高校1年生から2年生に変わる春休みに、エレキギターとアンプを手に入れてギター練習の日々に入ります。最初は教則本を買いました。記憶では「竹田和夫のロックギター教室」です。
フェンダー・テレキャスターを抱えた著者の写真入りで、ギターの持ち方から始まり、弦の張り方、チューニングの仕方、そしてペンタトニック・スケールの色んなフレーズなどを丁寧に解説されていました。
小学生の時に2年間ピアノを習っていたので音符は読めたのですが、線が6本に数字が書いてある譜面は???で、後でTAB譜だと知ります。
春休みの朝から夜まで一日8時間以上は練習したと思います。住宅密集地ではないので、割りに大きな音が出せたけど、それでも近所迷惑にならない様に、部屋の窓に毛布や布団を張って遮音もしました。
機材は、Aria Pro IIの黒いLes Paul Customモデル → おまけのシールド → ELKのアンプです。(前回はELKEと間違って書きました。) エフェクターの存在なんて知りませんでした。どうやっても"ペンペン"って音しか出なくて、(どうやったらロックの音が出るか?)と友人のI君に聞くと、(アンプのDistortionってツマミを上げれば!?)と教わり、やってみると見事に歪んだ音が出て喜んだものです
。
教則本を見ながら最初にコピーした曲はこれです。
Spinning Toe-holdは、プロレスラーの入場曲にもなっていて、当時のギターキッズはこぞって弾いたものです。
そのうちKISSを教えてくれたギターのA君と、高校の軽音楽部でバンドを始めます。ピアノも弾けたし、歌もそこそこ歌えたので、ボーカル&ギター&ピアノでした。
バンドでやった曲で覚えているのはこんなとこです。
Let It Be - The Beatles, 天国の階段(Stairway To Heaven) - Led Zeppelin, Hotel California - Eagles, I Was Made For Lovin' You - KISS, ...
高校の軽音楽部は、最初は視聴覚室という校舎の明るい一室を使っていましたが、(やかましい)という理由で、校内のホールの下の暗い倉庫に押しやられます。そこではかえって時間を気にせずバンドの練習やセッションをやりました。最初にコピーしたSpinning Toe-holdは、多くの部員が演奏できたので、テーマ→アドリブ→テーマ→アドリブを延々と繰り返したものです。
高校2年生の秋の文化祭は、校内のホールでライブをやりました。キーボードに一つ下の女子を入れたので、ボーカル&ギターでした。まともなPAは無くって、ボーカルもアンプを使って、各パートはほとんど生音だったと記憶しています。写真だけで音源は残っていないけど、たぶん、かなり下手だったでしょう。それでも声援をたくさん受けて、盛り上がって、とても楽しかったことを覚えています
。
個人的にはギターの練習は一生懸命しました。当時、「ヤング・ギター」という月刊のギター雑誌には、王道ハードロックの曲が丁寧に解説されていて、毎月次から次へと曲を覚えました。また「ギターマガジン」という、これも月刊のギター雑誌が創刊されて、創刊号から買い始めました。これらの雑誌は今でも実家にあり、時折読み返すこともあります。こんな号もあります。
中でもこの曲がキチッと弾けるまで繰り返し、繰り返し練習しました。
当時一番好きだったギタリストはRitchie Blackmoreでした。有名なEric Clapton、Jeff Beckもよくコピーしましたが、何と言うか、分かり易いリフと、叙情的でスピード感のあるフレーズが好きでした。
(続く)
追伸: 新年あけましておめでとうございます。今年も拙メモにお付き合い下さい。
フェンダー・テレキャスターを抱えた著者の写真入りで、ギターの持ち方から始まり、弦の張り方、チューニングの仕方、そしてペンタトニック・スケールの色んなフレーズなどを丁寧に解説されていました。
小学生の時に2年間ピアノを習っていたので音符は読めたのですが、線が6本に数字が書いてある譜面は???で、後でTAB譜だと知ります。
春休みの朝から夜まで一日8時間以上は練習したと思います。住宅密集地ではないので、割りに大きな音が出せたけど、それでも近所迷惑にならない様に、部屋の窓に毛布や布団を張って遮音もしました。
機材は、Aria Pro IIの黒いLes Paul Customモデル → おまけのシールド → ELKのアンプです。(前回はELKEと間違って書きました。) エフェクターの存在なんて知りませんでした。どうやっても"ペンペン"って音しか出なくて、(どうやったらロックの音が出るか?)と友人のI君に聞くと、(アンプのDistortionってツマミを上げれば!?)と教わり、やってみると見事に歪んだ音が出て喜んだものです
教則本を見ながら最初にコピーした曲はこれです。
Spinning Toe-holdは、プロレスラーの入場曲にもなっていて、当時のギターキッズはこぞって弾いたものです。
そのうちKISSを教えてくれたギターのA君と、高校の軽音楽部でバンドを始めます。ピアノも弾けたし、歌もそこそこ歌えたので、ボーカル&ギター&ピアノでした。
バンドでやった曲で覚えているのはこんなとこです。
Let It Be - The Beatles, 天国の階段(Stairway To Heaven) - Led Zeppelin, Hotel California - Eagles, I Was Made For Lovin' You - KISS, ...
高校の軽音楽部は、最初は視聴覚室という校舎の明るい一室を使っていましたが、(やかましい)という理由で、校内のホールの下の暗い倉庫に押しやられます。そこではかえって時間を気にせずバンドの練習やセッションをやりました。最初にコピーしたSpinning Toe-holdは、多くの部員が演奏できたので、テーマ→アドリブ→テーマ→アドリブを延々と繰り返したものです。
高校2年生の秋の文化祭は、校内のホールでライブをやりました。キーボードに一つ下の女子を入れたので、ボーカル&ギターでした。まともなPAは無くって、ボーカルもアンプを使って、各パートはほとんど生音だったと記憶しています。写真だけで音源は残っていないけど、たぶん、かなり下手だったでしょう。それでも声援をたくさん受けて、盛り上がって、とても楽しかったことを覚えています
個人的にはギターの練習は一生懸命しました。当時、「ヤング・ギター」という月刊のギター雑誌には、王道ハードロックの曲が丁寧に解説されていて、毎月次から次へと曲を覚えました。また「ギターマガジン」という、これも月刊のギター雑誌が創刊されて、創刊号から買い始めました。これらの雑誌は今でも実家にあり、時折読み返すこともあります。こんな号もあります。

当時一番好きだったギタリストはRitchie Blackmoreでした。有名なEric Clapton、Jeff Beckもよくコピーしましたが、何と言うか、分かり易いリフと、叙情的でスピード感のあるフレーズが好きでした。
(続く)
追伸: 新年あけましておめでとうございます。今年も拙メモにお付き合い下さい。















