本浦 | try34のブログ

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二日目のジャパンは地元印が一杯出てましたが、落札できたのは安芸のロットだけ、と寂しい結果に

おまけにクジの景品を忘れて来るし、散々な日になってしまいました

こんな日は一杯飲んで寝るにかぎります

イメージ 1

明治時代の安芸郡には現在の江田島と倉橋島に同名の「本浦」が二局あります

明治7年開設の本浦は同15年から改称を2回した後に「倉橋島」となり、

江田島の本浦は同15年9月の開局

単片はあったのですが、印ではどこの本浦かが全く分からずお手上げです

実はこの封皮、地元収集家だった故定森さんとバーターで話合い、入札を見送ったエンタでした

当時の型録は印面部分だけのアップで、着印の記載含め詳細不明

おまけに定森さんとはすれ違いもあって、どこの本浦かを聞けず終い

あの時は別のエンタが欲しくて見送ったので良いのですが、確認をし忘れた事だけ長く悔やむ事になってしまったのです

で、念願だった確認は裏面にありました

確か倉橋島の海沿いにあったお寺で西蓮寺住職、多賀某

ちなみに宛先は高田郡竹原村 法園寺住職/霊山諦念

こちらは有名人です、明治14年に浄土真宗の教社を広島に作るため浄財を集めたり、楠村の仏教中学(後の崇徳中学)にも尽力した人と記憶しています

地元で崇徳を知らない人はいないでしょう

長いモヤモヤが晴れ、チョットすっきりした次第ですx