前回の大阪で貰った景品で、1992年の「MSA」オークション型録を見ていたら目についた一枚この局の開設は初め「川原石」、明治32年3月21日に受取所として置かれました
印は同年11月1日に「呉川原石」と改称し、35年6月1日に再び改称するまでが使用期間
明治36年、呉市東部に海軍工廠が出来た後は、繁華街が音戸に近い鍋(なべ)や警古屋(けごや)へと移り、局数も少し増えています
川原石は呉の西方。海からすぐ山の斜面へと繋がり、曲折した細道で車の離合がし難い土地でした。明治の頃に住人の多いとは思えない所、郵便利用者も少なかったのかな
以前、催事場で見かけたのですが抜かずに過ごし、今でも記憶に残っているのです