かなたんのひとりごと -159ページ目

育った環境

前回の続きの前に、私と旦那の育った環境の違いについて書きます。



私は四人姉弟の一番上で、三人の弟がいます。


弟に言わせると
『うちは男四人兄弟だろ(笑)』
と、活発でいつも擦り傷だらけだった私。
決してしっかりものの姉なタイプではなかったと思います。


両親は子ども達が社会に出てから困らないように、厳しく育ててくれたと感じています。


当時にしては、兄弟が多いほうだったのもあり、親もそこまでしてあげれなかったのもあるかもしれません。

よく、最低限の自分のことは自分でしなさい!と言われました。


それは、身の回りのことはもちろん、大人になってからの金銭面などもです。



私はそれが当たり前だと思って育ちました。









かたや旦那はというと私の勝手な印象ではありますが、一人っ子で割と裕福な家なのでしょう。


現に、義父はすでに亡くなっていますが義母は働いていません。


例えばテレビの写りが少し悪くなったらまだ全然見れるにも関わらず、すぐに薄型の大きなテレビを二台(当時はまだ出始めた頃で、義母と旦那の分)買ってみたり、結納や結婚式の費用などもすべて義母が出していました。


まさかとは思っていましたが、さすがに疑問を感じ旦那に聞いてみました。




つづく…

出産祝い

息子が生まれて、もうすぐ11ヶ月。



これまで様々なお祝いを頂きました!



服やおもちゃなどの品物をくれた方、現金をくれた方 いろいろです。



旦那や私との関係性によって頂いたものに特徴が出ていたなぁと思います。




友人などの親しい関係の方は主に品物を。


職場関係や、親の友人等からは現金が多かったように感じました。



頂いた時期としては特に産後1、2ヶ月に集中していました。




私と息子は退院後、約2ヶ月間 私の実家でお世話になっていました。


その間 旦那は仕事で?会いに来れない?ことが多々ありました。



私は初めての慣れない育児に睡眠不足で、精神的にも体力的にもフラフラでした。

そんな中、お宮参りや義母の還暦祝い、内祝いなどがあり、さすがに私一人では対応しきれないので旦那にも協力をお願いしていたのですが…結局は、殆どの段取りや手配などは私がしました。



その分、必要最低限の伝えておかないといけないようなことくらい連絡してくれてさえいれば、あんなことは起きなかったのに…



つづく…

悪気なき言動集④ つづき

予約していたお店に着くと、開店までまた少し時間があるとのこと。




近くの駐車場にとめて、お店まで少し歩いて行ったのだけど、その道中でさえも義母が独り占め。


しかも、息子に強い日射しが降り注ぐ所を気にせず歩くので、旦那がやんわりと注意してくれてはいた。




そして、まだ時間があることがわかった途端、またもや息子を抱いたままの義母が黙って消えた!!




商店街の中だったこともあり、また馴染みの店に見せて歩いていた。

息子にとっては、生まれて初めての外出。

少しだけでもそうとう体力を消耗する事なのに、強い日射しを浴びせさせられ、顔は真っ赤になり背中は汗だくになっていた。


さすがにこれには私と旦那も頭にきたのだけど、せっかくのおめでたい日に嫌なムードにもなりたくなくて…



今思えば、嫌なムードになったとしても、息子を守るためにちゃんと見てないといけなかったし、はっきり言うべきだった。




帰ってから、旦那が一応言ってはくれたらしいけど、ほとんど変わらない。



本人的には、すごく気を使ってると思ってるらしいけど…。



この日を境に、息子に触らせたくないという感情が芽生えたのと、もう変な優しさをかけるのはやめようと思ったのでした。