台風15号被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

宇倍神社の美しい社殿。

困ったのは、トイレが社殿右手の建物内にあるのだが、早朝すぎて鍵がかけられている。社務所もまだ開いていないし、掃除をしている方も鍵は持っていない。

本殿裏手になにやら階段があった。
石碑に武内宿禰命終焉之地とある。
この時まで「武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)」という人物に何ら興味はなかったのであるが…

本殿の左に回り、石段を上がる。すると、そこにあったのが、双履石という霊石だった。

この案内。武内宿禰命は三百六十余歳で行方をくらました(亡くなった?)とのこと。しかも五代の天皇に渡って大臣として仕えている。これはとてもあり得ない長寿。俄然興味が湧いた。

これが双履石。
今まで各地の神社で様々な、いわれのある霊石を実際に目にしてきた。有名なものに、関東の鹿島神宮と香取神宮に「地震を起こす地下の巨大ナマズを押さえつけている石」なんてものがある。実際に目にしたところで、なんの変哲もない石。これもそのひとつに過ぎないが、そもそも、石は足に履く草履(ぞうり)ではない。意味不明な伝承に疑問がわくばかり。

この岡から社殿を見ると、これくらいの高さ。
しかし宇倍神社は、この霊石の存在があって、そこを祭祀の始まりとして起こった神社なのだろうとは思う。
むろん武内宿禰という名前は初耳ではない。今まで各地の神社でよく目にしているが、さして気に止めたことはなかったというのが本当のところ。
しかしここで、ちょっと見直す機会になった。

他の参拝客も訪れ、宮司さんも朝のお務めを始めたようだ。そろそろトイレも開放されたかもしれない、ということで階段を下りることにする。

本殿の千木。神域にパワーを放っている造形物。
宇倍神社の気は清々しく、心を落ち着かせてくれる。

こちらは双履石の近くにある摂社「國府神社」。御祭神はよくわからないが、国府町の氏神様ではないだろうか。
苔むした狛犬様だが、いかにもお仕えします、という可愛い表情。

長寿の神様、武内宿禰の話に戻ろう。
神話にありがちな解釈だと、落語家のように名前を代々襲名したものを一人の人物として歳を数えた、という捉え方もある。
にしても五代の天皇に渡って大臣を務められたというのは、一角の人物であるし、おおよそ神社に祀られる主祭神が実在の人物である場合というのは、天満宮を除き、天皇かその親族というのが一般的で、大臣クラスだと主祭神に並んで書き記される。今まで自分が巡ってきた神社でも武内宿禰命とは、そういう存在だったと思う。

特に幼少期の応神天皇を抱き上げ九州から関西へ上った伝承から、応神天皇を祀る八幡宮では武内宿禰は相殿などに祀られている。
後に調べたところによると、この天皇五代に渡る功績は古事記日本書紀にも伝わるところではあるものの、その終焉の記録はなく、それは「因幡国風土記」に伝わるものらしい。

トイレも済ませ、宮司さんの朝の祝詞も拝聴し、御朱印もいただけた。
そろそろ次の神社に向かおう。

ここの手水舎は、稲葉山の中腹から湧き出る清水を引いたものだそうです。
また、かつては武内宿禰の御尊像と共に全国で初めて神社の社殿が五円紙幣に載せられ、お金にご縁のある神社として親しまれているそうです。


一ノ宮巡拝95社め◆宇倍神社(因幡国一ノ宮)
鳥取県鳥取市国府町宮内754
御祭神:武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)
鳥取駅より車で10分。