そこを何とか乗り切ることが出来たら・・・、ごく普通のことをしている人でも、それなりの幸せのチャンス

が・・、というようなことは、とても多くの人たちに訪れることと思うが、なぜか自分の場合には、それまで

の疎外いじめの傷を癒そうとするフリをして、最終便に寄せる、最後の期待、疎外を正当化するために

作られたルールに苦しんできた日々が少しだけでも報われるのでは・・という希望を、確信犯的に奪い

去るつもりの人たちばかりが寄ってきて、悲しみから立ち直る時間の監獄へと追い落とす・・・。

誰にも、自分のような落胆をさせるようなことはしていないのに、なぜか・・という思いが募り、余計に

苦しまなければならないのが不公平に思えてならない(T_T)・・。

人それぞれの人生を歩むけれど、寿命に限りがあるように、それぞれの人が持っている生きていくため

の資源みたいなものにも限りがあるものだ、とこれも誰もがなんとなくわかる・・わかっている。

しかし、それが、ものすごく上手くいって、満足のいく充実した人生を送れるように有効に効率よく使えて

いる人たちの層から、不連続、不均衡、マダラ模様になって、誰もがそれなりに・・という連続性が否定

されている気がしてしまう。

資源量が同じぐらいの人は、同じようなレベルの人生ドラマが並んで見られるかと思うと、一方は少し

やさしいがために、人を失ってしまい、失ったものをなんとかしようともがけばもがくほど、あるいは失った

ものの代わりになるものを、けなげな気持ちで不毛の土地を耕して、なんとかもう一度、得ようと頑張れ

ば頑張るほど、上手くいっている人の人生の方へブラックホールの重力のように、その資源がむなしく、

浪費されるがごとくに吸い取られていくように消失していく悪循環の悲しみ、憂き目を味わうことになって

しまう・・(T_T)・・。

世間の評価は冷たく、むなしく哀しく、吸い取られてしまった資源量は誰も見向きもせず、茫然としてしま

うような、残された資源価値で、厳しく査定して、生きる支えとしてきていた、残された、ささやかな希望

まで、正しい評価として、次々に奪い去って、100分の1の資源量しかなかった人の人生よりも惨めな

ものに変えてしまう・・、そして、それはいまだかつて、意図的に実施されたことであっても犯罪として処罰された人はいない・・(T_T)・・。

関東地方では、竜巻で大きな被害が出ている。

テレビで見る被害に遭った人たちは、何が起こったのかわからない・・という印象。

僕の方は、人間環境の空気による竜巻被害によく遭って、ショックから立ち直るために

多大なエネルギーを消耗することになることがよくある。好意を持つ人の上空の寒気の

状態がわからない(  ゚ ▽ ゚ ;)・・。

まさに、一生懸命に暖めて、暖めてするのだが、僕が立ち入ることが出来るのは低層の

空気らしく、突如、荒れ狂う雨☂、雷雷という現象に驚いていると、上空の寒気の方が

重要・・、あるいは精神的、身体的依存度が計り知れず・・ということらしく、

けなげな暖め努力は、むなしくも、あたかも猛烈な竜巻に破壊されるごとく、

深い悲しみを残して、すべてを奪っていってしまう。゚(T^T)゚。・・のである・・( ̄□ ̄;)・・。