「レモンティー」シーナ&ロケッツ (1979年)
「 Stroll On」The Yardbirds(1966)
Keith Relf- Lead Vocals
Jeff Beck- Lead Guitar
Jimmy Page- Lead Guitar
Chris Dreja- Bass
Jim McCarty Drums
SHEENA & THE ROKKETS
1970年から福岡で活動していたブルースロックバンド・サンハウスのリードギター兼作曲家である鮎川誠と、妻のシーナを中心に1978年に結成。
バンド名の由来は、シーナの本名「悦子」から「ロック+エツコ=ロケッツ」となり、ただのロケッツでは軽いということと、昔風に「○○&ロケッツ」にしたいという鮎川の発案からである。綴りが「ROCKETS」ではなく「ROKKETS」であることも鮎川流の「ロックのセンス」だという。鮎川はアメリカ人とのハーフ。
1978年8月に新宿ロフトにて、鮎川誠&ミラクルメン名義で初ライブを敢行。同年の10月に、鮎川誠&シーナロケット名義でエルボンレコードから『涙のハイウェイ』でメジャー・デビュー。
1979年にアルファレコードへ移籍。イエロー・マジック・オーケストラのメンバーの協力を得て、アルバム『真空パック』を発表。
シングル「ユー・メイ・ドリーム」が、JALのCMに使用された。
YMOが1979年にリリースされたアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』では、鮎川が「デイ・トリッパー」と「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」の2曲にギターで参加。YMOワールド・ツアー後の「凱旋公演」(1979年12月19日・中野サンプラザ)では、シーナ&ザ・ロケッツがオープニング・アクトを務める。
1980年9月、細野晴臣と高橋幸宏プロデュースを手がけ、YMOがゲスト参加したアルバム『チャンネル・グー』をリリース。同年に開催されたYMOの初国内ツアーでは、福岡、神戸、京都、札幌、東京のゲスト・ギタリストとして鮎川が参加。
1981年、日本武道館にて開催された小学館主催の「写楽祭」ではYMOとシーナ&ザ・ロケッツによる共演も実現し、同年には、アルバム『SHEENA & THE ROKKETS』がアメリカ限定で、A&Mレコードからリリースされた。
2014年5月、鮎川の生誕66年祭を2日間行う。7月、6年ぶりとなる18thアルバム「ROKKET RIDE」を発表。収録曲12曲の新曲は2日間で全て録音された。9月、日比谷野外音楽堂にてライブを開催。ミュージックシティ天神、シーナの故郷・北九州若松にて高塔山ロックフェスを開催。11月21日渋谷SOUND MUSEUM VISIONにて、ヒステリック・グラマーの30周年イベントに出演。その多忙な中、7月にシーナが体調を崩し、子宮頸癌のステージ4が発覚したが、シーナの強い希望により亡くなるまで家族以外に一切病状を明かすことや休業することなく、亡くなる2ヵ月前まではライブ活動を行った。
2015年2月14日、シーナが子宮頸癌により死去(61歳没)
鮎川は、シーナの亡くなった年より4月7日をシーナの日として追悼イベント「シーナの日」を主催。細野晴臣をはじめ、縁の深いアーティストがゲスト出演している。2018年の4回目の「シーナの日」はベスト・アルバムの発売にちなんで、一夜に42曲をノンストップで演奏。
2023年1月29日、鮎川が膵臓がんのため東京都内の自宅で死去(74歳没)
2024年6月2日から全世界で始まったアマゾンのCMにて、シーナ&ロケッツの「レモンティー」が流れる
アーティスト:シーナ&ロケッツ
リリース:1981年
MV:1979年
作詞:Toshiyuki Shibayama
作曲:Makoto Ayukawa
レモンティ
1, 2,3, GO
しぼって 僕のレモンを
あなたの 好きなだけ
たっぷり 僕のレモンを
あなたの 紅茶の中に
アー アー アーアー
二人で飲みます レモンティー
いまにも はちきれそうに
熟した 僕のレモン
一滴も こぼさず
あなたの 紅茶の中に
アー アー アー
この世で一番 レモンティー
砂糖 たっぷり
かきまぜ ゆっくり
さめない うちに
君はもう まちきれない
アー アー アー
甘くてすっぱい レモンティー
ほらほら 君はもう
よだれ たらたら
もう一杯 あついのを
おねがいって ねだってる
アー アー アー
おやすみ前に レモンティー
しぼって 僕のレモンを
あなたの 好きなだけ
たっぷり 僕のレモンを
あなたの 紅茶の中に
アー アー アー
二人で飲みます レモンティー
