北海道の千歳空港から車で15分くらいのところに
 ホテル・ニドム
というホテルがあります。

ホテルと言っても部屋はすべてコテージです。

私が一度泊まってみたいと思っているホテルです。

その理由は、PMF(パシフッィク・ミュージック・フェスティバル)で
来日したレナード・バーンスタインが宿泊したところだからです。

当時、このホテルは建設中で来日の時点では営業していませんでした。

しかし、その頃、既に肺ガンになっていたバーンスタインのために
郊外の空気のよいところで宿泊できるようにとこのホテルが候補に
あがったのです。

PMF組織委員会オペレーティング・ディレクターであった竹津宜男さん
が社長の石川修一さんと交渉して特別に泊まることができるように
なりました。

その辺りの経緯は竹津さんが書かれたこの記事に詳しいです。

竹津さんの依頼に対して、石川社長は、
「営業前なので宿泊料は頂けない。社員研修としてお泊めします」回答します。

このやりとりの部分はとても感動的です。

車イスで来日するほどコンディションが悪かったバーンスタインはこのホテルで
元気を取り戻し音楽祭のすべての日程を予定通り行うことができました。

そのお礼として彼はホテルのために「森の歌」というテーマの曲を創りました。
「来年また来て全曲完成させるから」と彼は言っていたそうですが、その年に
バーンスタインは亡くなってしまったので、それは叶いませんでした。

また、バーンスタインは部屋に用意されていたベーゼンドルファーにも
サインを残して行きました。このピアノはレンタルだったらしいのですが、
このため返却することができずホテルが買い取り現在でもホテルの宝物として
チャペルで使用されているそうです。
昨日は、仕事で秋葉原へ行きました。

テナント募集中のクライアントが所有している
ビルを見学しました。

秋葉原と言えば、高校の頃、輸入CDを買いによく
石丸電気へ行ったものです。

我々にとって石丸電気=輸入CD店でした。

当時は、国内CDは3,000円くらい。
輸入CDは安いものだと1,000円~1,500円くらいで
買えました。

貧乏高校生の自分としてはこの安さはありがたかったです。
それに国内では発売されていない掘り出しものを見つけたり
するのも楽しみでした。

時々、とんでもなく音の悪いものを買ってしまったり、
国内版と全く同じレーベルなのに海外の方が音が悪かったり
と失敗することもたまにありました。

久しぶりに帰りによってみようかなと思いましたが、
クライアントと食事をして酔っぱらってしまったので、
そのまま帰宅しました・・・

こちらで紹介した
PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)。

バーンスタインの提唱で1990年に札幌で始まった若手の音楽家の育成を
目的とする音楽祭です。

PMFのホームページをご覧頂くと
分かると思いますが、今まで錚々たるメンバーが指導にあたっています。
指揮者では、ベルナルト・ハイティンク、リカルド・ムーティ、ワレリー・ゲルギエフ、
演奏家としてはウィーン・フィルの元コンマス ヴェルナー・ヒンク、同じく
ウィーン・フィルのクラリネット奏者、ペーター・シュミードルなど。

ヒンク、シュミードルはバーンスタインと数々と共演し、数々の名演を残しています。

バーンスタインの音楽、理念に共感して、彼の死後もこの音楽祭に協力を
続けていると彼らは言っています。

こうしてみると順風満帆のように思えるこの音楽祭ですが、
第1回、つまり、生前、バーンスタインが参加できた唯一の開催、は
北京から急遽、札幌に開催になったこともあり色々と問題はあったようです。

実際、テレビで放送されたバーンスタイン指揮のコンサートもホールに
空席が目立っていたのを記憶しています。

そんなこともあって、当時はこの音楽祭に対する批判的な記事も
読んだ記憶があります。

指揮者の佐渡裕氏の著書によるとやはりバーンスタインのコンサートで
さえも7割程度しかお客さんがこなかったそうです。しかし、そのコンサートで
札幌では今までなかったようなスタンディング・オベイションが起きたそうです。

その後、この音楽祭のよさが徐々に広がり数年後には超満員のお客さんが
集まるようになったそうです。

バーンスタイン作曲のミュージカル「キャンディード」に
 Make our garden glow
という美しい曲があります。

バーンスタインが最初に種をまき最初の一歩を踏み出したことで20年の
時経てすばらしいPMFという庭が育ったのだと思います。