子供の頃、役所が発行している広報の1ページに、火傷で顔が焼けてしまった制服姿の生徒が載っていた。しかし彼女は満面の笑みを浮かべている。
どういう経緯で火傷を負い、跡が残ってしまったかまでは読んではいないが、僕はそれほど不遇なハンデではないものの、その頃から外見や小学校6年間、背の順番でいつも先頭に並んでいたり、整髪料を使って寝癖を直そうとしたら髪が抜けてしまったことがあって、とある発毛会社にサイト経由で問い合せたこともある。
「まだお若いですし時間を置いて検討されてみては如何でしょうか」と回答を頂いた。
髪が生えてこないことはなかったが、今度はO脚が気になり、カイロプラクティックに通うようになる。その後は肌のそばかすやしみがが嫌で、はたまた分厚い瞼が気になり美容整形を視野に入れる。
恋愛をきっかけにそのような見た目へのこだわりが次第に強くなって、好きな女性どころか、周囲の目が執拗に気になり始める。このように書いていても異常なほどの強いこだわりが自分にはあるのだなと改めて感じる。
もちろん、人間は見た目で評価されるものではない。努力の成果が給与で判断される訳でもない。
最近、フリマアプリで「好きなことを仕事にするには」と謳った書物を見つけた。ふと思うのは、好きである趣味を仕事にしてしまうと、趣味では済まされない成果を上げなくては食べていけなくなるから、今まで趣味だったそれとの付き合い方が容易ではなくなる。
例えば僕はゲームも好きで、格闘ゲームもするが、格闘ゲームのプロゲーマーは寝る間も惜しんでモニターと向き合っている。東北で大きな地震が起きたとき、プロゲーマーのパイオニアである梅原大吾さんは都内のゲームセンターで格闘ゲームをしていたらしい。たまたまであるが、発生当時、僕もゲームセンターにいてネットニュースで東北で大きな地震が起きたことを知った。
いまやプロゲーマーを育成する専門学校をゲーム会社が経営しようと目処を立てており、読売新聞ではプロゲーマーや業界の経済効果に関するコラムやその経済効果に注目した記事をよく目にする。
それを見据えてゲーム業界の景気はすこぶる好調のように思える。
やはり対戦型のゲームはオンラインででき、尚且つそのプレイヤー総数は国内に留まらない。世界大会となると優勝賞金は何千万、かつ様々な企業からのヘッドハンティングによりゲームをしながら必然と対価を得られる。野球の独立リーグや地方競馬のユニフォームや勝負服にはスポンサーのロゴマークが至る所に縫い付けられているが、昔一部で流行った、女性の絶対領域に企業のそれを載せて企業の宣伝効果を狙うのとそれほど変わりがない。
新たに5G回線が導入され、ますますインターネットが世界の共通言語のように主流になりつつなる昨今は、コロナ禍の今に限らず、今後、人と殆ど接することなく自室で一定の給与を受け取れる在宅ワークが副業ではなくなってくるのかもしれない。



