'23.11/25②【行動録】みほとけのキセキ Ⅱ ① | ~‡コキュートス‡~

'23.11/25②【行動録】みほとけのキセキ Ⅱ ①

(−A−)という事で…


静岡県浜松市の浜松城公園に2年7ヶ月ぶりに訪れまして、前回は足を運ばなかった方に敢えて進路を取り、のんびりと散歩がてらに向かった先は浜松市美術館…目的は『みほとけのキセキ Ⅱ』でした。というところまで、前回記事で書きました。

(↓再掲)

矢印の方向に進むと、浜松城公園の奥に木々に包まれてひっそりと佇む浜松市美術館が現れます。

ちなみに、前回浜松城公園に来たのも、2年前の春に開催されていた『みほとけのキセキ −遠州・三河の寺宝展−』を観るためでした。


展示物が前回とは違うのは勿論なんですけど、前回はスターダム浜松大会観戦という予定が先にあって、じゃあそのついでに行ってみよう。て感じで来たんですね。


ですが今回は、この『みほとけのキセキ Ⅱ』開催を地上波TVのCMで知った時に「え?またやるんだ。これは是非とも行きたいなあ♪」と思い、これを観るのが目的で出掛けて来たわけで…何となくですが、自分の気持ちも違いましたね。



(−A−)話を進めましょう。


先ずは館内に入ったところで当日券を購入。


今回の展示会の正式名称は『みほとけのキセキⅡ −遠州・三河のしられざる祈り−』です。

↓が受付で貰ったフライヤーの表と裏ですが…
分かりづらいかと思いますので、ネットからダウンロードした画像も貼っときますね。

↓は展示品の目録。


2021年3月から4月に掛けて開催された『みほとけのキセキ −遠州・三河の寺宝展−』では、浜名湖を中心とした遠州・三河地方に点在する寺院に残る平安・鎌倉・南北朝時代に作られた仏像が一堂に展示されましたが、国指定重要文化財の10躯や寺外初公開の7躯を含む地域を代表する諸仏を展示した事や、遠州・三河という現在の行政区分の垣根を越えた2地域に着目した初の仏像展であった事から、28日間で23,000人を越える超える来場者があったそうです。

そんな前回の展示会の続編に位置付けられた『みほとけのキセキ Ⅱ −遠州・三河のしられざる祈り−』では、通常非公開・寺外初公開の作例、近年の調査でその価値が見出された作例を紹介する他、前回は紹介出来なかった地域・時代の仏像も取り上げ、遠州・三河の「しられざる作例」の存在を再確認し、改めて遠州・三河に根付いた仏教文化の価値や魅力に迫ろうというものになります。

(↓は浜松市美術館の館内案内図。)

1階展示室の入口横には音声ガイド用機材の貸し出しもしてたんですが、自分のペースで見たかったのと、詳しい知識云々より単純にボーッと見ながら "その雰囲気" を感じたかったので、借りませんでした。


尚、写真を撮ったのは展示品の全てではなく、私が気になったものを抜粋した形になります。基本的にはバァーッと貼ってくだけにしますね(笑)



1階展示室に入り、最初に出てきたのがこのコーナー。


『プロローグ みほとけのキセキ ―「奇跡」と「軌跡」の意味―』


菩薩立像…白鳳〜奈良時代(7〜8世紀)、磐田市埋蔵文化財センター蔵
塼仏(センブツ…粘土で型を抜き、焼いて作った板状の仏像)というものらしく、掌に乗るぐらい小さかったと思います。

↓こういう分類、ありがたいですよね。なかなか覚えられないんだけど(汗)

菩薩形立像…平安時代(11世紀)、豊橋市・普門寺蔵


地蔵菩薩立像…平安時代(12世紀)、豊橋市指定文化財・正圓寺蔵


阿弥陀如来坐像…鎌倉時代(13世紀)、豊橋市指定文化財・普門寺蔵


愛染明王坐像…鎌倉時代(13世紀)、浜松市・摩訶耶寺蔵


(−A−)ここから次のコーナー…

というか、本編になるのかな?

『キセキ Ⅰ  定朝様式のみほとけ ―日本風と中国風の四天王とともに―』
(注:以下・説明文の画像が照明の関係で見づらかったので、編集して色合い変えてあります。)

阿弥陀如来坐像…平安時代(12世紀)、浜松市・長福寺蔵


阿弥陀如来坐像…平安時代(12世紀)、浜松市・岩水寺蔵


(−A−)展示室内の所々に…

↓な感じの豆知識的なものが表示されてました。ちょっとホッコリしますね♪

↓この4躯の四天王立像は、いずれも湖西市の応賀寺蔵のもので、作られたのは平安〜鎌倉時代(12〜13世紀)、全て湖西市指定文化財です◎
持国天立像
増長天立像
広目天立像
多聞天立像
( ̄ー ̄)いやあ…格好いいですよね♪


そして、こちらの四天王立像は、4躯とも浜松市の宝林寺蔵のもので、江戸時代・寛文8年(1668年)の康祐作、全て静岡県指定文化財です◎
中国風の強い作風との事で、先の応賀寺蔵の四天王立像とはまた趣きが違って興味深いです。

毘沙門天立像
広目天立像
増長天立像
持国天立像

( ̄ー ̄)…あれ?四天王のメンバー違くね?

と無学な私は見ながら思ったんですが、多聞天の別名が毘沙門天なんですね。そうだったのか!(笑)

Wikipediaによると『日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」、独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例」だそうですが、あくまで通例であって…この宝林寺蔵のものは毘沙門天と称してる。て事でしょうね。


(−A−)ここまでで1階展示室は終わり…

出口からちょっと行った1階小展示室という小さめの部屋に『特別展示B 徳川家康ゆかりの寺院と江戸仏』というコーナーがありました。
その中から何点か撮りましたので、まとめて載せときます。

↓上の3躯は左から阿弥陀如来立像不空羂索観音坐像(フクウケンサクカンノン・ザゾウ)、阿弥陀如来立像で江戸時代(17世紀)のもの、左下の阿弥陀如来坐像と右下の薬師如来坐像も同じ江戸時代ながら18世紀のものとの事で…全てここ浜松市美術館蔵の作品です。

特別展示Bを見終わりまして、ちょうど休憩出来るスペースもあったので、2階に行く前にしばし休憩。

前回記事で「お腹が張って少し苦しい、きっとツナオーアヒージョのせいだ!」みたいな話を書きましたが(笑)、すっきりまではしなかったものの、この辺りからほとんど気にならないぐらいにはなってまして。


( ̄ー ̄)みほとけのキセキですかね?(笑)


…とか言いつつ、今回はここまで。


次回記事で2階の展示物を紹介しますので、興味ある方はお待ち下さいませ。


(−A−)y~ムフフ











この時点ではまだ半分見ただけでしたが、既に「やっぱり来て正解だったな♪」て気分になってましたね。…いやあ、仏像って、本当にいいもんですね。(←唐突に水野晴郎風・笑)