マカ不思議な異界カラオケを歌うオッサンを見てごらんなさい。みんな恋の歌ばかりじゃないですか。ハゲオヤジが、喉をひきつらせて、「恋しても恋しても、あなたは人の妻」なんて、せつなく歌うのは温泉のカラオケならではの現象である。ここでは、ハゲオヤジも、ウメボシ婆さんも、みな、恋を幻視している。マカ不思議な異界なのだ。湯は、人々の心の底にひそむ作家精神をあおる、情感の深い魔物なのである。いい温泉宿は、湯のなかに、そういった魔物を飼いならし、「いい子だ、いい子だ」といって育てるものなのである。