古伝琉球武術伝承会/TSKjapan(西横浜) -2ページ目

TSKジャパンでは琉球武術として、唐手とトンファーとヌンチャクの3種を稽古しています。

私は他に棒とサイとスルチンを学びましたが、棒は元々あまり好きではなかったので、今ではすっかり忘れてしまいました。

サイとスルチンはいずれやりたいのですが、限られた稽古時間なので今はトンファーとヌンチャクに専念した方が効率的だと思います。


私が自分が伝えている素手の技術を「空手」ではなく「唐手」と表記するようになって10年程でしょうか。

1990年代の中頃から幾つかの空手競技の連盟や協会に加盟して理事などに就きましたが、いくつかの流派の先生は自流以外の理論を受け付けず、それは自らの原型とでも言うべき琉球の空手についても同様でした。

近代空手と古流では攻撃と防御すら逆転している技も多く、自らの正統性を主張する流派が古流の理論を受け入れる事ができないのは、当然と言えば当然なのかもしれません。

私は何時しか彼らと衝突するのが煩わしくなり、自分の流儀を古い呼称に習い「唐手」としました。


師の話では、昭和40年頃ですら本土の人を毛嫌いする沖縄の方は少なくなかったそうです。また、逆に沖縄の方を見下す本土の人も多くいたそうです。

明治、大正時代の本土と沖縄の溝は、今の我々の想像を超えるものがあったのでしょう。

当時の唐手家は、本土へ意図的に理論を逆転して伝えた、もしくは逆転して解釈するように伝えたのだと思います。

そういう意味で、私達の流儀は「空手」ではなく「唐手」と呼ぶしかないものなのでしょう。

琉球武術の稽古が国内トップクラスのキックボクシングジム「TSKジャパン」で行われるようになって、早いもので1年半が経過しました。

最初は子供達のTVドラマ出演(戦力外捜査官:日本テレビ)の為に始めた稽古でしたが、番組終了後もこうして稽古を続ける事ができるのは、純粋に琉球武術に関心を持ってくれた皆さんのお蔭と感謝します。


琉球で殺されない為に生まれたこの武術は、本土へ渡って武道となり、今日ではオリンピック正式種目を目指すスポーツへと変貌しました。

現代日本のような治安の良い国において、殺されない為の武術を学ぶ意義を私は明確にする事ができません。

それでも、老化による打撃力や戦闘力の低下を抑える古の琉球武術家の知恵は、ある意味アンチエイジングと言えるのではないかと思っています。


現在、TSKジャパンにおける稽古は週に1回3時間弱です。しかも最初の1時間はジュニアと合同の為、難解な琉球武術ではなく、子供でも理解しやすい近代空手の理論での説明となっています。

しかし、もうお解かりでしょうが、古伝の理論と近代の理論は真逆でありながら両者に明確な境界線は無いという、非常に複雑な関係にあります。


このブロクでは、普段の稽古では説明しきれない琉球武術や現代護身術の歴史や理論を記しますので、稽古の参考にして頂けたら幸いです。