善待問者 如撞鐘 叩之以小者 則小鳴 叩之以大者
則大鳴教学相長 教学半也学然後知不足 教然後知困
~意味~
師への問いは鐘をつくようなものである。
叩く側の能力や叩き方次第で、大きくも鳴れば小さくも鳴る。
鐘を大きく鳴らすか小さく鳴らすかは、教えを受ける側の能力や意識の問題である。
教えることは自分も又、学ぶことにつながる。
学ぶことで自らの足りなさを知り、教えることで自らの知識の足りなさを知る。
老化の説明が、いつのまにか建造物の話題に
患者さんと老化について話していくうちに、話しは建造物にまで及びました。
「どうです?こういった鉄骨を見かけた事はありませんか?」
絵に描きながら説明を聞かれる患者さんは、
「なるほど!」
と理解を深めたのです。
「鉄骨」と「老化」に何の繋がりがあるのかについて、今回は話をいたしません。
今回のお話は、上記に記した「礼記」の一説、
則大鳴教学相長 教学半也学然後知不足 教然後知困
~意味~
教えることは自分も又、学ぶことにつながる。
学ぶことで自らの足りなさを知り、教えることで自らの知識の足りなさを知る。
この事について改めて話したいと思うのです。
絵に描いて説明したのは以下の写真
私が絵に描いたのは、以下のような鉄骨でした。
患者さんへの説明後に、改めてこの構造を頭に思い浮かべながら一人で考えてみたんです。
・・・
「建造物にかかる負荷を分散させる上で効率よく作ってるんだろうな!?」
「TV番組のビフォーアフターに出てくる木造建築の”筋交い”と同じ意味合いかな?」
「患者さんには、”鉄骨”って話したけどそもそもこういった構造に専門用語があるのだろうか?」
・・・
患者さんに説明したつもりが、そっくりそのまま自分への疑問に置き換わってるんです。
まさに、
則大鳴教学相長 教学半也学然後知不足 教然後知困
この状況になってしまったのです。
じゃあ、google先生に質問してみよう!
「google先生!”鉄骨 構造”で教えてください!」
すると先生は、鉄骨作りの家の骨組み写真をずらりと並べてきました。
「そうそうこれなんだけど、柱と柱の間に斜めの部品が入ってないから、知りたい事とはちょっと違うなぁ」
・・・
「じゃあgoogle先生!”鉄骨 筋交い”ではどうですか?」
先生は鉄骨と鉄骨の間に筋交いの入った画像を出してきます。
「そう!まさにこれなんだけど・・・でもこの構造は”鉄骨の筋交い”って名前で良いのだろうか?」
・・・
ちょっと悩みました。
しばらくすると「あっ!鉄塔なんかだと筋交いがたくさん入っているから、”構造”とか”名称”って聞いてみればいいんじゃないか?」と思い、先生に問いかけます。
「鉄塔 構造 名称」と問いかける私に、先生は、筋交いの部品を「斜材」と教えてくれました。
続けざまに「鉄骨 斜材」で問いかけます。
すると、何だか聞きなれない用語が出たのです。
「鉄骨ラーメン」
・・・?
「て、・・・鉄骨ラーメン?」
専門用語を知らない素人にしてみれば、
まあ、こうなるのも無理ないです・・・
「先生!”鉄骨ラーメン”って食べる方じゃないですよね?」
すると先生は、答えます。
「鉄骨ラーメン構造」、「ラーメン(骨組)-wikipedia」と・・・
何だかそれらしいものに辿りついた予感!!
wikipediaを覗いてみると・・・やっと見つかりました。
「トラス構造!!」
改めて「トラス構造」で調べると、google先生は正しい答えをいくつも提示してくれます。
「ワーレントラス」、「プラットトラス」、「ハウトラス」・・・斜材の入れ方により、名前も様々。
そしてどのように斜材が組まれるのかは、高度な構造計算によって導き出されるんだそうです。
ものの見方が変わる瞬間
「トラス構造における斜材の組まれ方は、高度な構造計算によって導き出される」とあります。
ここで、私の脳裏に蘇ったのは「京都駅」。
「何度となく見た京都駅の天井って確か同じ作りだったはずなんだけど・・・」
・・・
実際の京都駅の天井です。
先ほど話した「トラス構造」になっています。
真正面と左右の骨組みに違いがある事に気付くことが出来ます。
「ああ!説明の通り本当だ。スゴイ!!」と思うと同時に、何度と無く見た京都駅の天井を前に、以前の私は何に対して「スゴイ」と思っていたのでしょう?
一つの理解が他に及んでいく瞬間、ものの見方が変わっていくのです。
「も、もしかして・・・段ボールのあの作りも”トラス構造”なんじゃないか!?」

その思いつきはまさに正解でした。
~抜粋~
ダンボールの断面をみると真ん中に波状の中芯が入っていてそれを挟むように上下にライナーがありますが、中芯の空間を見るとそこには上向きと下向きの二等辺三角形が隠れて存在しています。
ダンボールは中芯部分に空間があることから、一見頼りなげに思えてしまいますが、実は三角形を形作っているその空間が"トラス構造"となって丈夫さを生み出しているのです。
大鳴教学相長 教学半也学然後知不足 教然後知困
教えることは自分も又、学ぶことにつながる。
学ぶことで自らの足りなさを知り、教えることで自らの知識の足りなさを知る。
私は患者さんに説明したつもりが、逆に教わるキッカケを頂いたという事なんです。
知りえた「ラーメン構造」や「トラス構造」といった知識・・・それが、私の何に役立つのかは判りません。
しかし、
「なぜ?」、「何だろう?」に対し、「知りたい」と思う欲求こそが「学び」の本質だと思うのです。
google検索を「先生」に見立てて書いた理由
まさに、「師への問いかけ」と同じって事なんです。
ここに気付いてもらえれば、非常にありがたいです。
「トラス構造」という専門用語を初めて知った程度の私にとって、「トラス構造」の各論を細かく話されても理解など出来ないのです。
総論のさわりだけで十分なんです。
だって私は「鐘を小さく叩く事だけ」しか出来ないのですから。
そこから、より知識を深めようと努力する過程で、師への問いかけはより高度なものへと変化するのです。
そう、「鐘を大きく叩く」ほどに。
今回のお話で伝えたいこと
私は一時期多くの患者さんに「老化には逆らえる」と話し、あれこれ細かく説明してた時期があります。
その結果、一部の患者さんの足が遠のいた事があるのです。
そんな時、「礼記」の一説と出会ったんです。
善待問者 如撞鐘 叩之以小者 則小鳴 叩之以大者
則大鳴教学相長 教学半也学然後知不足 教然後知困
この言葉に救われたと同時に、以後その答えを誰にでも気軽に話すことはなくなりました。
私の失敗とは・・・伝える事を「治す側の使命」と考え、「鐘を叩く人を一律同じ」だと思った事に問題があったのです。
鐘を叩かない方には、鐘の音は必要ないのです。
鐘を小さく叩く方には、大きな鐘の音は必要ないのです。
本当に大きく叩く方にとって、大きく鳴りさえすれば良いのです。
私は、
「必要とされ、大きく鐘を叩こうとする方の為に、大きく鳴れる鐘であればそれで良い」
と考えています。
「小さく叩いているのに、大きく鳴れと願う方の為の鐘でありたいとは一切思わない」
私はこれを差別だとは一切考えていません。
なぜなら、
鐘を大きく叩くも、小さく叩くも、全てはあなたの「意思」の問題なのですから・・・
<各目次>このお話は1話で完結です
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