11/12 中間発表
レジュメ内容
■前回発表@ゼミ合宿(08/06/28)のおさらいと反省 →前回の発表
コンテンツを考えてみたが「広すぎて、全体的に薄くなってしまうのでは」とのご指摘をみなさんから頂いた。
→そこで、時系列に沿って書いていくことによって、まとまりのある論文を目指すことにした。
それぞれの出来事など(Salón del Mangaのこととか)はその中に出てきた時点で紹介していく。
→マンガやアニメそのものに深く踏み込み、翻訳などの特徴をピックアップしてまとめるようなことはしない。
→マンガやアニメが流行した要因を考察することはしても、論理的に解明することを最終目標とはしない。
■それを踏まえて →「テーマの概要」再考。
今、世界中で日本のマンガが読まれ、そして、アニメが観られている。日本とのタイムラグさえあるものの、書店では当たり前のように翻訳されたマンガが並ぶようになった。また、インターネットの普及により、ここ数年では世界中にいるファンの行動にも変化が見られるようになっている。
スペインもその例に漏れず、世界有数のオタク国家に成長した。ありとあらゆるアニメが吹き替えで放映され、マンガも翻訳・出版されている。また、バルセロナで開催されているSalón del Mangaは毎年6万人以上が訪れる程の巨大な人気イベントに成長した。もはやマンガ・アニメは単なる日本のサブカルチャーという枠からはみ出し、スペインにとって新たな文化になりつつあると言っても過言ではない。
この論文では、スペインにおける日本のマンガ・アニメ史をひも解きながら現象をまとめ、その流行の要因を考察していくことを目的とする。
■この論文のゴール (目的/狙い)
①マンガやアニメに関わるスペインの現象を時系列でまとめていく。
②日本のマンガ・アニメが流行した要因を考察する。
■これからの予定と検討事項
・以前目指していたものが壮大だっただけに、若干物足りなさを感じてしまうが大丈夫か。
・現象は今わかっていることが中心になってくるので、時系列に沿って書くといってもボリュームのバランスを取るのが今のままでは難しい。昔の現象ももっと知りたい。
・スペインでの具体的なマンガ・アニメの登場年などがわかるような文献が見つかるのか。
→FICOMIC等にコンタクトを取ってスペイン語の文献をもっと積極的に探す。
→または、日本の出版社やアニメ制作会社に版権を売った年を問い合わせてみる、とか。
・具体的な数(発行部数とか、売り上げとか…)そういった説得力のあるデータがもっと欲しい。
【参考文献】※他にもありますが、使えそうな物以外は割愛しました。
①手元にあるもの
・「日本のサブカルチャーがスペインで大人気」スペイン大使館経済商務部 娯楽・分化担当 金関あさ (2006)
→先生から頂いた非常に興味深い講演録。多くの資料が載っていて、新たな参考文献を探すこともできる。
・『現代漫画博物館1945-2005 (本編/別冊資料編)』小学館(2006)
→26の出版社が協力して編集したという力作の資料。日本のマンガ史は多分これだけあればいける。
・「スペインにおける日本のテレビアニメ・マンガ・映画市場の実態」日本貿易振興機構 (2007)
→超ピンポイントで発見。日本貿易振興機構は他にもいい資料持ってそう。
・スペイン版ウィキペディア「Historia del anime y manga en España」
→正直使いたくないが、これくらいしか資料がまだ見つかってないというのも事実。
・『スペインハンドブック』三省堂 (1982)
→スペインの現代史とか社会のしくみをちょっと調べたくなった時に使う予定。
②これから手に入れたいもの
・『日本のアニメ全史』テンブックス(2004)
・『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』祥伝社(2006)
・また、金関さんの論文にあるような具体的な数字データをEGEDA/FGEE/FICOMIC/日本貿易振興機構などを探って持ってくる
「クール・ジャパン」世界が注目するアキバ、その魅力とは?
マンガやアニメをはじめとした日本のポップカルチャーが「クール」だとして海外で評価されている。日本政府もアニメやマンガ、映画、ゲームなどの「コンテンツ」に関わる産業がこれからの日本を牽引する新産業だとして支援を始めている。その中心を担う街といえば、やはり秋葉原が挙げられる。今や世界が注目する都市になりつつある「秋葉原」。だが、なぜ秋葉原なのか。そしてこれからの秋葉原はどう変わっていくのか。『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』の著者であり、デジタルハリウッド大学の杉山知之学長にアキバ経済新聞編集長柳原秀哉が話を聞いた。(以下敬称略)続きを読む
途中経過② -まとめ方・進め方の方針-
という状況がかなりしんどい。
が、どう考えても、歴史順に追っていきながら書かないと無理ですよねー。
この前みたいにどっさり内容詰め込んだらまとまらないし・・・・。
とりあえず比較対象にするオリジナル(=日本の)マンガ史は文献によってなんとかなりそうだから、
ウィキで見つけた主な作品をどうにかしてリサーチするしかないのかなー・・・っていう。
方法としては、出版社やアニメ制作会社みたいに、版権を持っていたと思われる日本の会社に直接聞いてみる、とかね。
また、ウィキに載ってた参考文献をまたさらに探る・・・とか・・・。
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途中経過①でどっさり載せた歴史をもう一度まとめて整理してみよう。
■1970年代後半
アルプスの少女ハイジと母をたずねて三千里が放映され、2年後マジンガーZが放映される。
ある程度成功。
↓↓↓
■1980年代
ガッチャマンやキャンディ・キャンディも同様な成功を収めるが、
まだ当時の漫画雑誌はアメコミが主流、アニメもアメリカ産に支配されていた。
↓↓↓
■1990年代(マンガ革命期)
・アメリカで西洋化されたAKIRAが出版され、評論家から賞賛される。→AKIRA解説
・聖闘士星矢/キャプテン翼/ドラゴンボールのアニメが放映され、大ヒット →その後の人気に影響
・きまぐれオレンジロード、シティハンター、タッチ、セーラームーン、らんま1/2のような作品も次から次に出版された
・fanzinesというタイプのファンの雑誌が発展した。
・その一方で、過度の成長や、親が子へ悪影響を心配したことが向かい風となる。
↓↓↓
■2000年代
fanzinesや、インターネット、イベントでさらに発展。
コスプレやカラオケが発展。
ポケモン/デジモン/クレヨンしんちゃん
↓↓↓
■現在
日本のマンガの量はアメコミを超え、Salon del mangaには毎年60000人近い来場者が訪れている。
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あーーーー、眠い。今日はここまで。
途中経過①
まず、前回発表からの課題を解決しましょう。
課題
とりあえず、どうやってまとめていくのか、考えないと。
理想としては歴史を追って紹介していく。
マンガかアニメか(多分・・・アニメ?)
先にスペインにたどり着いた年を元年として年表でも作るか?
で、その中で、ところどころ重要っぽいところを深めていこうか。
とりあえずスペインでのマンガ史の情報が少なすぎる!
まずはウィキペディアをざっくり訳してみる。
Historia del anime y manga en España
一回途中で編集画面が消えたのでげんなりしています。
もう、直訳の部分とかめっちゃあるし、訳間違えてるとかあるし
日本語としておかしいけどそのまま載せちゃおう。
で、あとでまとめます。そもそも全訳する理由なんて無いんだよね。
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とりあえず、スペインにおける日本のマンガ・アニメの歴史のスタートを決定するのは難しい。
でも、ある大きなインパクトを与えた、という意味で、
Heidi アルプスの少女ハイジ
Marco 母をたずねて三千里
Mazinger Z マジンガーZ
のシリーズが最初と言えるらしい。
■1970年代
まずはハイジと母をたずねて三千里が、そしてその2年後にマジンガーZが1970年代の終わりに登場した。現実と比較して、その時代のテレビの供給は少なかったにもかかわらず、放送の大部分が注目すべき反響を生んだ。
その理由として、これらのシリーズにはスペインのマンガ・アニメの文化が始まった時のファンによって支持されていたから。
■1980年代
前述のシリーズに引き続いて、同様に大きなインパクトを与えたのが
・Batalla de los Planetas(Kagaku ninjatai Gatchman)
・Candy Candy
のような作品だった。
この作品はここで出版されたオリジナルのマンガから地域の作家により制作された独自のバージョンまで見つけることができる。
しかしながら、80年代の漫画雑誌とアニメが間違いなく北アメリカに支配されていたということもあり、太陽が生まれる国(=日本)の製品はながいこと気づかれずに続いた。90年のマンガ革命が起こるまでは。
■90年代 マンガの開花
明確で、確認できる最初の言及は評論家から賞賛されたAkiraと呼ばれる作品の西欧(もちろんスペイン)での出版だった。
アメリカで西欧化されたとはいえ(つまり、ページの向きや着色をアメリカでされた)
しかしながら、本当の開花はテレビを通じて到着した。それは世界的な3シリーズの同時に起こった偶然によってもたらされた。一方ではTVEで週末に放送されていたLos Caballeros del Zodiaco (Saint Seiya)、もう一方ではTele5のキャプテン翼、そしていくつかの自治州のチャンネルではドラゴンボールが放送されていた。
これら3つのシリーズは大きな成功をもたらし、スペインでのマンガ現象の多くの真の起源であり続けた。
そして、民放2チャンネルの誕生と、低い料金で放送するために多くの素材を獲得する必要性がスペインの画面でアニメの爆発を引き起こし、開花を確かなものにする手助けをしていた
この頃、出版されたのが、
きまぐれオレンジロード
シティハンター
タッチ
セーラームーン
らんま1/2
とかとか、他にも多数。
この成功はすぐに全ての当時コミックを出版していた編集者やディーラーさえもが引き起こされ続けた巨大な需要を満足させせるための作品に関与した。避けられないことに、大量の、いつも高品質とは限らない作品の繁殖をもたらした(ファンの間では多くの苦情が)
興味深いイベントもおこった:特に日本の存在していた情報の欠如が、急速に発展した専門誌fanzines de manganime の誕生と繁殖を有利にした。(もちろんfanzinesは以前にも存在していたが、この頃程の爆発的なものではなかった)
過剰に成長しすぎたこと(?)と親が子に悪影響を考えるようになったこと
マンガにとって強い後退を引き起こしたのはこれらの2つの基本的な要因だった。
■ミレニアムの変化
しかし、マンガは到着し、ファン(日本ではかなり悪い意味の単語だったにも関わらず、スペインでは"オタク"という定義が受け入れられた)から忘れ去られたわけではなかった。
fanzins、Web、ポータルサイト、サロンデマンガなどのイベントが彼らの情熱を刺激し続けた
そうして、スペイン版のコスプレ現象がおこったり、カラオケが流行したりした。
ポケモンやデジモンのようなアメリカのフィルターを通された作品や、クレヨンしんちゃんのような驚くべき作品もはじまった。
■現在
(まだ訳してない。でも、Salon del Mangaの動員数のすごさとか要するに「すっげー人気出た」ってことが書いてある)
日本のマンガが世界に浸透したのはなぜ?
http://news.ohmynews.co.jp/news/20070522/11378
日本のマンガは「MANGA」としてアジア、ヨーロッパ、アメリカに深く浸透し、今や世界を席巻している。英語という「世界標準言語」を使用しているアメリカンコミックの方がはるかに有利なようなのに、なぜ世界はアメリカンコミックではなく日本のマンガの方を選択したのだろうか?
結論を先に言うと、その答えは次の2点に尽きると思う。日本マンガは出版に際して使用した紙の質が非常に悪かったということ。それともう一点は日本マンガは出版社の質が、アメコミの出版社と比べて非常に高かったことだと思う。(続きはこちら)