ホ・ポノポノ随想 | 耳トレtsingmoo青木肇のブログ

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完全音感(絶対音感&相対音感)指導。聴音、ジャズピアノ、ジャズボーカル、スキャット、アカペラベース、英語発音指導。アカペラバンドクリニック。
ピアノ、アカペラ、合唱、リコーダー、カリンバアレンジなど。
http://tsingmoo.web.wox.cc
青木肇tsingmoo@yahoo.co.jp

これの前にホ・オポノポノのことを書いた時に、ホ・オポノポノでは起きてる現象を全て「自分の責任」と見る、と書きましたが、多分多くの人がここで引いちゃうんじゃないかと思います。


何か自分が悪者にされたような、責任を押しつけられたような居心地の悪さを感じるかもしれません。


このあたり、日本語の「責任」という言葉のニュアンスも関係するのかなと思います。


英語に訳す(戻す)とbe responsible forですが、「レスポンス」に可能を示すibleがついてるので

「◎×に対して反応できる」

と取ることができるのではないか、と思っています。


反応できるのだから、forの後の状態を「書き換える」こともできるのではないか、まで私は大胆に行ってしまいます(笑)。


こう考えると、「責任」のときとは主客逆転したような気分?にもなれるかもしれません。

「自分のせい」的なネガティヴな感じではなく「自分がことを起こしている主体、書換え可」の感じ。


実際、ホ・オポノポノでは「今起きていること」は「ウニヒピリ」(潜在意識)の「記憶」による「再生」という捉え方をするようですが、ここでの「潜在意識の記憶」は宇宙始まって以来のありとあらゆる生物、非生物問わない記憶とされるので、ユングのいう「集合無意識」みたいなものでしょう。


(宇宙の始まりに関する宇宙論は、別件として難解なのでここでは立ち入りません)


そのどれかの「記憶」が「自分」のところでよくわからんまま「再生」されてて、それが「イヤなこと」だっりしたら、それに「責任」があるとか言われた日には、普通腹立ちますよね(笑)。


でも、「反応できる」と考えれば(詭弁??)それに対して、ホ・オポノポノのクリーニングツールを「機械的に」使って対処(クリーニング)すればいいとすれば、まあ、気はラクです。


SITHホ・オポノポノを作ったモーナ女史を引き継いだヒューレン博士は、よく「デリートのボタンを押すように」やればいい、とインタビュー本の中で再三言ってる気がします。

気持ちを込める必要はない、とも明言してました。


で、よく使われる4つの言葉


ありがとう

愛してる

御免なさい

許してください


の4つですが、「御免なさい」と「許してください」は私は殆ど使っていません。


納得できんもん(笑)


(心身の使い方に問題があるかな、と自分で思った時には使いますが)


「ありがとう」や「愛してる」はホ・オポノポノ意外の日本的な「ツキを呼ぶ魔法の言葉」などとも共通していることもあり、意味なく唱えたりもします。


「愛してる」はI love you.で唱える方が多いけれど。


ここ最近は、言葉の意味を考えなくていい「ブルーメッシュ」が多いかな。

自分の身体など身近なところは勿論、原発も、何だかよくわからんふと見たニュースも、病気の人も、領土問題のようなものも何でもかんでも。


何か問題に対し(具体的なのも抽象的なのも)、青い布で包んでクリーニング、のイメージは作りやすいので。


「場所」のクリーニングは「ブルーソーラーウォーターシェイカー」が多いかな。

ブルーソーラーウォーター(青いガラス容器に水を入れて、非金属の蓋をして太陽光に当てた水)をその場所に大量に打ち水するイメージ。

住んでるところ、実家、スタジオ、これから行く会場などなど。


どこか痛い時はアイスブルー。

植物が近くにあるときは触れながら。


そうそう、潜在意識記憶を消去するクリーニングツールには「食べ物」もあるのですが、ハッキリ言ってわけわかりません(笑)


よく紹介されるのはバニラアイス、イチゴ、マシュマロ、エビ、麺類、など。


ここらへんはおまじない感?も多少否めないのですが、面白いので実践してます。

アイスはいつもバニラアイスを買ってきます(笑)

麺類もよく食べてます。


ホ・オポノポノを考えるときにいつも連想されるのは「鎌倉新仏教」。

宗派によりお題目を絞ったり、ひたすら座禅だったり色々ですが、シンプルな易行道であるところは共通。


ホ・オポノポノもそんな感じかな、と思います。


やりやすいところを、やりやすいようにやればいいと思っています。