師走ですね。

 この時期になると、

 古いお札やお守りを返納して

 新品を頂いてくる方も

 多いのではないかと思います。

 

 このお札・お守りを交換する時期ですが

 多くの神社では神の力の再生に倣って

 一年で交換となっており

 なかには一年で効力が切れると

 断言しているところもあります。

 

 また、お寺のお札やお守りもこの見解に

 倣っている場合が多いようです。

 

 が、本当に神札やお守りの

 効力は一年なのでしょうか?

 

 そんなことはない、と私は思います。

 

 重要なのはお札やお守りを信じ、

 力を与えることだと思います。

 

 縁起を担いで飾っているだけ

 拝んだりするのは嫌だ

 という方も多いでしょうが

 

 せめて毎日視界に入れて、

 数秒その神社やお寺に想いを馳せる

 それだけでも十分だと思います。

 

 高いところに祀っていると、

 あまり目に入らないのですよね(笑

 

 また、お守りお札が一年

 というのは神社仏閣が

 収入を得るためでもあるでしょう。

 

 無論、それがいけない

 ことではありません。

 神社仏閣の維持にも

 お金がかかるのですから。

 伝統建築は高いですからね…

 

 そして、昔はお札の紙質や

 日本家屋の住環境なども重なって

 一年も経つころには

 お札がボロボロになっている

 という面もあったことでしょう。

 

 そうなったら、さすがに

 交換しますよね…

 

 というわけで、放置していたり

 汚損しているのでなければ

 無理してまで毎年換える

 必要はないんじゃない?

 というお話しでした。

 

 烏枢沙摩明王といえばトイレの神様として有名です。

 友達や親戚の家に行ったとき、トイレの壁に

 

 「おん・くろだのう・うん・じゃく」

 

 という真言と尊像が描かれたお札が貼られているのを

 見たことがある方も多いのではないでしょうか?

 

 実際は物理的な穢れを破壊する功徳をもち

 用を足す前後によく拝まれているというだけで

「トイレの神様」というわけではないようなのですが…

 

 この穢れに強いとされる尊格、ヒンドゥー教の

 マータンギ女神にも通じるところがありますね。

 更にマータンギ女神は

 『ウッチシュタ・チャンダーリ(残飯を食らう女)』とも呼ばれ、

 烏枢沙摩明王の梵名『ウッチュシュマ』とも似ています。

 

 火神アグニのタントラ形態が烏枢沙摩明王なのでしょうか。

 

 そしてマリアンマンは主に南インドの女神で

 疫病(天然痘)を祓う功徳があるとして崇められています。

 

 烏枢沙摩明王の真言に

 オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ

 というものがあります。

 

 この真言の『マリ』というのは、マリアンマンではないでしょうか?

 マリアンマンも火炎を背にした姿で描かれることが多く

 疫病や穢れを焼き払うという性質も烏枢沙摩明王と似ています。

 

 それが真実かどうかはともかく

 こういうのは考えれば考えるほど興味深く、楽しいものですね。

 

 

 

 

 オオゲツヒメは日本神話に登場する女神で、

 放浪するスサノオを豪華な食事でもてなすも

 尻や口や鼻の穴から食べ物をだしているところを

 見られて神の怒りを買い、斬殺されてしまいます。

 

 しかしただ殺されたのではなく、その骸からは

 様々な穀物が湧き出してくるのです。

 

 そして遮光器土偶。

 これは縄文時代の有名な土器で、

 エスキモーが使う遮光器(サングラスのようなもの)

 に似た大きな目をもつことからそのように呼ばれています。

 

 なかには宇宙人を模ったオーパーツだという方もおられます。

 

 この遮光器土偶、だいたい体のどこかが

 意図的に欠損された状態で発見されることが多く、

 古代の儀式において体の悪い部分に相当する

 箇所を切り落とすことで身代わりになってもらい

 快癒を祈ったものとされる説や、体の一部を

 犠牲とすることで豊穣を祈ったという説もあります。

 

 そしてこの後者の説、先のオオゲツヒメの神話と

 一致するところがあると思いませんか?

 

 インドのプルシャ・スークタにも原初の巨人

 プルシャが解体されて(犠牲となることで)

 世界が創造されていく様が歌われています。

 洋の東西を問わずに存在する考え方なんですね。

 

 もちろん、遮光器土偶が発掘されるのは東北、蝦夷の地

 そして記紀神話は主に九州・近畿地方のひとびとの神話で、

 時代的にも大きな開きがあるので「かもしれないね」程度の話ですが

 

 大和朝廷の人々が東北に行った際にもまだ縄文の儀式が残っていて、

 それを見て自分たちの神話にも取り入れたんじゃないか…

 

 そう思うとロマンがありますね。

 

 静岡県は愛鷹山、沼津市と長泉町の境目にそのお社はあります。

 

 本当にこんなところにお社があるのかと不安になるような山道。

 すれ違いができないような狭い路なのに、参拝者でしょうか

 対向車に結構出会います。

 

 なので、行くとしたらバイクか徒歩(きついかも…)がいいと思います。

 

 駐車場もあるので、車で行くのも問題はありません。

 

 さて、水神社。

 神社といってもここは日蓮宗のお寺です。

 

 水神明王(龍神様)をお祀りされています。

 

 人によってはここは強力すぎるパワースポットだとか

 あるいは心霊スポットだとかいわれており

 いわゆる「人を選ぶ場所」であるようです。

 

 龍脈とも、ひょっとしたら関係があるのかもしれません。

 

 

 

 桃澤川の清冽な湧水に満たされた境内は幽玄な空気を感じます。

 本堂には、たくさんの龍神幣が祀られており、とても厳かです。

 

 本堂脇には滝行場があるのですが、そこにはインドで言う「スワヤンブー」

 (神が自ら自然物として顕現した存在)があります。

 

 それは龍神様の姿をしておられますが、縁のある人にしか見えないそうです。

 (私は見えました!)

 

 また、ちょうどその場にいらっしゃったお寺の信徒の方から聞いたお話では

 ここは日本全国から龍が集まる場所とされているそうです。

 

 授与所では各種のお札やお守り、ご朱印などが頒布されておりますが、

 有人のときに行かないと授与所(と本堂)は開いておりません。

 

 神社ホームページで確実に開いてる日を調べてから行ったほうがよいですね。

 おいしいご神水も汲めるので、是非行ってみてください。

 

 

 

 テレビのオカルト番組なんかで呪われた人形ネタは定番ですよね。

 有名どころでは髪が伸びる日本人形など。

 

 そういったものは我々には縁遠く感じますが、ネット時代の闇ともいうべきか…

 

 なんと、ebayやetsyなどで“haunted doll”で検索すると、世界中から

 呪われた人形を買い求めることができてしまうのです。

 

 そんなものいらない!と多くの方が思うことでしょう。

 

 しかし、呪われた人形のなかにもポジティブなものとネガティブなものがあるそうで、

 ネガティブなものは説明するまでもなく危害を加えてくる系です。

 

 ポジティブなものは――

 

 占いの的中率を上げてくれたり

 スピリチュアルガイドとして貴重な気づきをもたらしてくれたり

 災難から守ってくれたり

 物質面では事業を助けて莫大な利益を上げてくれるものもあるそうです。

 

 これは一種のざしきわらしの類ともいえると思います。

 

 しかしながら、ポジティブなものとはいえ、結局人形に宿っているのは

 いわゆる地縛霊であることがほとんどで、海外の霊能者の中には

 霊視することを嫌がる方が多いそうです。

 

 元が人間だったためか、ポジティブなものでも

 機嫌を損ねるなど取り扱いを間違えれば途端にネガティブな存在となります。

 

 このような事情から、ある海外の霊能者さんは

 これら呪われた人形をお迎えすることは一種のギャンブルであり

 軽はずみに試すべきではないと警告をされています。

 

 また、これらのなかには明らかに金銭を得たいがための

 偽物も多く出回っているそうです。

 

 なかにはとても惹かれる人形があることも事実ですが、

 私には、そこまでのリスクをおかす勇気はありません…