明治期に廣島県北部にあった奴可郡。なかでも東域の岡山県境に近い村落の6村(小奴可・塩原・加谷・千鳥・内堀・小串村)は明治22年に合併し、新生の小奴可村となっています。一時期、内堀にも郵便局は置かれてましたが、明治20年3月に閉局したため小奴可局は小奴可村と隣接した八鉾村(字で小鳥原・三坂・油木・高尾)の集配を担っていたようです。扱い量が多いとは思わないけど、合併前には近辺で4局くらいはあったと思われる地域を小奴可だけで担当する事になればそれなりに一苦労。
どこかの会社も同じ様な事があり、業務の集約で苦労する局員さんのご苦労がなぜか身につまされるのは気のせいか?な
明日から九州へ出張です、急な気温の上昇で開花も早まっているとか、いないとか。現地で会社入りする気がないから、車窓の景色をアテに・・のんびりと