自分にとってイヤなことは、他人にしてはいけない・・・いわゆる人間関係の基本として、大勢の人たちが小さい頃から言い聞かされて育ってきているが、現実には、イヤがることを組織化なり徒党を組むなりして正当化して、正義の処分、処理として美化出来た人、人たちが、心の傷や失望感に苦しみ続ける人、人たちを踏み台、犠牲にして、権勢、欲望、快楽など思い通りのものを手に入れているような気がする。
洗脳でもされたのかと思うような信念や純粋さをもって、責め苦を導く行為を神聖な懲罰とでも認識しているのかと思うような拒否、疎外に何度も遭うことになったが、みんながイヤなものは、同じようにイヤなんだ・・。みんなが要らないと言うものは、同じように要らないんだ・・、という基本法則とでも言えるようなことが認めてもらえない。犯人を作れば、真犯人はお咎め無しという人権蹂躙を、被害を受けている側がなんとかすることはできないのだろうか・・。