
8月29日、土曜日。
時刻は、9時30分。
今日も朝から気温は高い。
自室の窓に張り付いた蝉(セミ)が、
「ミーン、ミーン」と桁魂(けたたましい)声で鳴いており、
テレビの音声すらまともに聞き取れほどで、メンタルまでも暑さでやられてしまいそうだ。
自室のクーラーをONにすると、室外機がカラカラと今にも壊れそうな音を立て始める。
ここ最近、室外機が動き始めると、いつもこの壊れそうな音が続いている。
もし、クーラーが壊れたりしたらと考えるとゾッとするが、
なんとか今年の夏を乗り切ってくれという願いで、
このカラカラ音については、わざと聞こえないフリをしている状況だ。
昨日買っておいたペットボトルの麦茶を飲もうと思い、冷蔵庫を開ける。
麦茶を取り出しゴクゴクと飲み干しながら、冷蔵庫内を眺めていると、
以前に買って冷蔵庫へ入れておいた生魚の切り身パックが視界に入った。
身の色味がなんだか黒ずんで見える。
「切り身の色ってあんなだったかな。。。」
「匂いもなんだか臭いぞ」
賞味期限を確認してみると、すでに10日も過ぎてしまっていた。
私は、
静かに目を閉じて、何も見ていなかったかのようにそっと処分した。
「冬なら調理して食べれるか挑戦したかもしれないが、さすがに真夏はやめておこう」
長年、フリーランスでライターをしているせいなのか、
現実から目を背ける技術だけは、年々向上しており、
今や、冬なら大丈夫というエビデンスが全く無い境地(きょうち)にまで達しているのである。
冷蔵庫内には、今日の昼食にできそうな食材はもう何も無く、
仕方がないため、スーパーへ買い出しに行こうと決めた。
そう決意を固めると、
いつの間にか蝉(セミ)の鳴き声は止んでおり、
テレビからは、今日の天気予報を解説する音声が聞こえてくるのを感じた。
「今日も天気の崩れは無く、絶好のお洗濯日和(びより)となりそうです」
「ただ、日差し強い日中は、気温が35度以上とかなり高い状態が続きますので、熱中症には十分気をつけてください」
夏、真っ盛りである。
私は思った。
「今日の日差しはサ◯ジン的だ。本気で紫外線対策をしてスーパーへ向かおう」
「まずは、日焼け止めを露出するであろう肌という肌の面にすべて塗るのだ。」
顔。
首。
耳。
腕。
念入りに塗り終えた。
「念には念を」
さらに、
帽子。
サングラス。
マスク。
アームカバー。
ネックガード。
すべての装着が完了した。
満を持(じ)して、自分の姿を鏡で確認してみる。
「完璧な紫外線対策だ」
私自身ですら、もう誰なのか分からないほどである。
完全防備で意気揚々(いきようよう)と自宅を出て、
スーパーへ向かって歩いていると、
親に連れられて歩いている近所の小学生が、じーっとこちらを見ている。
すると、
小学生は「ママ、あそこに忍者がいるよ!」と親に言いながら、
私を指さしている。
私が気がついたことに気づいたのか、
母親は慌てて子供の口元を塞ぎ(ふさぎ)ながら、
「しっ!、見ちゃだめよ」
私は少し傷付いた。
ただ紫外線対策をしていただけである。
そうこうしながらスーパーへ到着。
さっそく店内へと入り、
店内の涼しさを気持ち良く感じながら、昼食用に生魚の切り身パックを購入。
「自宅に戻ったら、焼いて塩か醤油で食べることにしよう」
今日は特売日だったらしく、
なかなかのお値打ち価格で購入できた。
ペットボトルの水も安かったためカゴに入れる。
満足である。
買い物を終えて帰宅する道すがら、
その暑さに負けて公園のベンチで少しだけ休憩しようと思い、立ち寄ることに。
日陰のある場所は残念ながら無かったが、空いているベンチは見つかった。
ベンチに腰掛け、
スーパーの袋からペットボトルの水を取り出し、ゴクゴクと飲み干す。
空は相変わらずの晴天だが、
少し生暖かいが、それでいてなぜか涼しげにも感じるようなそよ風が吹いていて、気持ちが良い。
「風が気持ち良いな。休憩に立ち寄って正解だ・・・」
・・z
・z z
z z z
z z z z z z
「ん?」
「暑いな。。。」
「汗だくだ。。。」
「たしか、公園のベンチで。。。」
ようやく、寝てしまっていたことに気づいて目を覚まし、
慌ててスマホに表示されている時刻を確認してみると、すでに14時30分であった。
「4、5時間は寝ていたかもしれない。。。」
急いで荷物を持ち、汗だくのまま自宅へ戻るしかなかった。
帰宅後。
帽子、サングラス、マスク、アームカバー、ネックガードを外し、
鏡で全身をよく見てみるが、ぜんぜん日焼けしていない。
「完全防備できていた。すばらしい」
勝利の余韻(よいん)に浸り(ひたり)ながら、
スーパーの袋から昼食用にと買った生魚の切り身パックを取り出した。
「なんてことだ。。。」
私は固まった。
その切り身のパックは、
スーパーではあれほどまでに、透明感のある美しい切り身のビジュアルだったはずなのに、
今は、なんだか朝見た期限切れで処分した食材にそっくりな見た目の状態である。
まるで、
竜宮城から戻った主人公が、玉手箱を開けてしまい、お爺さんになってしまったかのようだった。
私は思い出した。
数時間。
真夏。
35度。
直射日光。
ベンチ。
昼寝。
・・・
自分自身を日焼けから守ることはできた。
しかし、
本当に守るべきだった生魚の切り身パックという食材を守ることには失敗したのである。
「今回の私の日焼け対策(任務)は、結果失敗だったということか。。。」
私は、変わり果てた生魚の切り身パックをそっと袋に戻し、そして呟く。
「・・・守るべきものを間違えたな」
Believe in your priorities.

( by TSK )