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仙台市五色沼 奥に見えるのは脇櫓(わきやぐら)と大手門跡の石垣

日本のフィギィアスケートは、仙台城(青葉城)大手門の下にある、お堀跡五色沼で明治の中頃、在仙の外国人が、子供たちに教えたところから、始まったと言う。

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2005結氷 ウィキペディアより

今の仙台では、氷が張った沼で、スケートをするなどということは、とても考えられないが、明治の日本は今よりずっと寒かったという。

その名残りだろうか?ボクが子供の頃の宮城県も結構寒かった。平野部でも、一晩に30センチの積雪もざらにあった。

小学校の帰り道、田んぼ道を雪玉を転がしながら行くと、最後は押せないくらいの大きさになり、その頃流行ったプロレスラーの力道山になったり、吉村道明になったりして、空手チョップやドロップキックで壊して遊んだ。

フィギィアスケートなどと言うものは考えにも及ばなかったが、金物屋に行くとスケートが、売っていた。スケート靴ではなく、スケート。靴の部分は無く、刃の部分の上に台がつき、ゴムのバンドが2本ついていて長靴につけて滑った。

もちろんスケートリンクもないし、中途半端な結氷だから、川では滑れなかった。

ホームコースは、1メートル幅の田んぼの水路。

そのため、今でもボクのスケートは、急ブレーキは得意だが、まともには曲がれない。