「さようなら」・・・ | trymのブログ

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日々の生活

まめに更新しているわけではありませんが、これが最後という意味のタイトルではありませんよ~。

今日の読売新聞朝刊に、「さよ(う)なら」の語源・由来に関する記事があり、目にされた方も多いと思います。

別れの言葉なのですが、最近使わなくなった気がします。

よく使う別れの言葉としては、

仕事関係では、「お疲れさまでした」「ご苦労様でした」「ありがとうございました」。

友達関係では、「じゃあ(ね)」「また(ね)」といったところでしょうか。

記事によると、「さよ(う)なら」=「左様ならば」=「そういうことであるならば」=「本当は別れたくないけれど、どうしてもそうならなければいけないのならば」と解説されています。

また、米国人女性アン・モロー(飛行家チャールズ・リンドバーグ夫人)は、「さようならほど美しい別れの言葉を知らない」と感銘を受けたことも記されています。

少し調べてみると、

夫人の著書の中に、「さようなら」が人間味溢れる「美しい諦めの表現」であることを学んだとあります。

また、「左様ならば、」として、人生で起こる意志に反した不可避な別れ=「死」を前提とし、その全てを受け入れる諦念の意味との解釈もあるようです。

記事にもあるように、夫人は1歳の長男を不幸にも失っていることから、「死」という別れに対する思いが、「さようなら」の言葉の語源に重なったことがよく理解出来ます。

「さようなら」とは、実に奥深い言葉であり、日本人らしく儚く美しい言葉であることを知ることとなりました。

今度いつ会えるかわからない友人との別れ際、「じゃあね」「またね」と言いながら、姿が見えなくなるまで手を振ったり見送ったりする習慣は、言葉は違っても「さようなら」に込められた思いが、自然と引き継がれているのかもしれませんね。

別れと出会いの季節となります。

全てを受け入れて「さようなら」の思いで送り出してあげましょう。
trym