つばめと惣一の喧嘩が片付いた頃には、
もう4月も終わりに近づいていた。
そう、待ちに待ったゴールデンウィークもすぐそこなのだ。
惣一たちの通うこの学校は、
ゴールデンウィーク中は部活がないらしく、
クラス中でゴールデンウィークの予定を話し合っている。
惣一たちもみんなと同じように、
たまり場にしている空き地で、いつものメンバーで話し合っていた。
だが、今回も洲矢はアメリカに行くから、と仲間からはずれた。
「ゴールデンウィーク、どうするよ?」
惣一が話をふる。
「どうするたって・・・」
「金ねぇんだから、どっか行くってのは無理だぜ。」
仁史が言う。
普段ただでさえ少ない小遣いを使いまくっているため、
財布の中身がいつも寂しいのだ。
「どうせだったらさっ、普段やれないことしたいー!」
つばめが無邪気に発言する。
「やれないことって・・・たとえばどんな?」
「うーん・・・花火とか?」
「おっ、花火よくね?
俺の家に、去年使わなかった奴がたんまり残ってるし。」
「花火ぐらいならうちもあるけど・・・」
仁史や夜須斗がのってきた。
他に何も思いつかなかった惣一は、
「んじゃ、花火にけってーい!」
と、結局花火に決定した。
そして、ここからが大変な計画だ。
ここでタッチ交代。計画を立てるのは夜須斗の仕事なのだ。
「まず、花火は仁史っちやうちにもあるから、それでいいな。
物足りなきゃ各自で買えばいい。百均にも売ってるでしょ。
ライターやろうそく、バケツは俺がそろえる。
物はこれでいいとして、問題は場所だな・・・」
「河原ってダメなのか?」
「確かに近くに水があってラクだけど、
草刈りしてないから、飛び火してなんかあったら風丘の部屋行きじゃん。
ただでさえ、火を使う花火は
俺たち中学生だけじゃやるなって言われてるんだし。
それに、花火やんなら夜だろ?
あそこは近くに警察署があるから、
補導でもされたらマジでシャレになんないよ。」
「そうか。そうだよなー・・・・」
「どこでやるんだよ。
下手な場所でやったら先生らが言う「地域の方々」から
通報されるぜ?」
「じゃあさー 思い切って学校とかは?」
「は? お前何言って・・・」
「いや、意外といけるかもしれない。」
「「え?」」
「ゴールデンウィークは先生たちも旅行とかに行くから、
学校に来るなんて日直の先生ぐらいでしょ。
その先生も、勤務時間すぎたらとっとと帰るだろうし。」
「おおーっ!」
「日は中日の方がいいな。
前後の日だともしかしたら残業するのがいるかもしれないし。
今年のゴールデンウィークは5月の3日、4日、5日、6日か・・・
5日あたりだな。」
「んじゃ、日は5月5日な。 時間は?」
「勤務時間は5時まで。長く見積もって6時まで先生がいるとして、
暗くなるのは7時過ぎだから・・・・
7時にいつもの空き地集合の、8時開始でいいだろ。」
「オッケー! 親にはなんて言う?」
「俺らのどっかの家に集まって遊び通すなんてざらにあるから、
今回もそうだって言えばいいでしょ。
花火もそんときやるって言えばどうにかなる。」
「なーるほど。」
「やっぱ夜須斗ってあったまいい!」
「頼りになるよなー」
3人が感心する。
「ほめなくていいから。
それより、この計画絶対教室で話さないでよ。
今年から風丘がいるから、変なことしたらすぐばれる。
」
「「「おう!」」」
こうして、4人のゴールデンウィーク大計画は進められた・・・
そして、あの計画を立てた日からあれよあれよという間に日は過ぎ、
今は5月5日の夜7時。
集合場所の空き地には、約束通り4人が集まっていた。
「ほらよ、持ってきてやったぜ。花火。」
仁史の腕の中には、わんさかと花火がある。
手持ちや線香花火から、ねずみ花火に打ち上げまで見える。
「俺も。それとろうそくとライター、バケツ。ついでだから懐中電灯も持ってきた。
花火やるのは屋上だから、階段上がるときとかに使うだろ。」
夜須斗も約束通りの物をそろえていた。
花火をやる場所は、
校庭だと見つかりやすいかも、という意見で屋上になったのだ。
つばめと惣一は何も持ってこないのは悪いと思ったらしく、
惣一はペットボトルのジュース、
つばめは袋いっぱいのスナック菓子を持ってきていた。
「よし、持ち物はいいな。 んじゃ行くか。」
そうして4人は学校に到着したが・・・
「げ、電気ついてんじゃん!」
「連休中日にこんな時間まで仕事なんて寂しいのは誰だよ・・・」
「待て、あの車・・・・・・・! ヤバ・・・今日の日直、風丘だ!」
「「「ええええーっ!」」」
「・・・・マジ?」
「ああ。俺、先生たちの車種把握してるし、
あの型の車は風丘だけだったから間違いない・・・」
「どうするの? やめる? ねぇ!」
「バカ! ここまでやって今更やめられるかよ!」
「シッ! とりあえず今7時。
三十分待ってみて、ダメだったら考え直そう。」
そういうと、夜須斗たちは教員の駐車場が見える位置に隠れた。
そして15分ほどたつと・・・
「ふぁぁぁあ疲れた~ さーてと帰ーろうっと!」
風丘が駐車場に現れ、車に乗って門から出て行った。
その様子を見届けた後4人は、
「「「「やった~!!」」」」
「おい、それでどうやって校舎に入んだよ。」
「心配しなくても平気。
昨日の午後、忘れ物を取りに来たって言ったら
水池が簡単に校舎内入れてくれたよ。」
「それで?」
「そんとき、南校舎の一階、
理科室の横にあるトイレの窓の鍵を開けておいたんだ。
ただでさえ授業以外に使わない特別教室の近くのトイレな上に
この連休中。相当几帳面な教師しか見回りなんかしない。
俺の予想があってればおそらくその窓はまだ・・・」
夜須斗は説明しながらその窓まで歩き、窓に手をかけた。
すると・・・
ガラッ
音を立てて簡単に開いた。
「ほらね?」
「「「おおーっ!!」」」
「まぁ、サイズは少し小さいけど、お前らならいけるでしょ。」
「もっちろん!」
つばめがピースサインをして、窓から中に入っていく。
続いて仁史がつばめに荷物を渡してから、中に入る。
そして惣一、夜須斗と続いた。
「よし、んじゃ屋上行くよ。」
ここからはあっさりと屋上までたどり着き、
さっさと4人は花火の支度を始めた。
屋上に水道はないので、下の階でバケツに水をくんできたり、
ろうそくに火をともしたり・・・
「よっしゃ、準備完了! やるぜ、花火!!」
「仁史・・・まだ始めてもいないのにテンション高すぎじゃない?」
「いいじゃんいいじゃん! も~、夜須斗はクールなんだから!」
「ほら、いくぞ! まずは両手持ち~♪」
「おっ、惣一ずりぃぞ! こうなったら4本持ちだ!」
「わぁぁっ! 僕もやるーっ!」
「・・・・・俺もやるかな。」
そう言って、4人は片っ端から用意した手持ち花火をやり始めた。
両手持ちや4本同時持ちなどをやるため、
あっという間にバケツの中は燃えかすでいっぱいになった。
「あ~、あと手持ちも半分ぐらいか・・・・なぁ、打ち上げやらねぇ?」
仁史が提案する。が・・・
「却下。」
「んでだよ夜須斗!」
「いくら人がいない校内だからって、ここは屋上なんだけど?
しかも周りは普通の住宅地。
打ち上げなんかやったら、確実にばれるじゃん。
風丘の部屋送りになりたくなかったら、おとなしく手持ちだけやってなよ。」
「・・・・わかったよ。 んじゃつばめ、惣一、続き行くぞ!」
「「おおーっ!」」
そう言うと、今度は手持ちを何本も持って、空中で振り回し始めた。
たくさんの火の粉が至る所に振りまかれる。
これが、後の悲劇の始まりだった。
振りまかれた火の粉の一部が、
花火の入った袋の、手持ち花火の束についてしまったのだ。
しかし、この一大事に、はしゃいでいる4人は誰も気づかない。
・・・・・・そして案の定、少し時間がたつと・・・・
「・・・! おい、花火の束! 全部火がついてる!」
始めに気づいたのは夜須斗だった。
「ぇぇ!?」
「バケツの水かけろ!」
「お、おう!」
仁史がバケツの水をかけたが、
もうだいぶ全体に火がついて、いろんなところから火が出ているため、
燃えがらの入ったバケツの水では、焼け石に水状態だった。
仕方なく、仁史が下の階で水をくもうとしたとき、第二の悲劇が襲った。
シュルシュルシュルシュル・・・・ドーン!
「「「「うわぁぁっ!」」」」
今日はやらないから、と別にしていた打ち上げ花火の束にまで火がついた。
手持ちの花火の火の粉が吹き出して、
打ち上げの束についてしまったのだ。
ドーン! パーン!
至る所に打ち上げ花火があがり、
地面では手持ちやねずみ花火が暴発している。
そんな光景に4人が相当焦っているとき・・・・・
「こらぁっ! 何やってんねんお前らぁ!」
予想外の人物の声が、屋上に響き渡った。
「く、雲居!」
現れたのは、消火器を持った校医の雲居光矢だった。
雲居は消火器で手早く燃え広がった火を消すと、
「これでええな。さて・・・お前ら・・・」
4人の方へ向き直った。
「最初っから話聞かせてもらうで。
何でこんな時間に屋上で火燃やしてんねん。」
「何で光矢がいるのさ! 車なかったのにっ!」
「バカ、つばめ・・・」
つばめは風邪を引きやすい体質のため、
雲居が開院した病院の常連だ。
しょっちゅう顔を合わせてるからか、
雲居のことを「光矢」と呼んでいる。
ちなみに雲居は記憶力がいいのかなんなのか、何回か健康診断するうちに
生徒全員を名前で呼ぶようになっていた。
「この近くに雲居の病院あんの知ってんだろ?
雲居は校医で常に学校にいるわけじゃないから、
車は病院においてそっから歩いて学校きてんだよ。」
「そうゆうことや。
4月にやったいろんな健康診断の診断書作らなあかんから、
保健室で残業しとったらドンパチ聞こえてきてん、
まさかと思て消化器持ってきたら案の定これや。
さて・・・ほら、夜須斗。何でこんなことなったんか説明せぇ。」
「え・・・は、はい・・・」
夜須斗はいきなり指名されて最初はしどろもどろだったが、
徐々に落ち着いてきて、今までのいきさつを話した。
「・・・・ほぉ~・・・よぉわかったわ。つまり、計画的にやったっちゅうわけやな?」
「え、まぁ・・・そういうことに・・・」
「ほんまお前らは次から次へと問題起こすやっちゃな。
とりあえず担任おらな話になれへんわ。
はーくん呼ぶで。」
「「「「ちょ、ちょっと待って!」」」」
雲居の中で、はーくん=風丘、だということはもう有名な話なので、
4人は一斉にあわてた。
「何でわざわざ風丘呼ばなきゃなんないのさっ!」
「そうだそうだ!」
「別に、雲居だけでいいよ・・・」
「わざわざ呼び戻したら悪いじゃん、風丘に。ねっ?」
「うるさい! もう番号押してもうたわ!・・・・おっ、はーくん? 悪いなぁ。
せっかく残業終わったんに。 実はなぁ・・・」
雲居が風丘と話し込んでいる間、4人は内心怖くてたまらなかった。
逃げ出してしまえばよかったのだが、怖さが勝って動けない。
そうこうしているうちに・・・
「おぅ、わかったわ。 そいじゃ、なるべく早よ来てや。
・・・・・30分ぐらいしたらはーくん来るそうや。」
「「「「・・・・・」」」」
4人の顔色がサッと変わった。
それほど、風丘は4人にとって恐怖の存在なのだ。
「せやから、はーくんからの伝言や。
『俺がつくまでに屋上の片付けをしておくこと』やて。・・・ほら、聞こえたやろ?
手分けして早よ掃除せぇや。そうせんとどうなるか、わかるやろ?」
こうなったら動くしかない。
下手なことして、風丘に報告でもされたらシャレにならない。
もともと小学校時代、罰掃除や片付けなどを
しょっちゅうやらされていた4人は、掃除・片付けは得意分野だった。
15分ぐらいでささっと片付けを終えてしまった。
「おお、片付けうまいやん。よっしゃ、ええやろ。ほな、そこで正座しとき。」
「「「「えええっ!?」」」」
4人はまたもや一斉に叫んだ。
「何で正座なのさ! 風丘は正座なんてさせないよ!」
「風丘からそんな伝言なかったじゃん!」
「うるさい、て何度言わせんねん。
確かに、はーくんからの命令は『片付けしろ』だけやったけどなぁ。
この『正座しろ』は俺からの命令。
ほら、早よせぇて。あ、靴は脱いどき。座りにくいやろ。」
「「「「ええ~」」」」
文句を言いながら、4人は仕方なく堅い屋上のコンクリートの上に正座した。
靴を脱いだせいで、よけいに痛くて辛い。
惣一、つばめ。仁史は座り始めて5分経たないうちに顔をしかめ始めた。
「なんやお前ら、もうそんなしかめ面しおって。
はーくん来るまでまだあと10分近くあるで?
今からそんなんで大丈夫なんか?
ちょっとは夜須斗見習えや。」
「「「夜須斗は特別!」」」
夜須斗は、どういうわけかどれだけ正座しても平気、という不思議な特性があった。
小学校時代、あまりの授業態度の悪さに放課後の1時間半、
ずっと正座させ続けられても、終わったら平然と歩いて帰っていった、
というのはもはや伝説になっていた。
そして、ついに・・・・
「はぁ。やっとついた。全く・・・せっかく帰れるところだったのに~」
「「「「!!」」」」
「おっ、はーくん。悪いなぁ。わざわざ呼び戻したりしてもうて。」
「仕方ないよ。俺担任だしさ。・・・・また新堂たちかぁ。もう。懲りないねぇ。
一度徹っっっ底的にやっといた方がいいかなぁ?」
「や、やだよ! この前のとかで十分だって!」
「だってこの前やったのにまたやったでしょ?
効いてないんじゃない。」
「この前のとは別じゃねぇかよ、やってること!」
「同じだよ。やってることは“悪いこと”。」
「ぅぅぅ・・」
「それにしても今回は数多いな~ 新堂に吉野に太刀川に羽木かぁ・・・
今9時15分前・・・ 全員やったら終わるのは・・・」
ちなみに羽木(はぎ)は仁史の名字である。
風丘が時間を計算しているのを見て、
いったいどれだけやるつもりなんだと
4人が文句を言おうとしたときだった。
「なぁ、はーくん。俺が半分受け持ってもええで?」
「「「「え?」」」」
「そんな。悪いよ、帰りたいでしょ、光矢だって。」
「そんなん気にせんと。
はーくんだって残業で疲れてるやん、お互い様や。」
「そぉ? それじゃあ・・・頼んじゃおっかな♪」
「よっしゃ、任しとき!」
そう言うと、光矢はつばめと夜須斗の耳を軽くつかんで引っ張った。
「いったい!」
「っつ・・・!」
「ほな、行こかお二人さん? たーっぷり反省してもらうで?」