「打つだけなら、現役でやれますよ」

いわゆる一つのB級グルメの店「三浦屋食堂」で、カツカレーが来るまで読んだビッグコミックオリジナルで、落合は、「あぶさん」の作者水島新司との対談で語っていた。

漫画雑誌での対談だから、いろいろなとらえ方はあるだろうが、ボクは半分は本心とみた。

男性の衰えを表す順番に、歯、眼、〇羅という言葉があるが、野球の衰えの順は、足、肩、打の順番だ。

ボクも40歳を過ぎた頃から、春と秋の2回、草野球を楽しんでいるが、昔とったきねづか達、打つことはどうにでもなるのだが、、走れない投げれない。バシッと打ったまでは、バッター。走り出したらペンギン。を想像していただくとわかりやすいかもしれない。

「2011年の日本シリーズ、3勝3敗で迎えた第7戦9回裏、1点リードされた中日の攻撃、2アウト2塁、3塁、ヒットが出れば中日の逆転サヨナラ勝ちです」

「おやっ、ここで落合監督出ました。」

「代打、オレ(流)!」

「打ちました!痛烈なセンター前ヒット!」

「中日、サヨナラ勝ちです」

「アウト!」

「センターから矢のような返球が、1塁に届きました。センターゴロ、アウトです。」

「お待たせしました、カツカレーです」・・・・・その日もまた「まいう」でした。
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仙台市五色沼 奥に見えるのは脇櫓(わきやぐら)と大手門跡の石垣

日本のフィギィアスケートは、仙台城(青葉城)大手門の下にある、お堀跡五色沼で明治の中頃、在仙の外国人が、子供たちに教えたところから、始まったと言う。

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2005結氷 ウィキペディアより

今の仙台では、氷が張った沼で、スケートをするなどということは、とても考えられないが、明治の日本は今よりずっと寒かったという。

その名残りだろうか?ボクが子供の頃の宮城県も結構寒かった。平野部でも、一晩に30センチの積雪もざらにあった。

小学校の帰り道、田んぼ道を雪玉を転がしながら行くと、最後は押せないくらいの大きさになり、その頃流行ったプロレスラーの力道山になったり、吉村道明になったりして、空手チョップやドロップキックで壊して遊んだ。

フィギィアスケートなどと言うものは考えにも及ばなかったが、金物屋に行くとスケートが、売っていた。スケート靴ではなく、スケート。靴の部分は無く、刃の部分の上に台がつき、ゴムのバンドが2本ついていて長靴につけて滑った。

もちろんスケートリンクもないし、中途半端な結氷だから、川では滑れなかった。

ホームコースは、1メートル幅の田んぼの水路。

そのため、今でもボクのスケートは、急ブレーキは得意だが、まともには曲がれない。
昨日(2010.1204)東北新幹線が新青森まで全線開通した。

これで、青森の知人も、東京での某団体全国会議への出席率も大幅にUPすることだろう。

今回開通した部分にあたる、在来線の東北本線八戸~青森間の運営は、「青い森鉄道」に移管されるという。

第三セクターへの移行は、支線の話しであって、〇〇本線と呼ばれる、昔は列島の動脈とまで言われたところが、そうなるとは、思ってもいなかった。聞けば、青い森鉄道は、盛岡~目時間を運営するIGR岩手銀河高原鉄道とともに、既に目時~八戸間を運行していると言う。

ただ、2002年の開業から毎年2~3億円の赤字運行で、今度の開業では、年間16億円の赤字が見込まれると言う。

性分なのかボクとしては、華やかな開通報道の陰で、そちらの方も大いに気になってしまう。