている光矢がいた。
「おっ、はーくん終わったん?」
「うん。ちょっとやりすぎちゃった。二人一緒だからって、意地っ張りで泣くのは
我慢してたみたいだけどねー」
「うるせぇっ!」
「よけーなお世話だっ!」
「なんや、威勢ええやん。もうちょいやっても良かったんちゃう?」
「「冗談じゃねぇ!」」
「あー、やかましい。ようわかったから、さっさと空いてるベッドで寝ぇ。
おい、夜須斗。お前もそろそろ本はやめ。」
「・・・・はい・・・」
仁史はつばめの横、惣一は夜須斗の横のベッドに潜った。
「・・・大丈夫だったわけ? 惣一っちの方は。」
「大丈夫なわけあるかよ・・・今までで一番やられたぜ・・・そういうお前は?
初だろ? 雲居にやられるの。」
「ひどかったよ・・・絶対、明日イス座れねぇ・・・」
「おい、そこ! とっとと寝ぇ!」
雲居に怒鳴られ、仕方なく二人も眠りについた。
深夜。
「それにしてもええん? はーくん。
勝手に学校泊めたりして。消火器も使ってもうたし、
隠せることでもないやろ。」
「いいよ。どうにかするから。
昔から、そういう時、俺どうにかしてきたじゃない。」
「そやったな。昔っから頼もしいわ。はーくんは。」
「・・・ありがとう(ニコッ)」
四人を泊めた翌朝。
四人はお尻の痛みが消えないと文句を言いながらも、帰って行った。
雲居も今日は診療日だから、と自分の病院へとそのまま出勤していった。
風丘は、雲居を見送った後、
職員室で消火器を使った報告書を作成して
教頭の机に提出した。
その後はたまっていた仕事を着々と片付けていた。
ゴールデンウィーク最終日の今日、
昨日よりは出勤している人数が多い。
10時を過ぎた頃。風丘は水池に話しかけられた。
「風丘先生、会議室で金橋先生がお待ちだそうです。」
「(来たか・・・)ありがと(ニコッ)」
風丘は、笑顔で水池にそう言うと、すぐに会議室へ向かった。
「(金橋先生か・・・苦手なんだけどな・・・)・・・失礼します」
「どうぞ。」
そこには、金橋以外にもう一人いた。生徒指導の女教師、地田だ。
男勝りで新採用当時から生徒指導一筋。
四十代半ばになった今も生徒たちからは「鬼」として恐れられている。
ついでに言えば、金橋はこの学校で教務主任をつとめる女教師だ。
厳格さでは右に出るものはいないとされ、金橋・地田といえば、
女鬼教師ツートップとして有名だ。
「・・・地田先生がいるっていうのは・・・聞いてないんですけど・・・」
「なんだ、わたしがいちゃまずいのか?」
「いや、別にそういう意味じゃないんですけど・・・」
「お前は相変わらずわたしが苦手なんだな。」
「言わないでくださいよ・・・」
実は、金橋と地田は風丘がこの中学で中学生だったときも、
ここの教師として勤めていたのだ。
金橋は3年間、風丘の担任を務め、地田は生徒指導として接していた。
風丘がこの学校に赴任することになったとき、この二人がいろんな学校
巡り巡って戻ってきていたことにかなり驚いた。
「それで? 消火器を使った経緯まではあの報告書でわかったわ。
ウソは書いてないわね?」
「もちろん。」
「じゃあ、どうしてそこからその原因になったあの四人組を
学校に泊まらせる、なんてとんでもない結果に行き着くのかしら?」
「四人を発見した後の注意に時間がかかったんです。」
「・・・・・お尻を叩いているそうね。」
「え、ええ。まぁ・・・」
「お前が叩く側とはね・・・」
「全く・・・中学時代の風丘君には、手を焼かされたわ。ああ、雲居君とか、
そのほかの仲間の子も。」
「全くだよ。サボるわ、いたずらしまくるわ、教師からかうわ・・・
でもまさか、お前がリーダー格だなんてな。
表面優等生だったから、なかなか気づかなくて苦労したよ。」
「あなたたちいたずらグループは結束が強くて、
リーダーがあなただってばれないようにうまくやってたものねぇ。」
「まぁ、気づいてからはずいぶんお前も指導室にお世話になってたけどな。」
「先生が無理矢理連れ込んだんじゃないですか・・・」
「ん?」
「え、いや・・・」
「あなたも叩かれてたなんて知ったら、あの4人びっくりするでしょうねぇ。」
「しかも相当な数な。」
「・・・もう、中学時代の話はそれくらいにしません?」
「・・・とにかく、無断で生徒を泊めるなんてこと、今後一切しないようにね。」
「もししたら・・・わかってるな?」
「はい・・・?」
「別に、大人になったから叩かない、なんてことはないだろう。」
「冗談ですか?」
「さてな。」
「(冗談に聞こえない・・・)もう、いいですか?」
「・・・いいわよ。これからは気をつけなさい。雲居君にも言っておいてね。」
「はい。」
風丘は、会話が終わると、気まずそうにそそくさと会議室を出て行ったのだった。