惣一がこっぴど~くお仕置きされた翌日。

ここは昼休みの学校の屋上。


惣一と夜須斗がだべっている。


「お前、そういえばどうだった? 昨日の風丘の『お仕置き』は。」


「どうもこうもねーよ。めっちゃやられたし。

今もヒリヒリするんだぜ?
信じられるかよ、ったく・・・」


マジでありえねえとぶつぶつ文句を垂れる惣一に、夜須斗は苦笑する。

「そりゃあ災難だったね。 

俺たちは、首謀者じゃないってことで、

20発単位で叩かれて、その後で謝ってもうしないって言えば許されたけど?
まぁ、ズボン下ろされたのはびっくりした。」

「何だよそれ! ずりぃ~! 俺なんて生だぜ生!? 

しかもただ謝るんじゃなくて「ごめんなさい」だとさ! 

ざけんじゃねぇって!」


「リアルにやばいね、それ。」

「だろー??」


「まぁ、計画性のないバカなお前のサボりの計画に乗った、

俺の読みが甘かったよ。

よくよく考えたら、フツーあーいうのを教室でやっちゃまずいじゃん?」


「バカっていうな、バカって。それに、お前が計算高すぎるんだよ。

いっつも先読みして変な罠やバリア仕掛けやがって。」


「策士と言ってよね。今日もそれで、1つやばいもん持ち込んだし。」

「は?何だよやばいもんって。」

「これだよ、これ。」


そう言って、夜須斗は放課後の部活(テニス部)に使うスポーツバッグの中から

ペットボトルケースに入った1本のペットボトルを取り出した。


「何だよ、それ。部活で飲むポカリかなんかだろ?」


「そう思うだろ? ほら、匂い嗅いでみな。」


そういって、夜須斗はペットボトルの蓋を開けて惣一に手渡した。

惣一は受け取って鼻を近づけ、顔をしかめた。


「・・・・・うわっ! これ・・・酒?」

「ピンポン。正確には缶入りの酎ハイを移し替えたんだけどな。」

「おい、よく持ち込めたな。つーか、やばいんじゃね?

ってかお前酒なんて・・っておい!」


惣一が言い終わらないうちに、夜須斗はその中身を飲み始めた。


「あれ? 言ってなかったっけ? 

俺、小6の時から酒飲んでるけど。」

「はあっ!?」

「最初は小さじ1杯ぐらいから徐々に馴らしてってさ。

おかげでなんの異常もなく、ここまで飲めるようになったってわけ。」


そう言いつつどんどん飲み進める夜須斗を見て、惣一はもうつっこまない。

「お前、そーいうとこまで計画的だよな・・・」

「まぁな。ペットボトルケースに入れれば中身は見えねぇし、

出しても・・・ほら。
全面ラベル(ペットボトルの上から底の方までラベルがかかっているもの)の
茶のペットボトルで、

ぱっと見、酎ハイの色見えねぇから、よっぽどのことがない限りばれないよ。」


「でも、においは大丈夫なのかよ?」


「それは・・・ほら。口臭予防のスプレーあるし、

そんな臭いきつくないからごまかせるでしょ。

教師たちとそれでも臭いが届くような距離で会話することなんかないし。」


「マジで用意周到だな、お前・・・」


「お前もどう? 炭酸入ってるからサイダーみたいだし、

そんな度数高くねぇからいけんじゃない?」


再びペットボトルを差し出す夜須斗に、惣一が首を振る。

「無理無理。俺、ラムレーズンとかもだめなぐらい酒だめだし。」


「そっか。お前酒弱かったね。そういえば。」

「そろそろやめといた方がいいんじゃね? もう相当飲んだだろ。」


「ああ。そろそろやめとく。」


惣一の言葉を聞き入れ、

ようやく夜須斗は飲むのを止めてペットボトルをスポーツバッグの中にしまいこんだ。





それからあと、二人はまただらだらとだべりはじめた。

部活のこと、家のこと、新作ゲームのこと・・・

たわいもない会話で、時間はどんどん過ぎていった。


しかし、またある瞬間、惣一が思い出したようにまた口にする。


「それよりさ、マジで大丈夫かよ。神出鬼没だぜ、風丘の野郎。」

「おまえ、どうしたの? この前のでトラウマになった? 

まぁ、一応警戒はしてるけど。昼休みに屋上来るような暇人? あいつ。」


話がまた酒のことに戻り、

夜須斗が少しうんざりしたように答えている時だった・・・


「ところがどっこい、暇人なんだな~」

「「!!!!」」

「(またこの登場パターンかよ・・・)」







「か、風丘!」


突然現れた風丘に惣一が驚きの声を上げると、風丘が茶化すように言ってくる。

「やぁ、惣一君。こんな天気のいい昼休みにグラウンド行かないで

屋上でおしゃべりなんて。まだお尻がいたいのかな?」


茶化されて、惣一はすぐに顔を赤くする。

「ち、違ぇよ! 別に俺が昼休み何したってあんたには関係ねーだろ!」

「まぁ、確かにそうだけどねぇ・・・・」


「だいたい、あんたこそ屋上なんかに何の用だよ?」

「ん? パソコン打ちっ放しで疲れちゃったから日向ぼっこ。」


「「はぁ?」」

「んー! まぁ、確かに、晴れた日の屋上は気持ちいいよねぇー」


風丘は、そう言いながら二人に背を向け、屋上のフェンスの方を向いてのびをした。


「お、おい、ばれてんのか?」


風丘の目を盗んで、惣一が小声で夜須斗に聞く。


「まさか。俺が酒飲んでたの、もうかれこれ15分以上前だよ? 
口臭予防のスプレー使ったからにおいだってほとんど残ってないし、
だいいちそんな近づいてもいないのに・・・」


二人がこそこそ話している時・・・


「あ、屋上に来たのにはもう一つ、理由がありまーす!」

「「!?」」


風丘が唐突にしゃべり出した。


「昼休みの屋上は、人気がないのをいいことに、

悪いことがいっぱい起きる危険ゾーンなんだよね~ 

ま、これは俺の経験も混じってるけど☆」

「・・・・・・・・」


風丘の話題が急に自分たちのやったことに近づいてきたので、

夜須斗と惣一は黙り込む。


「それにしてもまさか・・・すぐにビンゴするとは思わなかったよ。
ねぇ、夜須斗君?」


「!!!」


夜須斗の顔が少し引きつる。

元々ポーカーフェイスの夜須斗が、フツーに確認できるくらい顔を引きつらせたんだから、

内心は相当やばい心境なんだろう。


そんな時、三人の耳にチャイムの音が鳴り響く。



キーンコーンカーンコーン



「おっと授業開始五分前だ! あー、次1-1だったかな・・・・ 

ああ、夜須斗君。」


「何・・・・ですか」


突然矛先が向いて、夜須斗は無意識に後ずさる。

「うまく隠したつもりだろうけど・・・・

お酒のにおいって、飲んでいた人間はだんだん感じなくなるんだよ。飲んでるうちにね。」


「!!!」


これは、バレてる・・・。

夜須斗が一層焦って風丘と距離を取ろうとする。

「それにね。」


が、風丘も、追いつめるように夜須斗の方に向かって歩き出す。


「俺、普段お酒飲まないんだよね。

そういう人間って、お酒のにおいに敏感なんだ。

たとえわずかなにおいでも感じちゃう。

たぶん、口臭予防のなんかでにおい消したつもりだったんだろうけど・・・

残念でした。やっぱり悪いことはできないねー」


そうして、風丘はフェンスに追いつめられた夜須斗と顔を間10センチぐらいまで近づけて


「はい、お残り決定。(^_^)」


とニコッと笑って言い放った。


「!!!!」


「それと惣一君。」

「(ビクッ)」


今度は惣一に矛先が向き、惣一の体がふるえた。

昨日の今日なんだから、おびえるのも当たり前といえば当たり前だ。


「そんなにびくつかなくても。惣一君は飲んでないんでしょ。

それぐらいわかるよ。においが服からしかしない。

飲んでたんだったら顔とかからもするからね。」

「じゃ、じゃあ!」


希望を込めて風丘を見上げると、鼻先にビシッと立てた人差し指を翳される。

「で・も! 止めてほしいもんだね、隣で酒飲まれたりしたら。」


「うっ・・・・」

「新堂。こっちおいで。」


風丘が笑顔で手招きする。


「へっ!?」


「早く。素直に来れない子はお仕置き追加って前も言ったでしょ?」

「なっ・・・!」


まさかここでやる気かよ!と惣一は心の中で思ったが、

まだ痛むお尻のことを考えたら、行かないわけにはいかない。
仕方なく、風丘の元まで歩み寄ると、
風丘が素早く惣一の腰を軽く抱えた。
惣一は、これ以上ないってほど、体に力を入れる。


バシィンッ


「いぃっっ!」


振り下ろされた平手に、惣一がうめき声をあげた。
夜須斗もさすがに見ていられず、顔を背ける。

そして惣一が、あと何発やられるんだ、などと考えている時だった。

予想とは裏腹に、風丘が


「はい、惣一君。おしまい。」


と言った。


「・・・・はい?」


拍子抜けした声で聞き返す惣一に、まぁねぇ、と風丘が言う。

「まぁ、乗せられて飲んだりはしなかったわけだし、これでいいよ。早く授業行きな。」

「お、おうっ!」


予想を裏切られものすごく軽く済んだ惣一は、

ものすごく明るい顔をして走って階段を降りていった。


じゃ、じゃあ俺も授業あるんで・・・」


惣一を追いかけて、夜須斗も階段を降り始める。

背後で、


「逃げるなよ、吉野。」


いつもの明るく軽い声とは正反対の、低くドスのきいた風丘の声がした。






放課後。


教室に風丘はいないが、夜須斗は結局、逃げずに教室にいた。

今回は、どう考えても、

どうせあの風丘と風丘のお仕置きから逃げられるわけがないとさとったからだ。


「(惣一が、あのとき逃げなかったの・・・わかる気がする。)」


正直、夜須斗は自分だったら一人取り残されたとき、

とっとと逃げだすに決まってる。惣一は馬鹿じゃないかと内心思っていた。

しかし、今自分も同じ状況に立たされて、

実際逃げられないもんなんだ、ということがわかったのだ。


「吉野。」


風丘が教室に戻ってきた。

屋上であの声を出したときよりは和らいでいるが、
それでもいつものトーンとはまるで違う。


「ふつうならそのまま俺の部屋来てもらうんだけど・・・今回ばっかりはね。
先に保健室行くよ。」


「えっ? 保健室って・・・今日は雨澤早帰りだし、無人じゃないの?」


雨澤とはこの学校の養護教諭の女性のこと。

早帰りの日が毎週あり、

よく放課後保健室で昼寝している夜須斗は、それを把握していた。


「いいからおいで。用があるのは雨澤先生じゃないから。」


「・・・?」




無人のはずの保健室。

だが予想に反し、保健室には人がいた。

風丘と同じくメガネをかけた、黒く肩につくぐらいの髪で、

白衣を着た、風丘と同い年ぐらいの男。


「(この人・・・どっかで・・・)」


その男に、風丘が話しかける。

「悪いね、光矢(こうや)。

せっかく勤務日じゃないのに、学校来てもらっちゃってさ。」

「(・・・! そっか、思い出した! 校医の雲居 光矢(くもい こうや)だ!)」


今年から新しく校医になった雲居光矢。

入学式で紹介があったから見覚えがあったのだ。


「そんなん気にせんて。

はーくんの頼みやったら何でも聞くていつもゆうてるやん!」


「は、はーくん!?」


夜須斗は思わず声をあげた。

雲居が大阪弁だったのも気にはなったが、

それ以上に風丘のことを「はーくん」なんて呼んでる・・・・

まぁ、風丘の名前は「葉月」だからおかしいとも言えないが・・・・


夜須斗の様子を見て、雲居が目を丸くした。


「何や、聞いてへんのか? 

俺とはーくん、小学校の頃からのつきあいなんやで?」


「・・・はい?」


初耳だ。学年きっての情報屋の夜須斗も、それは知らなかった。


「光矢。あんまり変なことは吹き込んじゃだめだよ?」


「ま、そうやな。俺もはーくんこれ以上怒らせとうないし。」

「・・・え?」


風丘がちょっと驚いた様子で聞き返す。


「隠さんでもわかる。はーくん、相当怒っとるやん。口調に余裕がないで?」


「・・・・・・」


雲居が夜須斗に目を向ける。

「ぼうず・・・吉野やったっけ? 

おまえ、はーくんここまで怒らせるなんてようやったなぁ。」


「・・・はい?」


夜須斗に冷や汗が流れる。

小学校の頃からのつきあいの人に「よくここまで怒らせた」なんて言われたら焦るに決まってる。


「ま、ええわ。 そんなんはあとで二人で解決しいや。

俺はぼうずの体診るだけやし。」


「え?」

「ぼうず、酒やったらしいやん。一応、体に異常がないか診察せな。

ほら、こっち来ぃや。」


「は、はい・・・」


夜須斗は、自分が普段では考えられないくらいびくびくしている、と自分でも感じていた。
この大阪弁の校医と、

屋上でドスのきいた声を出してから態度が豹変し、

今も後ろでらしくなく黙って見ている風丘が怖くて、
いつものようなクールな態度をとってるどころではなかったのだ。

自分でも信じられないくらいびびってしまい、声が少し震えるのがわかった。


「どれくらい飲んだん?」


「え、えと・・・ペットボトル一本・・・」

「ペットボトルて・・・あの温かいやつとかが入ってる小さいのか?」


「ううん・・・あの・・・フツーの500・・」

「500mlのペットボトル一本も飲んだんか!?」


「ひゃっ は、はい・・・」

「そんなん飲んで、よぉフツーにしてられるなぁ・・・ぼうず、まだ中一やのに。
さては・・ずいぶん前から酒飲んどるな?」


「うっ・・・・6年の・・・始まりの頃から・・・」


それを聞くと、雲居があきれたような口調で


「おまえ、そらあかんやろ。『酒は二十歳から』や。
もう今日限り酒はやめるんやな。

まぁ、この後のことでトラウマになる可能性大やけど・・・」


そう言って、雲居はちらと風丘を見た。


「それで? 吐き気とか、ふらついたりとかあらへんの?」


「は、はい・・・」

「うーん・・・顔色も普通やし、脈も呼吸も異常なし。

その他不調なところもあらへんし・・・・よっしゃ、ええやろ。

はーくん。よかったやん、すべて異常なしや。」


「本当? ありがとね、光矢。」


風丘の声が、一瞬、ノリの軽いいつもの声になった。
だが、次にはもとの怒っている重い口調に戻り夜須斗に向かって


「よし、それじゃあ。さ、ほら吉野。行くよ。」


「さ、ぼうず。第二ラウンド開始や。こっからが長いで? 

なんせはーくんまだ怒っとるからなぁ・・・

異常なしでいくらか和らいだみたいやけど。ま、しっかり頑張りや。」

「・・・・・・・」


雲居は励ます的な意味合いを込めて言ったつもりらしいが、

夜須斗にとってはただの脅しにしかならなかった。