社務所にあったお正月のしめ飾りまでウサギの形でした。
これは売ってなかったです。

白兎神社のお札。絵はがきならぬ縁はがき、あぶらとり紙(だと思う)、御朱印帳などもあります。

御守りの種類も豊富です。縁結びの白兎御守りを買いました(左上)。

ここに「結び石」がありました。狛兎の周りに置かれていた石です。
鳥居に投げて乗ると願いが叶うとか。
鳥居というのは神社の玄関ですから、僕は石を投げるというのには躊躇してしまいます。その隣の兎の置物は中に「おみくじ」が入っています。

よく見ると手水舎にも、結び石が置かれています。頭にも手にも背中にも…
なんかウサギが可哀想な気がしてきました…。

参拝を終えて、再び白兎海岸へ。どうしても砂浜に降りてみたかったのです。

道の駅は、大晦日ということもあってか、開いている店は少なかったです。お土産屋さんなどがあるのでしょうが、かえって時間をとらずに済んだのでよかったです。

白兎の丘は、ちょっと歩いて距離がありそうだったのでやめました。

「白兎の丘」ブラタモリ番組からの映像
テレビで放送された白兎の丘からの眺めです。

恋島。この砂浜から顔を出している岩礁のことをいうらしい。
大国主命がこの場所で八上姫を恋給うたという。

石灯籠は安政五年に地元の若衆によって建てられた。
神社にお参りする方は多いが、道の駅の案内板にあるこの場所に降りてくる観光客は、この時はいなかった。

淤岐の島の鳥居ズームアップ。

石灯籠の反対側の窓は三日月になっていました。ウサギと月の縁は深いものなのかもしれません。

昨日から今朝までに参拝した神社の御朱印。

思いつきの白兎神社参拝は、ブラタモリを思い出すばかりでなく、なかなかのインパクトがありました。
気持ちのいい海岸でした。

手水舎に近づくと「大黒さま」の歌が流れ、水はウサギが乗った袋から出てくる。

これが白ウサギが大国主命に教えられ体を洗った池。ウサギが大国主命に教わり身体を癒した蒲の穂も、かつては周辺に豊富にあったそう。枯れない、溢れない「不増不減の池」

これを見て思い出す。ここは「ブラタモリ」でタモリが訪れた神社だ。
番組では、この池の謎を解く。
以下、番組からの画像。


つまりここは広大な鳥取砂丘の西の終点、際(キワ)にあたる場所にあり、水を通しにくい安山岩の粘土層の上に水が染み込む砂丘の土が乗っている地層。


日照りが続いても常に水が流れ込んでいるこの池は常に減らず、どれだけ雨が降っても水が一定量を越えると上部の砂の層から池の外の地中に染みだす。

「不増不減の池」の仕組み。ブラタモリ#111「鳥取砂丘」2018年9月8日放送。

この池を見てタモリが訪れた神社だということを思い出した白兎神社。
御祭神は神になったシロウサギと、保食神(ウケモチノカミ)。

道の駅の中にある「縁結びの神社」とあって参拝客は多く、途切れるまでの間、社殿を一回りしてみることにした。

本殿を支える土台石(六ケ)に菊の紋章が彫刻(28弁)してある。近郊の社はもちろん、全国的にも珍しい。神社創設が皇室と何らかの関係があったものと云われている。(神社案内板に記載)

皇室に関係する神社(神宮)に菊の紋章はあるが、あれは十六菊花紋なのだが…などとつぶやきながら、絵馬やおみくじを眺める。社務所が閉まってるなぁ。

社殿を一周したところでまだ参拝客は途切れるどころか増えている。
立派な注連縄だ。

こじんまりとした神社であるが、心にほかほかとした暖かいものが伝わる。

なんだ、狛兎だけじゃなくて狛犬も居るじゃないか。
しかも社務所は戸が閉まっているだけで、戸を開けて参拝客が入って行くではないか。

そもそもここの社務所は境内に向かって窓からお札や御守りを販売しているのではなく、社務所の建物の中に入って買い求める形式だった。

なんと民間月面探査チーム「チームHAKUTO」の奉納絵馬があった。
夢みたいを現実に!絶対月に行く!!…と成功祈願。
月では兎が餅をついているという話しを、今の子供たちは知っているだろうか。かつてアポロが月面着陸を果たした時、子供だった自分は、兎模様の夜空の月を眺めて「あんなところに人が行ったんだ…」と感銘を受けた。
今や民間の無人探査機が宇宙を解明する時代。goggleの月面探査レースは、すでに期限切れとなってしまったが、今後の展開に期待したい。

淤岐ノ島ズームアップ…
あんな岩礁にウサギの仲間が和邇(わに)と一族の数比べするほどいるとは思えないが…。

古事記や因幡国風土記に記された、「因幡の白ウサギ」の里です。
前回リンクしたwikipediaを読むと、神話の候補地のひとつということになりますが…なんとも物語の風情が感じられるスポットです。

wikipediaには「因幡民談記」に、洪水で島に流された兎が帰るために一計を案じ、和邇を欺いた、という江戸時代の書物が紹介されていますが、この案内板にも記載あり。和邇は「ワニザメ」と書かれている。

気多の前と淤岐ノ島は150メートルほどの距離しかない。数比べと欺き和邇を並べて陸に渡った白ウサギであるが、「和邇」も、ワニは日本にいないので、サメのことやらシャチでは?やら色々な説がある。
それらの動物が一族を集め並んだ場所…実際目にすると物語で想像していた距離や海の浅瀬感が意外に感じられるという趣があった。

さて、浜辺から再び歩道橋を渡って、次に興味を惹いた道の駅の中にある鳥居の神社に、急遽参拝してみることにした。

シロウサギと書いて白兎(はくと)神社という。鳥居の右にピンク色のポストが。何だろう…

要するに、縁結びの祈祷をされたお札がこのポストの中にあるという神棚のような、投函した手紙が縁を結ぶというポスト。

この神社には狛犬はいない。狛兎である。

階段の左右にある照明の上に狛兎が並んでいる。

階段の上から振り返る白兎海岸。冬の海が白波をたてている。
和邇に皮を剥がれた兎は、八十神(大国主命の兄神たち)に「海水で体を洗って風に当たれば治る」と言われその通りにしたところ身体を痛め、泣いていたところに大国主命が通りかかった。その出会いの海だ。

参道の左に、砂で造られた「砂像」がある。水で固めただけの砂の塊を彫ったもので、常に崩れる危険性をはらんでいる儚い芸術作品。
その後、大国主命に助けられたウサギは「八上姫は八十神の求婚を断りあなたと結ばれる」と予言する。

八上姫と大国主命が砂像になっている。八十神たちの荷物を大国主命が持たされ兄たちに遅れて歩いていたので、後ろの袋は大きい。
その後、兎は皮膚病治癒、縁結びの神となった、という神話である。

しばし白兎神社の狛兎のポーズを楽しんでいただこう。

紹介する写真以外にも、本殿にたどり着くまでに様々なウサギのポーズがある。

この白い石を置いてあるのは、何か理由があるのだろうが、社務所へ行けば判るのだろう…

次回は、シロウサギが体を洗ったという、豪雨でも溢れず、日照りが続いても枯れない「身洗ノ池(不増不減の池)」の紹介です。