
「ドンドンドン♪
ドン、キー♪」
耳の奥に直接杭(くい)を打ち込むような、あの暴力的なまでの陽気なメロディ。
土曜日の、午後十一時。
初夏の夜風が都会のビル風に混ざって街を微かに撫で(なで)、
これから夜の深淵(しんえん)へと繰り出す若者たちが
駅前で高揚した声を上げているその時刻。
私は一人、
不夜城(ふやじょう)のごとく闇を黄色く焼き払う巨大なビルの入り口で、
回る看板を力なく見つめていた。
「ディスカウントストア」
そこは、自宅という名の四畳半の独房(どくぼう)で
執筆に行き詰まり白煙をあげショートしてしまったライターという名の生物が、
強制的な思考のリセットを求めて彷徨い辿り着く、現代の知的な吹き溜まりである。
私の脳細胞は、数日間にわたる締め切りの連鎖によって、
もはや物理的な発火寸前の状態で音もなく焼け落ちようとしていた。
本来であれば、私は今頃、
洗練されたホテルのラウンジで最高級のシングルモルトを片手に、
時代を鋭く射抜くような重厚なエッセイの一節を
流れるように紡ぎ(つむぎ)出しているはず。
しかし現実は、数日間にわたる締め切りの連鎖によって
部屋の床が空のペットボトルと脱ぎ散らかした靴下で埋没している。
自らの語彙力(ごいりょく)は完全に底を突き、
止まってしまった脳内エンジンを無理やり再起動させようとする、
凄惨(せいさん)なまでの敗走劇の真っ最中である。
ライターという職業は、究極の自尊心の切り売りである。
ペン一本やパソコン1台で、
社会に一石を投じるなどという誇大妄想(こだいもうそう)は、
一文字一円の検収完了通知を受け取った瞬間に霧散してしまう。
しかも、
私たちは自らの腰痛を無視し続けながら、網膜さえもブルーライトで焼き、
内臓の悲鳴をテキストデータへと変換し続ける、孤独な言葉の工員にすぎないのだ。
今日のご依頼は、某ライフスタイルメディアからの
「ミニマリズムがもたらす洗練された余白。持たない幸せのカタチ」という、
今の私の混沌(こんとん)とした生活環境に対する、
最大級のアイロニー(皮肉)が込められたキラキラしたテーマ。
この嘘に満ちた原稿に
ライターとして一縷(いちる)の説得力を持たせるためには、
まず自分自身を、余白や洗練という概念から最も遠い情報の過密地帯に叩き込み、
逆説的に持たない幸せを渇望(かつぼう)する必要がある。
黄色いゲートをくぐった瞬間に私を迎え入れたのは、
設計者の慈悲を一切感じさせない、
天井まで届く商品棚が迷路のように入り組んだ、
あの圧縮陳列(あっしゅくちんれつ)の迷宮であった。
私は、使い古したマックブックが入った重すぎるカバンを肩に食い込ませ、
一円の得にもならない自尊心を入り口の黄色い買い物カゴに投げ捨てた。
知性はというと、むしろ研ぎ澄まされるどころか、
私の意識は開始数分で、店内に漂う安っぽいゴムの匂いと
誰かの食べたあとの揚げ物の香りが混ざり合った、
逃げ場のない生活感に圧倒される。
そこで私が真っ先に着手したのは、知的な構成案の作成ではない。
天井まで届く洗剤の山と、不自然なほど安売りされたスナック菓子の壁に挟まれ、
完全に行き止まりの迷路に放り出された自らの現在地を、
ただ茫然(ぼうぜん)と確認することであった。
逃げ場のない爆音BGMのなか、
自分がこのジャングルで何を狩りに来たのかさえ思い出せず、
ただのバグを起こしたデータの断片として、通路の真ん中で立ち尽くすこと。
それは、一文字いくらの知性を売るはずの人間が、
数百円のサンダル売り場の前で思考を完全停止させた、
あまりに無様なフリーズであった。
気づけば周囲の通路からは、
週末の余暇を謳歌(おうか)する人々の嬌声(きょうせい)や、
深夜のテンションに身を任せたカップルたちの無邪気な笑い声が聞こえてきている。
一人だけ、モニターの青白い光に顔面を無残に焼かれ、
慢性的な寝不足で泥のように淀(よど)んだ瞳を剥き出しにしながら、
特売品のカゴの陰でメモ帳と睨み合っている哀れな生き物。
この、圧倒的な物量の暴力にさらされることで、
私のなかで止まっていた思考の歯車が、
異音を立てながらも再びゆっくりと回り始める。
私はこの情報のジャングルのなかで、
ライターとして生き残るための残酷な法則を、
一つずつ自らの脳内に刻み込んでいくことにした。
まず第一に、
この迷路のような通路を泳ぎ切るための目利き(めきき)についてである。
見上げれば、天井に届くほどの不必要な雑貨の群れ。
あれは、
ネットの海に漂う無価値な情報の残骸(ざんがい)そのものではないか。
ブランド品の輝きに目を奪われている暇はない。
今の私に必要なのは、
ワゴンセールの端っこに転がっている、誰にも気づかれないニッチな真実。
入口の派手な演出を無視し、
読者の脳内に直接響く一品を探し出すサーチの速さが、
そのまま文字単価のリッチへと辿り着くための唯一の道であることを、
私はこの迷路のなかで再確認する。
次に、視界を遮る(さえぎる)商品棚に貼られた、
あのド派手な手書きPOP(ポップ)の魔力についてである。
整ったフォントの正論なんて、この情報の過密地帯では誰も見向きもしない。
店員の脂汗が滲む(にじむ)ような、
あの歪(いびつ)で熱量溢れる手書きの言葉。
それこそが、AIには決して真似できない、ライターの体温そのものなのだ。
裏面の成分表示を読み込むように記事の権威を裏付け、
独自の煽り文句で読者の指を止める。
嘘の謳い(うたい)文句や他人のパクリは、
賞味期限切れの食材よりも性質(たち)が悪い。
自分の泥臭い体験をインクに変えて、この情報の壁に叩きつけること。
それだけが、
コピー&ペーストの時代に自らの存在証明を刻む方法であることを、
私は派手な電飾の反射の下で確信する。
そして最後に、レジへと続くあの逃げ場のない行列の不条理についてである。
会計のスピードは、
クライアントへのレスポンスの速さと同義。
もたつく奴から、次なる継続案件という名のチケットは奪い去られていく。
マイバッグという名の仕事の流儀を、常にカバンの底に忍ばせておくこと。
ポイントカードの提示という名の、読者からのささやかな信頼の投票を集めること。
一円単位の端数に震える夜を、
明日を生き抜くための笑い話に変える強かさ(したたかさ)。
小銭を握りしめたその手の中にこそ、一文字一円の重みが宿っているのである。
どれだけ高尚(こうしょう)な言葉という消臭剤を原稿に振りまいても、
私の文章には常に、拭い(ぬぐい)去ることのできない世俗的な欲望や、
卑しい(いやしい)執着が、しつこいカビのようにこびりついている。
その消えない汚れを、締め切りという名の脱水機に無理やり放り込み、
自らの魂が千切れんばかりに絞り上げられることで、私はようやく、
たった一行の、どうしようもなく汚れていて、
けれど愛おしい真実を吐き出しているのだ。
ライターの苦労は、誰にも理解されない。
「一日中座って、好きなこと書いてお金になるなんて、気楽な商売だね」
と吐き捨てる人間がいたら。
私はそいつを、この午前二時の、
一切の静寂が許されず、常に爆音のBGMに脳を削り取られる、
この原色の実験室のなかへと、一切の慈悲を捨てて招待してやるのである。
胃の底では、安っぽいエナジードリンクの過剰摂取による刺激が、
この不自然な高揚感をぶち壊そうと今にも不穏な音を上げようとしているのだ。
その生命の叫びを、全身の筋肉を硬直させて必死に圧殺し、
誰にも悟られぬよう、鼻息を殺しながら耐え忍ぶこの凄惨な地獄のなかに、
そいつの能天気な人生ごと叩き込んでやるのである。
私たちは、自らの脳髄(のうずい)を重油のような安い牛脂で満たし、
自分の体内時計をズタズタに引き裂き、自らの寿命を原稿料へと変換し続けている。
そうやってやっとの思いで、誰かのためのたった一行の、
どうしようもなく下劣で、けれど愛おしい真実を紡ぎ出しているのだ。
一時間に及ぶ迷走という名の執筆を終え、
私がディスカウントストアの重厚な、いや、指紋だらけの自動ドアを抜けて
地上への階段を這い上がった、その瞬間のことである。
静寂という名の監獄から放免された私の身体を、まず襲ったのは解放感ではなく、
自らの存在が希薄になったという得体の知れない恐怖であった。
都会のビル群を焼く暴力的な太陽の下あっけなく揮発し、
先ほどまで私が身を潜めていた原色の情報の迷宮とは、
致命的なまでに噛み合わない。
空腹すらもはや一つの記号へと退化し、
私はただ、自らのラップトップの重みだけを頼りに
アスファルトの上に辛うじて立っている、
透明な影のような存在へと成り果てていた。
この、全神経を使い果たしたあとに訪れる、
自分が社会という巨大なサーバーからログアウトしてしまったかのような、
寄るべき拠り(より)所を失った孤独。
私は今、高解像度で動き続ける社会という名の精巧な風景のなかで、
一人だけ極端な底解像度で、
読み込みエラーを起こしたまま放置されたノイズ混じりのデータ断片として、
この雑踏を彷徨って(さまよって)いるのだ。
一万文字を送り出したあとのこの空虚さは、決して充実感などではなく、
自らの魂のすべてを安っぽい電子信号へと強引に変換し、
空っぽになった心という名のストレージが、
ただ熱を持って空転しているだけの救いのない虚脱感(きょだつかん)に他ならない。
この不条理な現実は、一歩踏み出すごとに、
逃れられない底なしの重力となって、
自らの肉体の限界を嫌というほど私に突きつけてくる。
だが、私の精神は、
あんなにどん詰まりだった数時間前とは比べ物にならないほど驚くほどに、
暗闇のなかで静かに液晶モニターのなかで点滅を繰り返す、
あの鋭いカーソルのように研ぎ澄まされていた。
よし、まずはこの記事を、
あの情報のジャングルのなかで凝縮された、
どんな高級ブランドのカタログよりも、鋭く、無駄がなく、
けれど誰かの人生の不要な贅肉(ぜいにく)を削ぎ落とすような、
強固な説得力を持つ一編へと、血を吐く思いで鍛え上げてやる。
ライター読者の皆様。
もし、あなたが、自らの言葉に詰まったら。
文章術の指南書などドブに捨てて、
今すぐ、一番近所の、二十四時間眠らないジャングルへ飛び込んでほしい。
そして、
逃げ場のない情報の回転のなかで、
自分のなかの、ドロドロに溶けた本音と、徹底的に対話してみてほしい。
浄化の儀式が終わったとき。
あなたの手元には、今まで見たこともないような、
ジャンクで、けれど生命力に満ち溢れた言葉が残っているはずだ。
それは、どんな高潔なライフスタイル誌の一節よりも、
あなたの人生を、力強く、動かしてくれる。
「ライター x ディスカウントストア」
それは、
情報の圧縮を創造力に、生活の崩壊を言葉の跳躍に変える、
最高に不格好で、最高に贅沢な、自分自身の最後の悪あがき。
そんな不細工な足掻き(あがき)を糧(かて)にして、
私は今日もまた一文字を紡いでいく。
さあ、明日は日曜日。
私は、まだ耳の奥に残る、
あの「ドンドンドン♪」というリズムを心地よい不協和音として聴きながら、
新しい記事の、最初の一行を、書き始める。
次の記事は、もっと毒々しく、
読者の心臓を、直接鷲掴み(わしづかみ)にして揺さぶるような、
そんな痺れる(しびれる)ような言葉で、書いてやる。
私のなかの語彙力(ごいりょく)は、
まだ、空っぽになったわけではないのだから。
Believe in your jungle.
会計の際、
合計金額の端数が「一円」だったため、
財布の中から「一円玉」を底まで組まなく探そうとするも、
あまりの脳の疲弊によって指先が震え、
小銭入れの奥ふかくの角にピッタリとフィットして潜む(ひそむ)その一枚を、
どうしても掴み(つかみ)出すことができなかった。
背後に並んでいる、
一刻も早く買い物を終えて夜の街へと消えたいと願っているかのような、
不機嫌そうな表情を浮かべた男たちの冷徹な視線を全身に浴びて、
私は再び、心臓の痛みとは別の場所、
すなわち自尊心に鋭い激痛を感じることになる。
結局、
一円のために一万円札を崩さざるを得なくなった、あの敗北感に満ちた数秒間。
命を削って手にした数万円の原稿料など、
この一円の不手際のために失った、人間としての最低限の余裕に比べれば、
ただの紙屑(かみくず)にすぎないという不条理(ふじょうり)。
私はただ、乾いた笑いを浮かべながら、
派手な黄色のビニール袋の音を夜風に響かせ、
震える足で街の雑踏へと消えていくしかなかった。

( 著者:TSK )