6年半前に今の業種に転換したのですが
私は元々繊維関係の工場で生まれ育ち、
後継者として工場を次がせて頂きました。
両親、11歳上の姉、9歳上の姉、そして私。
おばあちゃん(親父の母)、ひいおばあちゃん
(親父の母の義母)という家庭で育ちました。
親の期待とは裏腹に勉強が大嫌いで仕方なかった。
そんな私を父は従業員3名の自分の工場に私を拾ってくれた。
「こうやれ」とか具体的な指示は特別無く「見て覚えろ」的な
人でした。工場なのでいかに正確な商品を作るか。期限を決めて
納期は絶対に守る。とかそういうことを厳守して私はこの工場の
収益で育てていただいたのだと父と一緒に働いたからこそ、
良く理解できた。だからこそ親不孝してきたこの両親にこの仕事を
通じてお返しをしていこう そう純粋に思って懸命に働いた。
やり始めは検品・梱包だった。
流れをつかんだ。
今度は時間と戦った。
1分でどれだけできたか?
1時間でどれだけできたか?
午前中でどれだけできたか?
午後でどれだけできたか?
1日でどれだけできたか?
昨日と比較して今日はどうだったか?
1週間では?1ヶ月では?
自分で進んで極めていった。
そうやっていると仕事が面白くなってきた。
今度は検品で数点、提案をした。
その際に納得してくれなかった。
だから上記の1分、1時間・・・のデータを見せて
「こうやったらもっと検品の精度が上がるのでは?」
と提案したら「じゃそうやってくれ」とあっさり認めてくれた。
するともっと面白くなった。
今度は梱包。
製品を段ボースケースにいれてテープを貼る。
それだけの単純作業ですが1分で何ケース梱包できた?
1時間で、午前中で、午後から、1日で、1週間で、・・・
そして貼り方を変更するだけでテープの使用量がこれだけ違うから
月間、年間、3年、5年でこれだけのコストが変わってくるとか、
製品の保管場所の提案であったり、フォークリフトを購入したほうが
作業効率がどれだけUPするとか・・・提案しまくった。
そして工場はぐんぐんよくなっていき、
上司である父の本当の笑顔が見れるようになった。
それが嬉しかった。
給料はまったく上げてくれなかったが
お金じゃなかった。認めてもらえることが本当に嬉しかった。
それから5年後の私が24歳の夏に肺がんで他界したが、
今でも尊敬している父である。
いつだって自分を成長させてくれる機会はたくさん、ある。
本人がどう思って取り組むか?その人次第だと思う。
私は思うが「与えていただいた環境でベストを尽くす」
ことだと思う。自分自身にTry Can Doすることで必ず自分の
本当の笑顔がみれると思う。仕事は人生そのものだ。