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治し屋TSSの
「みんなの知らない体の話」

少し前テレビでやっていた「腰痛」特集。
慢性的な腰痛の85%は原因が不明ということで、ここに焦点を当てた内容のようでした。
ちゃんと見てませんでしたが(チャンネルを変えられた・・・)、少し見た中で気になった事を少々。

腰に負担をかけない様にするには、どうすればいいのか?
・掃除機をかける場合
テーブルの下などの場合、直接腰を曲げて掃除機をかけない。
いったん片膝をついて掃除機をかける。

・洗濯物を干す場合
先に自分の目線の高さでハンガーなどにかけておいてから、最後にまとめて上の物干し竿にかける様にする。

腰を痛めない様にするため、あらゆる動きに制約をかけていく。
これって一見、負担をかけない方法として「なるほど」となりそうなんですが、私の考えは真っ向反対です。
負担をかけない方法の模索は、マイナス思考だと思うんです。
・・・
「だって症状が出てるんだからしょうがないんじゃ?」
とみなさん思うことでしょう。
確かに、それが一過性の場合については、制約をかけておくことに何の問題もありません。
掃除機をかけれない・洗濯を干せない程の「急性の腰痛」だったら、わざわざ掃除・洗濯をしようとは思わないでしょう?
一過性の症状が引けば自由に使える訳ですから、この点については安静一番(=負担をかけない)で良いと思います。
問題は、
「負担をかける事によって起こる腰痛」に対して、その負担をかけない方法を模索する状況は問題有りだと思うんです。
その負担を避けるために、本来出きるであろう自由な動作に制約を加えてしまえば、動きの柔軟さを奪だけでしかないのではないでしょうか?
「腰痛」だけにとらわれずに考えてみてください。
あらゆる箇所に起こる負担に対しその負担を避けるために動きにドンドン制約をかけた慣れの果てとは・・・
まさに老化そのものではないでしょうか?

・立ち上がる際膝が痛むから、手で支えて立たなければならない。
本来立ち上がるにおいて、どの様に立とうかなど考慮せず立てる自由を奪う。
・階段の昇り降りが辛くなってきたので、手すりに掴まる様になった。
本来手すりなど掴まらなくても昇り降り出来る自由を奪う。
・・・
挙げればキリがないです。


 今回のお話とはまさに、考え方の問題なんです


・負担がかかるから、どんどん動きに制約を加えていくという考え方
・本来あるべき自由な動きに戻る為にどうすべきかという考え方
あなたが、どちらの考えであっても構わないんです。
ただし、
どちらがプラス思考でどちらがマイナス思考なのかは、お判りいただけるのではないでしょうか?

私は当然ですが、
・本来あるべき自由な動きに戻る為にどうすべきかという考え方
です。
ちなみにこの手の話、頭の回転の早い患者さんに話してハズした事はありません。
負担を避けるという当たり前が、実はマイナス思考だと気付かされた時・・・
「いい話が聞けた」と言われます。
当然ですが、こう言って頂ける患者さんに、その後の対策について話しやすいのは言うまでもありません。



 <各目次>このお話は1話で完結です

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